元朝日新聞・植村隆の話題がツイッターで流れてきた。植村を扱った映画「標的」が上映されるとかいう話で、植村の「この映画は私が捏造記者でないことを証明してくれている」というコメントが載っていた。

何を今さら、往生際の悪いヤツだ。

韓国・挺対協(現正義連)提供のテープのみで記事を書き、しかもそれは金学順の経歴(事実)一切伏せたものだった。「養父と慰安所に行った」を「挺身隊として戦場に『連行』された」と書いた記事に、いかほどの事実が書かれているのか?

後に植村は「連行された」は「連れて行かれた」という意味で書いたと言い訳していたが、「連行」という言葉に含まれれる「強制」を意図していたことは明らかだ。例えば、誰しも「子どもを幼稚園に連れて行く」とは言っても、「幼稚園に連行する」とは、絶対に言わないだろう。

植村も恥ずかしいヤツだが、朝日内にも同様に恥ずかしいヤツは山ほどいる。例えば北野隆一(編集委員)は「吉田(清治)証言が否定されも、慰安婦問題全体が『うそ』や『捏造』だったとは言えないということだ」とか「本人の意思に反して就業した人間がいるのだから強制だ」とか書く(「朝日新聞の慰安婦報道と裁判」2020年)。

そんな北野は「植村氏は語句を間違えただけなのです」とも書く。語句とは「挺身隊」と「慰安婦」のこと。バカらしい。本質から目を逸らせば、朝日や植村の「捏造」が無かったことになるとでも考えているのか?
(「朝日新聞記者の慰安婦捏造に関する認識はこの程度」参照)

植村が「捏造記者」といわれるのは、金学順の「事実」をまったく書かないで、強制を連想させる「連行」と書いたからだ。しかも本人に取材もせず、支援団体の一方的なテープのみで記事を書くことに、記者としての矜持は感じられない。

確かに植村を批判する人たちの中には、行き過ぎた行動や言動もあったと思う。特に家族に対し脅迫まがいの行為などはあってはならいことだ。だからと言って「誹謗中傷」と「批判」をごっちゃにして「言論の自由がぁ~!」は違うと思う。

植村が意図的に書かなかった事実、朝日新聞の貶日思想、北野らのように「植村や朝日は悪くない」と考える現役記者。これらが朝日新聞の体質であり本質である。そして、それがオールドメディアへの忌避感になっている現実。

これらに気付かない植村や朝日のお仲間たちが、擁護すればするほどオールドメディアの終焉を早めるだけのこと。まあ、それはそれで構わないけど。

最後に、植村が櫻井よしこ氏や出版社を訴えていた訴訟の控訴審(札幌高裁)で敗訴した際のコメント。「これは非常に恐ろしい判決です。このような認定では、取材もせずにウソの報道ができるようになります。司法がフェイクニュース、しかも捏造というフェイクニュースを野放しにすることができる」。

本人に取材もしないで、しかも特定の思惑で記事を書いたヤツが何を言ってるんだか。呆れるしかない。当然、この裁判で植村は最高裁で敗訴。同様に西岡力氏らを訴えていた裁判でも最高裁で敗訴。

櫻井氏との裁判の確定判決中には「金学順氏が日本軍人により強制的に慰安婦にされたと読み取るのが自然である」とある。また、西岡氏との裁判では「植村氏が取材で、女性がだまされて慰安婦になったと聞きながら『日本軍により戦場に連行され、慰安婦にさせられた』と報じた」と認定されている。
(「元朝日新聞・植村隆の敗訴の弁は戯言」参照)

植村は静かに週刊金曜日で反日記事でも書いていたら。なにしろ週刊金曜日には「南京大虐殺捏造」の本多勝一(元編集長、現編集委員)、「NHK番組改変捏造」の本田雅和(編集者)もいることだしね。