立憲民主党の新執行部が発足した。岡田克也(幹事長)、長妻昭(政調会長)、安住淳(国対委員長)などの「昔の名前」が並ぶ。この面子を見る限り、泉代表は就任時に言っていた「提案型」から「批判型(対決型)」に移行したことを示している。

ただ、現実には「提案型」とは名ばかりで、蓮舫を始めとする政策の素養の無い連中が「キーキー」騒いでいたのが実情だ。つまりは泉の言っていた「提案型」などは、最初から存在しなかったも同然なのだ。

それを今回、はっきりと「批判型」で行く意思表示をしただけのこと。つまりは何も変わらないということ。

朝日新聞は8月30日の社説「立憲新執行部 野党の重責果たせるか」で、「泉代表が『提案型野党』などとバカなこと言うからダメなんだ。野党の本分は『批判だ』と心得よ」(意訳)と書いている。

朝日からすれば、立民(と言うか野党)に求められるのは「とにかく政府・与党批判」だと言うこと。それからすれば、今回の立民の執行部は「我が意を得たり」なのかもしれない。しかし、この朝日の言い分は明らかな間違いだ。

なぜなら、立民は革マル枝野の「何でも反対」「共産党と共闘」路線で、昨年の衆院選に敗れているからだ。そして泉の「提案型」「共産党と距離を置く」路線で、先の参院選に敗れた。この支持者の投票行動は明らかに矛盾している。

つまりは「提案型」と言いながら、それができず「何でも反対」になっていたことが参院選の敗北と考えるのが普通だろう。昨年の衆院選で離れた「ライトな立民支持層」(自民の対抗馬と期待していた層)が、戻ってこなかったことを示している。

それなのに参院選敗北理由を「提案型野党」路線と総括した。昨年の衆院選の敗北をまったく理解していないことになる。

そして出てきたのが新執行部のメンバーだ。この人事で立民の支持率や期待度が上がることはないだろう。「普通の国民」が求める野党第一党の姿からは、明らかに逸脱するものだからだ。「普通の国民」は野党第一党が「何でも反対政党」であることを望んでいない。

毎日新聞が8月31日の社説「立憲民主の新執行部 『対決か提案か』ではなく」で書くように、「批判も大事だが、政策を立案し国民に示していく作業も不可欠だ。対決も提案も必要だ」の方が、立民への提言としては正しい。

ただ残念ながら、立民に政策を立案する技量・実力は無い。それに「批判」する方が圧倒的に楽だから。蓮舫や辻元、小西、杉尾でもできる。また、それをコアな支持者ほど求めているという現実もある。

こうなると、この先に待っているのは「社民党化」だ。それもいいだろいう、自ら選択した道だから。