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Tigerdream が真面目なことから いい加減なことまで、適当に綴っているブログ

カテゴリ: 左翼の異常な言動・行動


高松空港前の市道を車5台でふさいで写真撮影し、交通を妨害したとして香川県内の男女6人が、道交法違反(道路における禁止行為)容疑で書類送検された。

高松空港前市道
6人は午前1時40分から数分間にわたって停車し、交通を妨害した疑い。1人がツイッターに写真を投稿したためバレたわけだ。自らの違法行為を堂々と公にするところがアホ丸出しなのだが、元々写真を撮って見せびらかそうとしたのだろうから自業自得だ。

これを見て思い出したのが、沖縄県名護市の辺野古周辺で暴れている極左活動家連中だ。

反対派の違法行為 (1)
反対派の違法行為 (2)
写真は今年のものではないが、真っ昼間から車を斜めに停め通行妨害をやっている。深夜に写真を撮った連中より悪質だ。

沖縄プロ市民
これもひどいものだ。左翼にありがち「自分の考えは正しい」⇒「だから正義だ」⇒「何をやっても許される」的な、独りよがりの論理を全面に出す愚かさ。

犯罪者・福島瑞穂
社民党党首・福島瑞穂も2017年、辺野古の工事車両用ゲート前で座り込みを行い、道交法違反容疑で強制排除されている。排除なんて甘やかすからつけ上げるんだ。

高松空港前の連中を擁護する気はないが、深夜に数分間の停車なんてかわいいものだ。沖縄の極左連中を見ると、沖縄県警の弱腰ばかりが目に付く。違法行為には厳しく対処すべきだ。片っ端から道交法違反で検挙しろと言いたい。

問題なのは沖縄で暴れている極左活動家連中の違法行為を、朝日新聞を始めとする偏向メディアが一切報道しないことだ。そればかりか、極左活動家連中を「一般市民」のごとく報道する。

クズ京大生
これは中核派の活動家(京大生ら)。道交法違反で逮捕されている(2018年)。逮捕は当然なのだが、これに対し「弾圧だぁ~!」とか言い出すヤツがいた(東大教授・本田由紀)。こういう連中が、いかに異常かをよく示している。

偏向メディアともども、こういう連中が極左活動家の違法行為を増長させている原因である。違法行為を行ったら、その内容により適切な処罰(処分)を受けるのが当然である。それなくして法治国家は成り立たない。

関連
 「犯罪者集団社民党の頭目・福島瑞穂を逮捕せよ!
 「『プロ市民』『活動家』を『普通の市民』って装う報道はやめろ!
 「東大教授・本田由紀の『弾圧だぁ~!』に唖然


岸田首相(政府)が安倍元首相の国葬を表明したことを受け、賛否両論が出ている。賛成の方が多いイメージだが、否定(反対)があっても構わない。それが朝日新聞のように「モリカケサクラがぁ~!」と「分断を煽るなぁ~!」と中身のない論調でもだ。日本は「言論の自由」がある民主主義国だから。
(「朝日新聞の安倍元首相国葬に関する中途半端な反対論」参照)

そんな中、ニューズウィーク日本版に「安倍元首相に国葬に反対する」との直球記事が載った。筆者は藤崎剛人。

論旨の多くの内容にはまったく賛同できないが、藤崎の意見なのでいいだろう。ただ「事績に基づけば国葬に値するかどうかは疑わしい人物を、選挙演説中に殺害されたインパクトをもって強引に国葬を執り行ってしまうのは危険であり、故人の神格化に繋がるだろう」は、何を言ってるんだでしかない。

安倍元首相の実績を全否定しているから「殺害されたインパクト」しか頭にないのだろうが、こういう物言いには呆れる。そして「神格化」されると言い出すのには「はあ?」でしかない。

どういう意味で「神格化」って使っているのだろう? 「絶対的存在と見なして崇めること」みたいな意味? それとも豊臣秀吉や徳川家康が死後自身を神格化(神号を得ることで)し、個人崇拝させることで政権を安泰化させようとしたことでも思い浮かべているのか?

まあ何にせよ、「神格化」などと言いだす輩の論調に説得力はない。国葬に反対する市民団体が「(国葬に対する)予算執行の差し止め訴訟」を起こす方針を表明したが、その中(会見)でやはり「神格化」という言葉を使っていた。既に街頭でも「神格化」という言葉を使ってデモをしている。

この団体って「あっ、いつものヤツじゃないか」なので、「神格化」ってその筋のお仲間達の間では「共通語」なのね。

藤崎(筆者)のツイッターをちょと見たら、「誰かが死んだときは批判を抑え哀悼の意を表するべきだという道徳を主張する人は、ビンラディンや麻原が死んだときもその原則を適用していたのかしら」とあり笑ってしまった。

左派系のよくある共通点として、比較対象でないもの(比較できないもの)を無理に比較し「(だから)日本が悪い」とこじつける手法を使う。元朝日(当時は現役)の鮫島浩に、その旨リプしたこともあるけど。

藤崎がどんな意見を持っていようが、安倍元首相の国葬に関して何を言おうが自由だ。ただ、その内容がコアなお仲間以外からは「えっ?」と思われていることも自覚した方がいいと思うぞ。


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高崎市の県立公園「群馬の森」にある朝鮮人労働者追悼碑(以下、追悼碑)の設置更新を巡る訴訟で、最高裁は管理団体側の上告を棄却する決定をした。これにより、管理団体側の請求を棄却した東京高裁判決が確定した。

当然の判決だろう。「政治的行事を行わない」との条件付きで許可を得て追悼碑を建てたのに、集会で堂々と「政治的発言」を行い特定勢力の「政治集会」の場にしたのだから。

1審の前橋地裁は行事参加者の発言が「政治的発言」と認め、集会は「政治的行事」と認定したにもかかわらず、群馬県の「設置更新の不許可は違法」という訳の分からない判決だった。以前から前橋地裁は変な判決が多い(東京高裁でひっくり返される)。

2審の東京高裁は「当たり前」の判決(群馬県の「設置更新の不許可は適法」)を出した。設置時の約束を破り「政治的行事」を行ったにもかかわらず、「表現の自由の侵害だ」などとの管理団体側の主張は、論点のすり替えなのは明らかだ。

「政治的発言」により「追悼碑が公園施設として存立する上での前提を失った」(東京高裁判決)とされたが、もともと「政治的イデオロギー」が内在している碑だったということだ。県民の税金で運営される「群の森」という公共公園に、こういう政治的な意味合いをもつ碑の設置は不適切だということ。朝鮮人追悼碑だからダメなのではなく、特定のイデオロギーを内在しているものはダメだということ。当然それが保守側のものでもだ。

管理団体は速やかに碑を撤去すること。意図的に撤去を遅らせる(または撤去しない)ような不法行為を行うことがないようにしなければならない。そんな対応をすれば、自らが「特定の意図を持った政治団体」であることを認めることになるぞ。


TBSの「サンデーモーニング」でMCの関口宏が、自民党の防衛力強化のために防衛費の増額(GDP比2%など)を提言していることに対し、「戦争を止めるのは外交力ですからね」と批判した(5月1日放送)。

まあ、関口宏だけでなく左派系といわれる人たちの多くが、同様のことを言っている。もちろん朝日新聞も「外交がぁ~!」の代表格だ。

しかし現実問題として、ロシアのウクライナ侵略は止められなかった。現在も多くの方面からの外交努力も虚しく、戦闘状態は継続中だ。なぜか? 理由は簡単だ。ロシアが核保有国だからだ。それと、プーチンがアメリカの弱腰を見抜いていたからだ。

核保有は言うまでもなく「抑止力」。ロシアに軍事的にちょっかいを出したら反撃するぞということ。

また、バイデンの弱腰はアメリカ国民からも見透かされている。2月25日にハーバード大アメリカ政治研究センターが発表した世論調査結果では、「トランプが大統領だったらロシアのウクライナ侵略はなかった」が62%だった。「バイデンが弱いとみてプーチンは動いた」も59%だった。

外交力(つまりは話し合い)で解決できるなら、もちろんそれに越したことはない。しかし現実はそんなに甘くないということ。

立憲民主党の小川淳也政調会が、やはり防衛議論に対して「悪乗りした議論だ」と発言したことを批判したが、関口を始めとした「お花畑論者」にも同じ批判をさせてもらう。
(「立憲民主党は日本に不要な政党だ」参照)

最後に、ロシアは軍事戦略上のミスが多く、ウクライナ制圧は無理だろう。東部地域の帰属問題で妥協というか、合意できれば御の字だろう。また、各国の経済制裁などで国力の低下は避けられず、結果的に国を破壊するレベルの愚行という結果に終わると見込んでいる。


昨年末にジェンダー研究で知られる東大名誉教授・上野千鶴子の発言を目にした。

要約すると「すでに『ブス』という言葉がタブーになりましたから、その対極にある『美人』も言っちゃダメというのは、論理的にも当然のことだ」。

ふぅ~ん。そんなものかね。

ところが、それに続いて上野は「女性が男性に『イケメン』などと言うことは問題ない」と言う。

えっ、なんで?

良く分からない理屈だが、上野が言うには「女性の場合は一元尺度でランクオーダーされるのに対して、男性は多元尺度だから」。

どういうこと?

女性を測る尺度はひとつしかないが、男性を測る尺度はいろいろある。つまりはイケメンでなくとも学歴や地位とか。しかもイケメンかなどは、その尺度の中でも下の方だ。結局は男性の尺度の中で一番強力なのは金力だ。

つまりは男性を測る場合は自然と複数の尺度で測っているから、「イケメン」と言ってもそれだけではないからOK。しかし女性の容姿はそれだけで測られるのでNGだという。

女性にだって多くの尺度があるだろう。それは無視かよ。これは上野の女性を測る尺度でしかない。何てことはない、左翼特有のご都合主義ってこと。しかも、女性の尺度は容姿しかないと言っているに等しい。これこそ女性蔑視の最たるものではないか?

「男だから」とか「女だから」とかで物事を決めつけるのは、もちろんダメなことだ。その「男」「女」に対し、自分の価値観のみで判断するのもダメなのは言うまでもない。

しかし上野はそれをやっている。こういう活動家もどきの人物ほど、自分の価値観以外を認めない。それどころか、違うことを言う人を攻撃対象にする。

女性が「美人と言われてうれしい」「好きな相手の苗字になりたい」『専業主婦っていいじゃん』なんて言うと、「そういうことを言うから『だから女は』とか言われるんだ!」と攻撃されることになる。

だから往々にして、女性問題の活動家は女性に嫌われる傾向がある。そりゃそうだ、自分の生き方を勝手な価値観で否定されたら憤慨するだけ。誰が何に価値を見いだすかは人それぞれだから。そんなことすら理解しようとしない。

こういう連中に限って、逆に自分の価値観を否定されると激怒する。勝手なもんだ。


衆議院選が公示され選挙戦が始まっている。各政党の獲得議席予想もちらほら出始め、選挙戦も過熱してきているようだ。自民党が減少幅をどこまで少なくできるか、立憲民主党が他党との協力も踏まえいくつ議席を伸ばすか、あたりが焦点なのかな。個人的には社民党の議席ゼロを切望している。

そんな中、立民が政権を獲得した場合に取り組む政策を発表した。「多様性を認め合い『差別のない社会』へ」をテーマにしたという。その後の続く文言は想像の通り。「選択的夫婦別姓制の早期実現」「LGBT平等法の制定」「同性婚を可能にする法制度の実現」。別に立民の公約として否定するものではない。

立民は自らをリベラル政党と認識しているはずだ。だがどうしても、この「リベラル」を自称する集団の偽善性(違和感と言うか、うんざり感と言うか)を感じてしまう。

特にうんざりしているのは、具体的な内容(選択的夫婦別姓など)に反対の意見を示すと「差別だ!」とか「多様性を認めないのか!」との反応が出ることだ。自称・リベラルは自分の意見と違うことを言う人に対し非常に「不寛容」なのだ。

自らは「不寛容」なくせに、他人には「寛容」を求める。そして、それらを「多様性」と一括りにする。一般的に考えれば、ある事象に対して「反対」することも「多様性」のはずだ(それが法令違反や社旗常識から大きく逸脱していなければ)。

だが自称・リベラルは、そういう多様性は認めない。自分らの考えこそ「正しい」からだ。「正義」と言ってもいいかも知れない。そこには議論はなく、その先には「差別主義者」などとのレッテル貼りなどが待っている。

ここで一例。衆議院選の党首討論を伝える東京新聞の記事を紹介するツイート。発信者は東京新聞政治部。

党首討論 衆議院選2021
選択的夫婦別姓に賛成かの問いに、自民党・岸田総裁のみ挙手をせず、他党の党首はみな挙手をしている場面。

「日本記者クラブでの討論会で問われた『多様性』で、自民党の消極姿勢が際立ちました」とある。選択的夫婦別姓に賛成しないと「多様性がない(認めない)」と東京新聞は判断している。まっ、東京だけでなく、朝日・毎日も同様だろう。

東京新聞とは言え、一応新聞社だ(自称かもしれないが)。それが、あることに賛成するのが「多様性」だと言う。つまりは「正しい(正義)」と。では、憲法9条を改正(自衛隊明記でも国防軍化するでもいいが)するとなったら自称・リベラルはどう言うだろう? きっと「反対することが多様性」と言うだろう。

結局は「多様性」という言葉は、自称・リベラルたちの意見を認めることを示す言葉になっているのに等しい。これがいかにおかしなことかは、普通の思考ができる人ならすぐに分かること。

いろいろな意見があっていいし、逆になければおかしい。それをお互い尊重した上で、どう判断していくかだと思う。国会は数で決まるので、自民党が最大与党のうちは変わらないというだけ。野党が賛成(推進)なら政権をとればいいだけこと。それは「多様性」を認める・認めないではない。ある政策に賛成か反対か、だ。

最後に、自らは「不寛容」なくせに他人には「寛容」を求める社会とは何か? を突き詰めると、全体主義に行く着くということ。自称・リベラルが万が一権力を持てばどうなるか? 答えは簡単である。「多様性を認めない」者たちを力で排除する。

共産主義という理想を夢見た国が、いつの間にか物も言えない全体主義の国になって行ったのは歴史の事実。極論だけどね。

関連
 「立憲民主党・蓮舫の多様性(苦笑)
 「蓮舫の『多様性』を認めない『多様性』
 など多数。


東京五輪が閉幕した。いろいろな意見があるかと思うが、選手たちの頑張りとボランティアの皆さん含む大会関係者の努力により、「成功」と言えるレベルであったと思う。コロナ禍の中、やり遂げた事実は大きい。

選手の成績も金27個、銀14個、銅17個の合計58個と過去最高。もちろんメダルだけがすべてではなく、参加選手の一人ひとりそれぞれ感動があった。素直に「選手のみなさん、ありがとう」と言いたい。

ところが一部メディアやそのお仲間連中は、大会中からずっとネガティブ情報を流し続けた。やれ「日本選手には地の利があった」「不公平」などなど。

東京でやっているのだから日本選手に地の利があるのは当然で、それを「不公平」と言ってのける精神のゆがみ。すべてにおいて平等を言う人は、自分の所属する組織・団体、ネットワークがすべて「平等」なのか(運営・待遇・処遇など)、良く確認することをお勧めする。

また、五輪などの国際大会のたびに上記のような人たちが言うのが「日本がすごいのではなく、選手がすごいのだ」。良い悪いは別にして、五輪という国を代表しての競技に対して、どうしてこういう考えになるのか。

SNSなどでこう発言する人に共通するのは、ちょっと年配の左の人。「オールド左翼」の人たちと言える。この年代の人(極左メディア記者含む)ほど国からの恩恵を多大に受けているにもかかわらず、日本が嫌いなこと。そしてこういう人たちの頭にあるのは、

五輪などの国際大会=国威発揚・ナショナリズムの高揚=右翼・保守の台頭

という図式だろう。特に、金メダルでも獲ろうものなら日の丸が揚がって君が代が流れる。最悪だ! 象徴的な例は東京五輪閉幕時の社説で、朝日新聞と毎日新聞は五輪の結果に一切触れていない。結果を評価してしまうと、日本を認めてしまうことになるから。

古っ! としか言うことはない。ナチスドイツのベルリン大会(1936年)ではあるまいに。未だに国家レベルで、こういう発想でやっているのは中国くらいだろう。まあ、中国の場合は最後の等号(=)の右側は「共産党への忠誠」になるのだろうが。

国家レベルのスポーツ力は国家の力のひとつである。政治力、経済力、先進技術力、民主力(度)や文化力(度)などのひとつと考えられる。国家の総合力を判断するひとつの指標に過ぎない。

スポーツ力が上がったからと言って、右翼・保守勢力が台頭するなどと考えること自体が、時代遅れの発想と言える。こういう人たちは、すべてにおいて同じような発想をする。

ひとつ補足しておくが、スポーツ力は「何でも勝てば良い」という定義ではない。そこには相手を思いやり重んじるという精神を兼ね備えている必要がある。勝利への執着心は否定しないが、どこかの国のようなマナーも無視した過度の勝利至上主義は含まない。

コロナ禍の中、様々な対策を国民は国から要請されてきた。昨年の最初の緊急事態宣言時など、多くの国民が自粛をすることで感染の拡大を防いだ。するとオールド左翼は言う「国の施策が良かったのではなく、国民の頑張りだ」。この人たちは国民ではなく「市民」を使うが。

ところが、現在のようにデルタ株の感染拡大の中、なかなか政府施策だけでは感染を抑えられなくなってきている。するとオールド左翼は「国(政府)の施策が悪いからだ」と叫ぶ。

施策がうまくいくと「国民の頑張り」で、うまく行かないと「国(政府)が悪い」というのは、ご都合主義的過ぎないか? 国の施策がすべて成功しているわけではないが、評価すべきところは評価し、批判すべき所は批判するという態度がとれないものか。

何でも批判は一番簡単な方法である。それも無責任に煽るのが聞く側の耳に入りやすい。責任ある立場(政治家やメディア)の人や組織が取るべき手法ではないのは明らかだ。

こんなことをしているから一部政治家(政党)、メディア(新聞・TV)はまったく信用されない。当然だ。そして、これらを支持するのが「オールド左翼」の面々。残念ながら、どちらも時代に淘汰される日は近い。


松山英樹が日本人として初のマスターズ制覇を成し遂げた。初のメジャー制覇でもある。

スポーツ界・芸能界を始めとした各方面から祝福の声が続々と挙がっている。またSNSでも優勝前から「#松山優勝」がトレンド入り、優勝後には「#松山英樹」「グリーンジャケット」「歴史的瞬間」などの関連ワードも軒並みトレンド入りを果たした。

優勝直後に放送中であった各局の朝のワイドショーでも、速報を入れると同時に出演者が祝福のコメントが発している。

そんな中、テレ朝・モーニングショーでもMCの羽鳥慎一や出演者の石原良純が「歴史的偉業」「凄い、日本の歴史ですよ」などと祝福した。それに対し同局のクズ極左・玉川徹は「格差が広がる社会と関連する。お金持ちのスポーツ」などとバカなコメントを発している。驚きである。

言うに事欠いて、ゴルフが格差を象徴するスポーツのごとく言う。共産主義的に言う「ブルジョワのスポーツ」とでも言いたいのか? 玉川がどんな思想を持っていようが構わないけど、他人の「偉業」を素直に祝福できない様は、人としてどうなのか。はっきり言えば「ろくでなし」「クズ」。

きっと幼少期から他人の成功や幸福を妬み続けてきたんだろう。何でも自分がNo.1だという根拠のない自信と自惚れ自尊心の塊。だから他人の「成功」「偉業」を何とか貶そうとケチを付ける。そうしないと膨れ上がった自尊心を抑えられないんだろう。

番組内で日本のことを何かというと卑下する発言をするのも同じ理由だろう。かわいそうなヤツだな。

玉川関連
 「テレ朝・玉川徹のバカさ加減に呆れる


東京五輪の聖火リレーが3月25日、福島件のJヴィレッジから始まった。30日・31日には群馬県も通過した。30日には「ストロングマシン2号」も聖火ランナーを務めている。ストロングマシン2号は桐生・妙音寺の副住職だ。
(「副住職の将来が楽しみだ(笑) -妙音寺-」参照)

今後、開会式予定の7月23日までの121日間にわたり、約1万人のランナーが全国47都道府県の計859市区町村をトーチでつなぐ。ランナーのみなさんは、沿道の声援を受けながら力強く聖火をリレーし、大会開催までの気運を盛り上げることだろう。

惨めなヤツ
そんな中、3月27日に福島件田村市内を走る予定だった男性(57歳)は、沿道から聖火ランナーを見つめていた。五輪組織委員会・森喜朗前会長の「女性蔑視発言」に抗議するため、聖火ランナーを辞退したという。

まあ辞退は当人の意思であり、そういう考えならしょうがない。当人は「一石を投じることができたのなら、自分の決断にも意味はあったはずだ」と語っているのだが・・・。

じゃあ、なんでわざわざ自分が走る予定だった区間に現れて、未練がましくランナーを見ているのだ? 後悔してるのが見え見えじゃないか!(苦笑)。

太鼓を教えている子どもたちが、サポートランナーを務めることもあって沿道に駆けつけたとされているが、それだけではあるまい。たいしたポリシーがあるわけでもないくせに「抗議」した自分に酔いしれ、一時の勢いで良い格好しいで辞退しちゃったけど、やっぱり走りたかったなぁってところか。

森前会長の発言が女性蔑視だとしても、だからと言って東京五輪開催の意義付け(復興五輪)が変わるわけではあるまい。五輪精神が汚されたみたいな批判をしていた新聞もあったが、捏造・ウソ記事を乱発している新聞社が、そんなことを言えた義理ではあるまい。

それに、著しい人権侵害をしている来冬の五輪開催国に何も言及しないことを見れば、森会長発言と絡めた批判は政治的意味合いのものだとすぐに分かる。「五輪精神がぁ~っ!」なんて、ちゃんちゃらおかしい! どの口が言ってるんだ!

そんな左翼メディアや活動家に乗せられて、一生の想い出になるであろう聖火ランナーを辞退したことは、まさしく「後悔先に立たず」だな。


自称新聞記者の左翼活動家・望月衣塑子が東京新聞で、日本学術会議からみのファクトチェックらしきことを行い他人を批判している。笑ってしまう。左翼の特技「自分はいいけど他社・他人はダメ」「ダブスタ」の典型だ。

望月は橋下徹の「英米では学術団体の税金は投入されていないようだ」(ツイート)やフジTV・平井文夫上席解説委員の「その後、学士院というところに行って、年間250万円年金もらえるんですよ。死ぬまで。皆さんの税金から」(TV番組発言)を「デマ」だと批判している。

確かに橋下の「税金」や平井の「学士院、250万円」は事実誤認を含む。両者とも追加説明や訂正を行い、事実の明示に努めている。まあ、事実誤認・不正確な発言をしたのは事実なので、批判されてもやむを得ない。

望月はこれらを鬼の首を取ったかのような批判記事を書いている。しかし望月が自ら垂れ流した多くの「デマ」に対し、真摯に対応したという話を聞いたことがない。

有名なのは、官房長官の記者会見で自分が指名されないのは、番記者連中が「望月が手を挙げても指させない」と決めたとのツイート。これに毎日新聞記者が「特定の記者を指させないと決めたり、話し合ったりしたことは一切ない」と猛烈な反論記事を書いている。

さらには池袋暴走犯・飯塚幸三容疑者の親族に関するデマや、後藤田正晴元官房長官の安倍前首相評などのデマを拡散(リツイート)している。また、ツイッターユーザの根拠のない陰謀論の類い(例えば、政府の都合が悪い時に限って北朝鮮がミサイルを撃って目を逸らさせる)も平気でリツイートし拡散する。これらに関し、望月が謝罪や訂正をしたとは聞いたことはない。

自らは「デマ」を流し放題のくせに、他人には「デマだ!」と難詰する。これを「タブスタ」と言わず何を言うだろう。特に官房長官会見での「妄想デマ」では、頑なに削除を拒否するなど、傍若無人な振る舞いをしている。自分を被害者のポジションに置いておきたいんだろうが。

望月は左翼活動家である。活動家仲間は社を超えて望月を応援する。自分らと思想・考えが違う人たちに対してはファクトチェックと称し枝葉末節まで追求するが、望月の記事やツイート(リツイート含む)内容を問題視する社や輩は少ない。

最近、毎日新聞が盛んにファクトチェックと称する記事を載せるが、決して望月の記事や言動(ツイート)などをチェックすることはない。左翼仲間の傷のなめ合いほど、気持ち悪いものはない。

関連
 「毎日新聞のファクトチェックって?


東京新聞の自称記者で左翼活動家の望月衣塑子の弟が、オンラインサロンを通じて詐欺まがいのカネ集めをしていると週刊新調に報じられた。

弟のツイッターでの発言は時たま流れてくるが、常軌を逸した内容に驚かされる。「東日本大震災は人工地震」「原爆は落とされたんじゃなく打ち上げたのです。それを爆発させたのは日本ですよ。本当の悪は誰でしょ」とか。

個人の発言だし、どんな考えを持っていてもいいけど、普通の人なら呆れかえる内容だ。

そんな弟の行状を望月は「弟とはほとんど連絡をとっていません。ツイッターの炎上は人から聞いて知っていますが、オンラインサロンについての詳しいことは分からないので、コメントは控えさせてください」だそうだ。

弟とは言え別人格だし、すべてを把握しているわけでもないだろうから、しょうがないと言えばしょうがない。でも自称とは言え望月は記者を名乗っているわけだし、しかも姉であるなら弟に確認してしかるべき対応をすべきだろう。万が一にも被害者が多発するような事態は避けなければならない。

望月は日ごろ「取材」などまったくせずに、他紙(誌)の記事を元に(しかも真偽不明のようなものばかり)官房長官に質問してるんだから。しかも、その中に自分の主張や願望を織り込みながら。

普通なら「取材」しない記者なんて存在し得ないものだが、東京新聞の場合はそうでもない。記事を書くより左翼活動とSNSで自身やお仲間のプロパガンダを垂れ流しているようなヤツもいるし。

望月は官房長官への長尺質問で名を馳せたが、これは質問相手が違う。望月がまず質問すべきは、その真偽不明な記事を書いた他紙(誌)のはずだ。多くは朝日新聞などの左翼仲間紙だが。

「取材」もせずに延々と官房長官に質問する望月だが、今回は弟なんだから一番「取材」しやすい対象なんじゃないか。自称とは言え、新聞記者を名乗っているんだから、たまには「取材」してみてはいかが。


芸術?
ツイッターで見つけた(流れてきた)写真。高いヒールの先が、安倍首相と管官房長官らしき人形の口元に刺さっている。

あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」でも物議を醸したが、こういうのは芸術なんだろうか? 表現の自由? 作者の意図や思いはいろいろあるのだろうが。

人によっても感じ方は異なるのだろうが、「ヘイトだ!」「風刺だ!」の両極端になるのかな。個人的にはまったく風刺にはなってないと思うが。

これが風刺の効いた芸術だという場合、下の人形(のようなもの)が枝野幸男と蓮舫であっても、同様の評価になるのだろうか? 福山哲郎や辻元清美、志位和夫、小沢一郎でもいい。もっと身近な自分の家族だったらどうか?

芸術だというなら、これらも許容しなければならない。そうしないと日本一恥ずかしい新聞である朝日新聞と同列になってしまう。

「ある人々による風刺表現が、別の人々に侮辱と受けとめられる」「(表現の自由は)どんな場合でも無制限というわけではない。無分別な表現は、個人や集団、民族などの名誉や尊厳を傷つける『暴力』にもなりえる」「自分にとっては当たり前に思える常識や正義が、他者にとっては必ずしもそうではないという想像力。それがあっての表現の自由である」

これは朝日新聞の社説(2015年1月19日)からの引用である。珍しく至極まっとうなことを言っている。

ところが、昨年の「あいちトリエンナーレ2019」で展示作品に批判が寄せられると、「表現の自由が大きく傷つけられた。深刻な事態である」(2019年8月6日社説)となる。

朝日の場合、そこに自らの主張が入り込む典型的なダブスタだ。朝日の主張に合っているか否かが判断基準になる。だから朝日はプロパガンダ紙と言われる。

関連
 「朝日新聞の『表現の自由』に関する安定のダブスタ
 「朝日新聞の呆れた『表現の自由』論



沖縄の反基地活動家連中が、世間から支持されない理由がよく分かる。

沖縄左翼
アメリカ海軍の掃海艇が宮古島に寄港した際、乗組員が海岸の清掃活動を行った。その眼前に「NO! Base」のプラカードを掲げる活動家。

米軍関係者が手出しどころか、口させ出せないことを知っていてやっている。もう悪意・悪質としか言えない行為だ。反米・反基地なら何をしてもいいと言う傲慢さ。自分たちは「正義」だとの愚かな思考。思想と言ってもいい。

基地に反対でも別に構わないが、当然のことながらその抗議活動は節度を持って行うべきだ。この写真を見る限り、人間としての品格を疑う。

このような活動・行為が支持を得られるはずもない!

沖縄左翼の違法で暴力的な活動を、沖縄のメディア(沖縄タイムス・琉球新報)は持上げる。何をやっても好意的に報じる。自社のプロパガンダとして利用している面もある。

それに追従しているのが朝日新聞などの左派系メディアだ。こんな活動家連中を「沖縄市民」だの「普通の市民」などと書くアホらしさ。本当の「普通の沖縄県民」には迷惑この上ないことだ。

暴力集団の代表でしかない山城博治が、米軍基地に不法に侵入し逮捕された際、朝日は「理不尽な逮捕」「米軍側の強引な行為」「極めて不当な行為」などと、山城の違法行為を一生懸命擁護していた。「違法行為」をだ。犯罪者を擁護してまで反米軍・反基地運動を擁護する。こんなのが新聞を名乗っている恐ろしさ。東京新聞も同様だ。

彼らや朝日、東京が何を望んでいるのか? 中共の人民解放軍ならいいのか?

関連
 「暴れる沖縄左翼 報道しない左翼マスコミ
 「朝日新聞は違法行為を擁護するのか!


落語家の立川談四楼がネット上(ツイッター)で大爆笑をとっている。大嘲笑と言った方がいいかな。まあ、いずれにしてもツイッターで笑いをとるなんて、落語家の本領発揮と言ったところ。

以下、お笑いツイート。
「『昭恵夫人を私人』としたぐらいだから、安倍さんは閣議決定が大好きなんだ。で今度は『桜を見る会は有意義と閣議決定』ときたよ。笑うよね、お気楽だよね、能天気だよね。で言うに事欠いて『セクシーの意味は魅力的と閣議決定』ってんだよ。ここまでくれば口をアングリ、落語が吹っ飛ぶぜ」

安倍内閣が色んな事案を「閣議決定」したことを嘲っている。「閣議決定」は内閣の意思決定結果であり、国会に提出される法案や人事などを決定するものだ。だから談四楼は、内閣としてくだらない内容のものを意思決定したものだと言っているのだろう。

しかし内容を見れば、質問主意書が出されたので答弁書(回答)を決定したとすぐさま理解できるものだ。どうやら談四楼はこのシステムを知らないらしい。

桜を見る会云々は、立民のセクハラ初鹿の質問主意書への回答、小泉のセクシー発言云々は、やはり立民の熊谷裕人への回答。ついでに、昭恵夫人に関するものは「あの」上西小百合への回答(2017年)。

談四楼は共産党の機関紙「しんぶん 赤旗」にも度々登場し、安倍政権批判を繰り返しているし、ツイッターでも同様のツイートが多い。基本的に左派系なんだろう。別にどんな考え(思想)を持っていようが構わないけど、こういう間違った(と言うか知らない)内容で相手を貶してしまったなら、訂正なり謝罪なりしないといけない。ところが、その後何もアクションを起こさない。

こういう態度は如何なものか。恥ずかしくて黙っている訳ではなさそうだ。その証拠に、その後も批判ツイートをしている。どうやらこの件に対して、しらばくっれるつもりらしい。

「間違いを認めたら(謝罪したら)負け」って考えはあっち方面の人に多いが、その典型らしい。恥ずかしいヤツだな。いい歳して。

それに、この閣議決定内容を批判するということは、結果的に質問者を批判しているのも同然。談四楼が思うくだらない内容の閣議決定の裏には、野党のくだらない質問主意書があるってことだ。

過去(2013年)には、民主党議員(当時)から「安倍首相が総理公邸に引っ越さないのは、幽霊のためか?」なんて質問主意書も出ている。こんなもんにも回答内容を閣議決定しなきゃいけないんだから、内閣も大変なんだよ。お前の簡単に吹っ飛ぶような落語とは違うんだ。

まあどんな形にせよ、笑いをとるあたりは「さすが、落語家!」だな。


テレ朝のモーニングショーと言えば、玉川徹の偏向アホコメントが有名だが、火曜日のコメンテーター・青木理も相当ひどい。さらに輪をかけて、弁護士を自称する菅野朋子もすごいヤツだと知った。

8月27日のモーニングショー。韓国旅行の女性が韓国人から暴行を受けた件で、青木と菅野が信じられない発言をしていた。

青木理(要旨)
「本来ならニュースにならないニュース」「私が記者なら書かない」「(日本人に対する差別用語を韓国人は)今の時期でなくても普通に使う」

こんな青木の発言を相づちを打ち、頷きながら聞いていた菅野
「しかもかなり酔っ払っているときですよね」。さらには「この程度はよくあること」

この2人の発言は完全にダメだろう。何とか暴行事件を「たいした問題ではない」とし、韓国を擁護したいのだろうが。

まあ、青木がこういう発言をするのはいつものことだけど、「差別用語が普通に使われている韓国」だと認めている。韓国を少しでも批判すると「レイシスト!」などと大騒ぎする人たちは、この発言を容認するのか? 韓国人はみなレイシストと言ってるんだぞ。

菅野の発言も「酔っ払ってるからしょうがない」としか聞こえないが、酔っ払いなら免責されるのか? 以前「Me Too」ボードを掲げてパフォーマンスに勤しんでいた人たちは、この発言を許容するのか? 福島瑞穂やお仲間達、どうした? 早くボードをも持ってテレ朝へ押しかけろよ。喪服姿で行くことも忘れるなよ。

また、暴行事件を「この程度」と言う菅野に、日ごろから「人権がぁ~!」と熱心な方々は、何も感じないのか? 髪の毛を引っ張られ、怪我までしてるんだぞ。

それにしても、韓国を擁護することに頭がいっぱいで、異常な発言をしていることに気付いていないのだろう。これと同じようなことを、韓国人女性に日本人男性がやったらどうコメントする? 2人ともボロクソに言うだろうことは想像に難くない。

暴行事件を「ニュースではない」と言い、韓国人は「日本人に差別用語を普通に使う」と言う青木。さらには「酔っ払ってるから」と間髪入れずにフォローを入れ、「この程度はよくあること」と言う菅野。こんな2人に公共の電波で発言させるテレ朝。

テレ朝はこの発言の異常性・問題性に気付いてないようだが、どんでもないことだと思うぞ。停波されても文句は言えないレベルだ。


とある方がイランを訪問した安倍首相を捏造してまでも批判するツイートが流れてきた。

イランの日刊紙
内容は、安倍首相のイラン訪問を伝えたNHKが、現地の日刊紙を示し「日本の侍がテヘランに」と報道したことを、「アメリカのメッセンジャー」「トランプが送ってきたヤギ」なのにと、NHKを批判し間接的に安倍首相を批判するもの。さらには「捏造であるだけでなく海外からはアメリカの属国としか見られていない現状を意図的に隠そうとしている点で悪質」とまで。

一般的な日本人でアラビア語が読める人は少ない(ほとんどいない)だろう。もちろんオレも読めない。だから現地紙を見ても何が書いてあるのか分からない。NHKの言っていることが正しいのか、NHKを捏造とするツイ主が正しいのか。

でも、非常に少数とは言えアラビア語が理解(読める)人ももちろんいる。すると、安倍首相の横に書いてあるアラビア語は、NHKの言うように「日本の侍がテヘランに」が正しいと判明。

この指摘を受けツイ主は「侍に関しては確かに仰るとおりですね」と指摘を受け入れたが、それに続け「私はむしろ現地で、アメリカの属国としてやや小馬鹿にされているニュアンスの報道を伝えずに、ごくわずかしかないであろう期待の声を大きく取り上げる針小棒大的な報道姿勢を捏造だとしました」と開き直り。

この方がイラン各紙の報道内容すべて把握しているとは思えないし、それに「ごくわずかでしかないで『あろう』期待の声」って、想像でしかない。そうであろうという自分の願望(妄想と言ってもいい)に基づいた言い訳でしかない。どうしてあちら界隈の人は「間違ってました。こめんなさい」って言えないのかね。この方は、これ以外にも同様の手法で安倍首相を批判するツイートをしている。

ここで断っておくが、別にこのツイ主を個人的に攻撃しようなどという意図はない。言いたいのは、左派系はなぜ捏造してまで批判しようとするのか? なぜバレた後も謝罪もせず開き直るか? と言うこと。

テレ朝もホルムズ海峡のタンカー攻撃事件に関し、捏造報道を行ったばかりだ。しかも捏造がバレた後、とぼけて修正し隠蔽しようとした。現在もテレ朝はとぼけている。
(「テレ朝が捏造報道 そして隠蔽」参照)

安倍首相のイラン訪問に関して、いろいろな意見があってもいい。肯定的・比定的、成果あり・なしなど、受け止め方はあるだろう。もちろん、イラン訪問だけでなく、安倍首相の政策・政治的スタンス・手法など、いろいろな意見があるのは当然だ。

ただ、朝日新聞に代表される左派系の「捏造してまで批判する」「発言の一部を切り取り歪める」「揚げ足取りで批判」「印象操作をする」などあってはならない。堂々と具体的事実に基づいて批判すればいい。それなのにこういう姑息なことをやる。だから左派系はジリ貧になっている。よく自覚した方がいい。


沖縄県の玉城デニー知事は5月31日の記者会見で、尖閣諸島周辺で中国公船に漁船が追い回されたことに対して、「中国公船が(尖閣諸島の)周辺海域をパトロールしていることもあるので、故意に刺激するようなことは控えなければならない」と述べた。

知事が県民が乗船する(石垣市議も乗っていた)が危険にさらされたにもかかわらず「中国を刺激するな」とは驚いた。知事が県民よりも中国を優先するとは・・・。自分が尖閣諸島も含む沖縄県全体の責任者だという自覚の欠片もない。尖閣諸島は中国領とでも思っているのか?

中国が何をやっても「刺激するな」って、百田尚樹著「カエルの薬園」に出てくる「デイブレイク」を思い出した。「デイブレイク」のモデルは朝日新聞だといわれるが、左翼界隈を指す一般名詞になったに等しい。

「デイブレイク」の本家本元の朝日新聞も、過去から「中国様を刺激するな」「尖閣諸島は中国領」みたいな記事を書きまくっている。

沖縄の左派2紙も同様だ。琉球新報は与那国島の陸上自衛隊駐屯地内の「火薬庫」を「貯蔵庫」と示していたことを批判していたが、これも間接的に中国に情報公開しろと言っているに等しい。

琉球新報は「住民の知る権利」を盾に批判しているが、「知る権利」ってすべてに優先するとでも思っているのだろうか? 勘違いも甚だしい。「お宅の金庫はどこにありますか?」「カギはどこにしまっていますか?」なんて、いくら知りたくても秘することが当然だ。

自衛隊の公共性と私的なことを同じに論じるなと言われそうだが、琉球新報の言ってることは、これくらいナンセンスなことだ。陸自も「隠す意図はなかった」などと「配慮」する必要などなく「機密のためお答えできない」でいいと思うけど。

「カエルの楽園」では悲惨な最期が待っているが、こんなことを言っている連中は、もう少し現実を見ないといけない。「あの時、ちゃんと対応していれば・・・」となってからでは遅いのだ。

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 「『カエルの楽園』を読んだ


4月27日から10連休がスタートした。連休前から好意的・比定的の両意見が言われてきた。そんな26日の午後、都内のみずほ銀行のATMで現金が不足し、引き出しできない事態が起った。

早速、10連休否定派が「ほら見たことか」的なことを言い出した。まあ、それはそれでいいのだが、一部に「政府が悪い」と言っている人がいるのには笑ってしまった。

そんな人の日ごろの言動をみると、「なぁ~るほど」と思わせる考えの持ち主で妙に納得。簡単に言えば「左翼」に分類されるだろう人々。

みずほ銀行の件で言えば、みずほの責任以外の何物でもない。みずほから見れば「想定外」に引き出しがあったのだろうが、そんなのは言い訳でしかない。でも、その界隈の人たちからすれば「勝手に10連休にした政府が悪い」となるようだ。

とある方のツイート。「これ『現金切れを予見出来なかった銀行の不手際』として、銀行が非難されちゃう事態なんかな。勝手に10連休作った政府じゃなくて、現場が非難されるとなると怖いな」

なかなか理解できない論理だ。何でも国・政府が悪いと行っていれば満足する人たち。この方のことを言うわけではないが、こういう人たちからすれば、自分の身に起る不幸もすべて国・政府が悪いんだろう。そう言っていれば気が済む程度の人生なのかな。

10連休により不便や不利益を被る人がいることは否定しないが、それ以上にその恩恵に浴する人の方が多い。経済面でも同様だ。しかしメディア、特に左派系メディアはネガティブな面を強調して報道する。自分たちは少数派(弱者)に寄り添う(見方)「ふり」が好きだからだ。

少数派=弱者かは意見の分かれるところだろうが、こういう左派系メディアが、実は一般的に「強者」である事実は否定でないだろう。様々な特権を享受しているくせに、そのことは隠して「権力監視」だとか言っている。自分たちも「権力」のくせにと思ってしまう。

話が脱線したついでに、もうひとつ。オレは「団塊の世代」と言われる年齢層で、しかも左翼活動をしている年寄りが嫌いだ。この世代は国からの恩恵を誰よりも受けているくせに、反政府を気取って自己満足にふけっている。沖縄で暴れているジジイ連中がその代表だが、こういう連中が世の中で一番嫌いだ。


元号改訂は憲法違反だとして、弁護士3人が差し止めを求めて東京地裁に提訴したという。なんともまあ、世間ズレがすごね。

「国民が個々に持っている時間の連続性の意識を破壊し、憲法13条が保障する個人の尊厳を侵害する」だそうだ。自分の価値観が世界で唯一正しいとでも思っているのか。こういう連中は何かというと憲法13条を持ち出してくる。

記者会見では「国民は世界史の中の時間を生きている。元号は必要ない」とも言っているので、「西暦」で統一しろということなのだろ。でも、キリスト教(キリスト生誕)を基本としている時間軸は、宗教支配との解釈だってできる。「憲法20条の信教の自由を犯すな!」 との言い分だって成り立つ。何と答えるのか?

こういう弁護士が元号が嫌いでも、日本(伝統・文化)が嫌いでも構わないのだが、だからと言って「憲法違反だ!」と騒ぐことの異常さを自覚できていないことが恐ろしい。

自分の主張を絶対視し他人に押しつける様は、まさに左翼の特徴である傲慢さの表れである。こういう連中に限って、日ごろは「寛容な社会」だとか言ってるのは笑うしかない。

日弁連(主流派)の活動やこの手の弁護士を見るにつけ、「弁護士の使命って何?」と思ってしまう。自分の思想・主張を実現するために活動することが弁護士の使命・職務なのか? 活動家と何が違うのか、さっぱり分からない。

物事を否定することが目的になっており、社会をどうしたいのかは二の次。これが世間から評価されない大きな理由だと気付かない。元号を止めて西暦に統一したら、何が良くなるのか? 自分たちは気分が良いだろうが、元号を日本文化の象徴と考えている人たちの気持ちはどうなる? 結局は自己満でしかない。

朝日新聞は、こういうヤツこそ批判しなくちゃいけないのではないか? 日ごろから「多様性」だ「複眼的」だと言ってるんだから。でも絶対に批判しないんだよな。だって朝日新聞こそが自社思想絶対視で、決して「多様性」を認めない新聞(会社)だからね。それに、元号廃止は朝日思想とも合致しているから。

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 「朝日新聞の元号論


沖縄・今帰仁村の漁港で、国の天然記念物・ジュゴンの死体が発見された。これ自体は残念なことである。ところが、あちら界隈ではこれを辺野古の埋め立てと関連付けて大騒ぎしている。いつものことではあるが・・・。現時点では死因も含めて何も情報のない段階なのに、ご苦労なことだ。

一般人が大騒ぎしても別にどうでもいいんだけど、これを何と官房長官会見で質問したアホ記者がいることに驚いている。良くも悪くも有名な東京新聞の自称記者・望月衣塑子。

「昨日、ジュゴン1頭が死がいで発見された。環境NGOは『防衛局は工事の影響はないと言ってきたがジュゴンのえさ場を埋めておいて何を言うかと、工事を一日も早く止めるべきだと言っている』」

あ~あ、いつもの調子だ。
誰々がこう言っている(伝聞)、未確認情報(死因と辺野古埋め立ての因果関係)を官房長官にぶつけてどうするの?

新聞記者なら、多少なりとも自分で情報の確認をしてから質問しろと、いつも思う。ある意味卑怯だよな。誰々が言ってるって、自分の意見(見解)じゃないよって、逃げをうってるだけじゃん。本当は自分の意見と合致しているから聞いているのに。

望月を擁護する新聞労連は「記者が事実関係をすべて把握して質問するのは不可能」と、とんでもない言い分で身内擁護をしている。伝聞・噂話、未確認情報を質問することが、記者としての使命なのか? アホくさ。まあ、委員長が望月とズブズブの左翼活動家仲間の朝日新聞・南彰だからしょうがないけど。

それにしても、因果関係も何も分からない段階でよく聞けるよな。因果関係があって欲しいという望月の願望でしかないのに。

官邸記者クラブへの申し入れ書にも「排除だ」「質問制限だ」とか言いたいことを言っているが、望月自身が講演会で他紙を「排除」してるんだから何を偉そうに! ってこと。あちら界隈お得意のダブスタってこと。

望月擁護派は、だいだい左翼活動家の自称記者ばかりなので、望月は良いリトマス試験紙になっていると考えれば、多少の存在価値はあるのかとも思う(苦笑)。


毎日新聞客員編集委員・潮田道夫のツイートを見てぶっ飛んでしまった。「大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手すると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君」。

潮田は現在は客員だが、元は論説委員長も務めた人物だ。ツイート履歴を見ると、その立ち位置は毎日新聞そのもの。元論説委員長だから当然だけど。

こんな潮田の上記大坂選手関連のツイートは、余りに上から目線の酷いものだ。テニスプレイヤーへの敬意の念も応援の意思もない。しかも「政権が倒れるぞ」なんて妄想も入る。大坂選手を政治利用したゲスなものだ。

大坂選手を使って安倍政権、日本人を腐す。最低だな。思い上りで自惚れで、こういうのを老害と言う見本のような人間だ。クズと言ってもいい。

そんな「元論説委員長さま」は、現在「脊髄反射でレベルの低い」反論を鋭意ブロック中のようだ。鼻が高くなりすぎて、ひっくり返っていることに気づいていない程度の人間なのにね。恥ずかしいヤツだ。

潮田は帝京大教授が現在の本職のようだが、妄想の仕方でも講義してるのか。新聞OBの多くが大学教授や講師に収まっているが、大学も少しは考えた方がいいぞ。妄想の仕方以外は左翼論しか教えられない連中なんだから。


海上自衛隊の哨戒機に韓国海軍艦艇が火器管制レーダーを照射した問題で、韓国は愚にもつかない言い訳を繰り返した挙げ句、「照射していない」と言い出した。さらには、ついに「(海自機が)威嚇的な低空飛行をした」として、謝罪を要求してきた。

韓国の対応には呆れるばかりだ。こんなクズ国は相手にする価値すらない。世界のどこからも相手にされなくなり、北朝鮮と運命をともにすれば良い。文極左政権も、それを望んでいるのだろう。

ところで、こんな韓国を一生懸命擁護しているのが左翼の面々。日本を卑下したいがために韓国を持上げているのだが・・・。

山口二郎(法政大教授)は「韓国駆逐艦の現場の兵士は接近してきた自衛隊機をうるさく思い、レーダーを照射した」だそうだ。軍事面に関する知識がないのか、韓国擁護で頭が湧いているのか分からないけど(苦笑)。

「火器管制用レーダーの照射は、戦争の引き金となりかねない危険な行為だ」と米軍関係者も述べているように、極めて非常識な行為なのに。

「当事国ではないので黙っているが、内心は『韓国軍は何てひどいことをしたのか』『非常識だ』と思っている。今回の件は、世界の軍関係者が『韓国が悪い。日本は悪くない』と理解している。日本はもっと怒るべきだ」とも米軍関係者は言う。

朝日新聞・鮫島浩は「レーダー照射を鵜呑みにしろという方が無理だ」と、「照射していない」という韓国軍に迎合。鮫島の歪んだ「安倍憎し」の感情論。

誰がどう見ても、韓国のやっていること言っていることは、バカなことでしかない。そんな韓国を擁護することは「自分はバカです」と宣言しているに等しいことだ。

こういう連中は、いい加減に韓国を侮日に利用するのは止めろと言いたい。韓国のためにもならない。こういう連中が韓国をつけ上がらせ、結果的に先に述べたように韓国の孤立化を招くだけだ。

そして、こういう連中に限って日韓未来志向とか言う。バカも休み休み言えだ。その時その時ので、自らの都合だけで物事を言い換えるよな連中(韓国含む)が、信用されるわけがない。韓国共々消えてくれ!

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 「韓国のクズっぷりには呆れるわ
 「朝日新聞・鮫島浩は行く着くところまで行った感じだな


渋谷のハロウィンに集まった一部アホどもが軽トラをひっくり返す暴挙を犯した件で、4人が暴力行為等処罰法違反(共同器物損壊)の疑いで逮捕された。その他、この暴挙に加わった11人も特定されており、書類送検する方針とのこと。

警視庁が周辺の防犯カメラや一般人が撮影した動画などから、アホどもの素性を割り出したことは快挙と言える。防犯カメラの映像は犯罪捜査に大きな役割を果たしている。

新宿・歌舞伎町に防犯カメラが大々的に導入されたのが2002年のこと。当時、それを伝えた朝日新聞は「あなたは監視されている」との見出しを付けた。明らかに防犯カメラ設置に否定的な見出しだ。記事中でも、お得意の人権派弁護士に「善良な市民の平穏まで害するおそれがある」とコメントさせていた。

しかし現実は歌舞伎町の犯罪は大きく減少した。「善良な市民」の平穏が害されたとはついぞ聞かない。都会に限らず、日本各地で防犯カメラは犯罪の抑止と事後の捜査に大いに貢献している。

朝日新聞も現時点では事実を淡々と伝えるだけで、過去に防犯カメラの設置に否定的だったことなどおくびにも出していない。

逆に相変わらず元気に批判しているのがTVのコメンテーターといわれるその界隈の人たち。代表としてテレ朝の玉川徹の発言。「ボクなんか政府の批判できなくなりますよ」だってさ。

相変わらずの拡大解釈で「善良な市民の平穏まで害するおそれがある」と未だに考えているようだ。それとも、何か後ろめたいことでもあるのかと疑ってしまう。玉川は左翼デモにも顔を出しているようなので、影で何かやっているのか? それに、被害者のことなど何も考えていないこと丸出し。自分が被害に遇った時も、同じことが言えるのか?

歌舞伎町の防犯カメラ導入から16年。こいつらがTVという公共の電波を使って、あることないこと(と言うか、ないことばかりだが)言いたい放題やってきて、何か不自由なことが起こったことあるのか? ネットでバカだアホだと言われているだけだろう(これは事実だからしょうがない)。

今回の件は犯罪抑止にも大いに貢献するだろう。犯罪を犯した者は捕まる。ただこれだけのこと。「行き過ぎ」でも何でもない。玉川らはこんなつまらない心配をするなら、現実に政府批判をすると当然のように逮捕・拘束される中国や北朝鮮の国民の心配をしてあげればと思う。

何なら中国に行って、「習近平は辞めろ!」「言論の自由を認めよ!」と天安門広場あたりで叫んでみたら。

玉川関連
 「テレ朝・玉川徹のバカさ加減に呆れる


福島第一原発の事故以降、原発や放射性物質への嫌悪が広まっている。ある程度はしょうがないのだが、それが福島への風評被害増大に繋がっている。それを助長しているのが反政府を標榜する連中が、「道具」として使っている現実がある。

自称東京新聞の記者で左翼活動家・佐藤圭のツイート。
「『研究に名を借りたプロパガンダ』とは言い得て妙。『福島大丈夫』論の人たちが、『科学』『復興」『風評助長』といったパワーワードを振りかざし、それ以外の考え方を排除する不健全な空気」。

これは読売新聞(オンライン)に載った「原発事故発生1か月で『感情的』ツイートに勢い」という記事を暗に批判し、佐藤は「福島は安全ではない」という考え方が排除されていると言っているわけだ。

事故を忘れないことは重要だが、だからと言って感情論で「風評」を煽るのは、もういい加減にして欲しいものだ。科学的に反論すればいいだけの話だ。佐藤が原発反対(原発ゼロ、原発再稼働反対)でもなんでも構わない。だからと言って、福島をその「道具」として使うのは止めろ! と言いたい。

「原発反対」と「福島復興」は分けて考えなればいけない。それなのに自称とは言え新聞記者が、率先して復興の邪魔をしている。佐藤ら反原発派からすると、福島は永久に「危険」でないといけないのだろうが・・・。

佐藤がもし新聞記者ならば、感情論で不安を煽る人々を逆に戒めたうえで、科学的に反論をすることで原発のあり方を論じなければいけないだろう。それなのに感情論の先頭に立ってるんだからどうしようもない。

左翼活動家に「もし新聞記者なら」なんて仮定は意味がないことだった。佐藤の感情論の先にあるのは反政府・反安倍のイデオロギーであって、そのためには原発も福島も何もかも「道具」でしかないということ。


東京新聞の自称記者であり、その実は左翼活動家の佐藤圭。佐藤がツイッターで「記者の仕事とは、権力に媚びることでないのは当然のこと、どっちつかずの姿勢をとることでもない。ジャーナリズムが、少数者、弱者、権力にアンチのつぶてを投げる人たちの側に軸足を置いてこそ公平や平等は実現する。それを活動家と呼びたければ、どうぞご自由に」。

まあ、佐藤なりの記者像を言ったのだろうから、それはそれでいいけど。でも、「普通」の人が描く記者像とは大きく異なるのは言うまでもない。

「記者の仕事とは、権力に媚びることでないのは当然のこと」まではいいとして、「どっちつかずの姿勢をとることでもない」は明らかに違う。それ以前に記者の仕事の本質は「事実を報じる」ことである。

その「事実」に佐藤のフォルターを通してしまったら、それは「事実」ではなく「佐藤の考え」になるからだ。さらには、自身や自社に都合の悪いことは報じないという姿勢は、何をか言わんやである。

まあ、これは佐藤に限ったことではないが、こういう記者が多すぎる。

「少数者」「弱者」「権力にアンチのつぶてを投げる人たち」に軸足を置くと言うが、実はこれも佐藤の定義する「少数者」「弱者」であり「権力に云々する人」なのだ。つまり、佐藤の中での虚像でしかない。

その虚像に軸足を置くと「公平や平等」が実現すると言う。これは、ただの自己満足しかない。「弱者のために記事を書くオレって格好いい」ということ。普通に考えれば、どちらかに軸足を置いた段階で「公平・平等」ではなくなる。

つまり「事実」を踏まえて客観的に物事を把握・理解する。その上で、どうあるべきかを論じるべきである。この前段抜きに、最初から自分の考える「弱者」「少数者」ありきで物事を判断すれば、当然「事実」は歪む。

例えば、「公共の利益」の前には不利益を被る人もいる。そういう立場の人を「弱者」と定義してしまうと、利益を得られるはずだった「大多数」の人々が、逆に不利益を被ることになる。最初に「弱者」ありきでは「事実」すら見えなくなってしまう。

それに、佐藤が「左翼活動家」と言われるのは、記事内容だけのことではない。ツイッターで左翼団体の抗議デモを告知したり、極左組織の内ゲバを擁護したりしているからだ。

佐藤は新聞記者としての信念から「活動家と呼びたければどうぞ」と言ったのだろうが、そんなに心配することはない。誰も佐藤のことを新聞記者などとは思ってなく、最初から左翼活動家だと思っている。

だから、改めてそんなことを言う必要性はまったくないということ。


シリアで拘束されていた自称・ジャーナリストの安田純平氏が解放された。とりあえず生きて返ってくることができたことは良かったと思う。日本政府からの要請を受けて作られた枠組みの中での支援(身代金支払い)だったようだ。

彼の行為・行動に関して賛否両論が巻き起こっている。危険を冒して戦地での情報を配信するという使命感と、結果として拘束され関係者に多大な迷惑を掛けた。擁護や褒め称えている人たちは前者を重視し、批判する人たちは後者を重視しているのだと思う。

でも普通に考えれば、いくら崇高な考えをもった行動だとしても、その結果を自分で解決できてないんだから、前者を重く判断する理由が分からない。「自己責任」がキーワードのようになっているが、自ら「自己責任で行く」と啖呵切って行ったのだから、それ以上でも以下でもないこと。

オレが思うに、スキー場で未滑走の新雪の上を滑りたいと滑走禁止区域に入り込み、雪崩に巻き込まれて生き埋めになった。レスキュー他が必死で助け出し、九死に一生を得た。それなのに、助け出され方に納得できないなんて言ったら? 「非常識」と言われてお終い。これと何が違うの? ということ。

それと、彼を評価している多数が左派系なことだ。彼の過去の言動や行動などから、どうも彼を反政府の象徴と捉えているのかのようだ。政府の渡航自粛要請を蹴ってまで行った行為を、反政府を貫いたと喜んでいるのだろう。

「彼は英雄だ」などとトンチンカンなことをテレ朝・玉川が言っているが、玉川にとっての「英雄」だと考えれば納得できる。でも他人に強要してはいけない。一般人にとって彼を英雄とする理由が何もないのだから。自分は安全な場所で遠吠えしかできないことから、彼はすごいって言ってるだけのこと。こういう言葉を公共の電波で発することに躊躇しないところが玉川の世間ズレ。言い換えれば傲慢さ。

朝日新聞や毎日新聞も必死で擁護論を載せているが、彼が自ら「自己責任」と言っていたことには決して触れない。「自己責任と批判が出ている」などと、いつもの論点ずらしに終始しているのは笑うしかない。

「自己責任」という言葉に、無理矢理に理由付けをしたり、変な解釈をしたり、屁理屈を付けたり忙しいあちら界隈だが、結局は「お仲間を必死で擁護しているだけ」というのが結論では?


報道ステーションのコメンテーターなのかアジテーターなのか知らないが、元共同通信の後藤謙次が出演している。この後藤のコメントを一部紹介。

6月の新潟知事選。選挙期間中には「この選挙結果は国政にも影響を与える。そういう意味で非常に注目されるリトマス試験紙と言うか。安倍政権の信任の意味を持つ」と言っていたのに、与党推薦候補が勝利すると「(与党候補は)原発について争点化を避けていたので、まだまだ安倍政権が信任されたわけではない」。

7月の西日本を中心とした集中豪雨被害時には「国会審議をすべて休んで、被災者のみなさんに自分たちの姿を見せる。これが政治の力」と発言。しかし翌日、安倍首相が被災地を訪問すると「今日のタイミングだったのか。日本のトップリーダーが行けば、逆に現場が混乱する」。

自民党総裁選では「安倍首相が党員票で55%を越えられるかがポイント」と言っていたのに、55%を越えたら「石破さんが大善戦。安倍一強というのは永田町だけの虚構だった。党員票は55対45だから、ほぼ拮抗に近い」。

よくこんなのを公共の電波に乗せられるなテレ朝よ! 言った言わないの話ではなく、上記コメントが堂々と放送されてるんだぞ。言いっ放しで自分の発言に責任を取らないコメンテーターが多いが、ここまでのご都合主義発言のコメンテーターもいないぞ。

後藤謙次が何でも反政府・反安倍(反自民)の偏向人間だということを、よく示しているではないか。それも典型的なご都合主主義左翼! 普通の神経の持ち主なら、恥ずかしという気持ちが出てくるものだが、どうやら後藤にはそういう神経はないようだ。何たって、ご都合主義左翼だから。

こういう発言の数々は、報ステを観ている一部視聴者層には受けるのだろう。だが、普通の視聴者をバカにしているとしか言えない。報ステの信用度など元々ないのだが、後藤がそれに大きく貢献していることだけは間違いない。まあ、テレ朝の方針と合致しているから使われ続けているのだろうが。

報ステには下記のようなテロップを出すことをお勧めする。
「報ステは何でも反対路線の偏向番組です。昨日言ったこと今日言うことがまったく違うことも多々あります。でも反政府・反安倍の方針は首尾一貫です」


「サンデーモーニング」と言えば、明らかな放送法違反を繰り返すクソ番組。司会の関口宏を始め、コメンテーターと称する左翼人が、薄っぺらいコメントを恥ずかしげもなく公共の電波に乗せている。

10月7日の放送で、関口はプロ野球・パリーグで西武が優勝したことに触れ、「優勝を決めたこの試合がまた情けなかったんだ。負け試合ですよね、これ? もうもうひとつ盛り上がりに欠けていたかなと私は感じました」と発言。

しかしゲストで来ていた落合博満に即座に「関口さんね、そう言うけども、勝とうが負けようが胴上げはいいんですよ」と切り返されていた。

そりゃそうだ、1年間戦ってきた成果が優勝となって表れているのだ。その1試合だけの結果ではない。こいうことも分からず、野球に造詣が深いわけもないくせに、何でも批判すればいいと思っている。勝って胴上げできればそれに越したことはないが、1年というシーズントータルで考えなければいけないことくらい、公共の電波で発言する者として当たり前のこと。一番安直なコメントしか出せない無能司会者。

関口は政治にもつまらないコメントを出すが、そのほとんどが前後関係や多方面との繋がりなど関係なく、その場のイメージで発言する。関口や番組には賛否があるが、何でも批判すればそれなりに見えてしまう現状にはうんざりしている。特に政治の世界では、何をやるにも100点満点などありえない。立憲民主党や共産党、社民党のように「何でも反対」のアホはいるからだ。

国家・国民のため、80点の内容でも行わなければいけないことはある。それを100点でないからと批判するのは簡単だ。この簡単なことに流れている典型が「サンデーモーニング」「報道ステーション」などの左傾番組だ。まあ、立憲民主党や共産党、社民党などの政党までもが、こういう態度を取っているのだからしょうがないか。

だったら自ら100点満点の施策を提言してみろといいたいが、絶対にそんなことはしない。批判だけしていればすむ立場ほど楽なことはないからだ。枝野幸男などは、こんなお気楽な立場に身を置きながら「ポスト安倍はオレだ」的な発言をしている。アホかっ!

関口も一部勢力からはチヤホヤされているようだが、能なしぶりを公共の電波で晒しているだけだということを、良く自覚した方がいいんじゃないの?


全教系列の愛知県一宮市教組の公式ツイッター。「日本はすでに独裁制の段階に入っており、今日本に最も必要なのは民主化運動であるということ」とツイート。組織としてではなく、ツイートした個人の意見と言うが・・・。これをツイートしたのが教員だということが恐ろしい。

それにしても、「独裁制」の中で自由にものを言えていることを、どう考えているんだろうか? 反体制・反政府組織が非合法化されることもなく自由に活動し、好き勝手ほざくことができる。こんなに自由を謳歌しながら「独裁制」とは恐れ入った。

こういう反論への反論みたいなこともつぶやいていたので紹介。「形式的には、日本は当然独裁ではありません。また、諸外国のように分かりやすい独裁ではありません。でも、独裁下の社会の要素が日本にないかどうか探っていくと、独裁と感じる人もある程度いる」

独裁下の社会の要素って?
繰り返すが、自由を謳歌しているヤツに限ってこういうことを言う。笑うしかない。じゃあ、当然中国や北朝鮮は独裁と考えてるんだろうな。日本が独裁なら中国や北朝鮮は地獄だろう。中国・北朝鮮の「人民」を救う手立てを考えた方がいいんじゃないの(苦笑)。

こういう教師が思想丸出しの授業をしているかと思うとぞっとする。

最後にちょっと紛らわしいが、この一宮市教職員労働組合(一宮市教組)の上部組織は愛知県教職員労働組合協議会(愛教労)で、これは全教傘下。似てる名称の組織で一宮市教職員組合(一宮教組)があり、この上部組織は愛知県教員組合(愛教組)で、愛教組は日教組傘下。

まあ、全教だろうが日教組だろうが「百害あって一利なし」なことに変わりなし。日本には不要な組織だ。


「原発推進派は精神科医から見れば心の病気」

自称精神科医で左翼活動家の香山リカが、お仲間達の集会で発したお言葉。おいおい、大丈夫か。こっちが心配してしまうくらいの暴言だ。自分と考えの違う人のことを「心の病気」って。あなたの「心」の方が心配だわ。

香山は最近、特に左翼活動に熱心のようで、いろんな集会やデモのカウンターに姿を現わし、下品で無様な姿をさらしている。熱心に活動してもいいけど、本当に医者なら他人を病人扱い(しかも精神病的な物言い)して、揶揄することの重大性に気づかないはずはないと思うが。

中国上海での習近平のポスターに墨汁をかけた「墨汁抗議事件」を思い起こす。女性は拘束され、精神病院へ隔離されたという。最高指導者へ抗議すると病気にされる国。隔離入院だけで済むかは不明だが。(「中国『墨汁抗議事件』を見るにつけ日本は良い国だ」参照)

香山の発言と共通点がありすぎて怖いわ。まあ、こういう国を目指しているんだろうけど。

香山が現在も医療行為をしているなら、こんな恐ろしいことはない。「はい、あなたは精神病です。強制入院です」とかなりそう(苦笑)。心の病を持った精神科医ほど恐ろしいものはない。

ちなみに、「香山リカ」とは本名ではない。香山の本名は、まあ言わないでおこう。「香山リカ」は人形の「リカちゃん」の名前。

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