昨年末にジェンダー研究で知られる東大名誉教授・上野千鶴子の発言を目にした。

要約すると「すでに『ブス』という言葉がタブーになりましたから、その対極にある『美人』も言っちゃダメというのは、論理的にも当然のことだ」。

ふぅ~ん。そんなものかね。

ところが、それに続いて上野は「女性が男性に『イケメン』などと言うことは問題ない」と言う。

えっ、なんで?

良く分からない理屈だが、上野が言うには「女性の場合は一元尺度でランクオーダーされるのに対して、男性は多元尺度だから」。

どういうこと?

女性を測る尺度はひとつしかないが、男性を測る尺度はいろいろある。つまりはイケメンでなくとも学歴や地位とか。しかもイケメンかなどは、その尺度の中でも下の方だ。結局は男性の尺度の中で一番強力なのは金力だ。

つまりは男性を測る場合は自然と複数の尺度で測っているから、「イケメン」と言ってもそれだけではないからOK。しかし女性の容姿はそれだけで測られるのでNGだという。

女性にだって多くの尺度があるだろう。それは無視かよ。これは上野の女性を測る尺度でしかない。何てことはない、左翼特有のご都合主義ってこと。しかも、女性の尺度は容姿しかないと言っているに等しい。これこそ女性蔑視の最たるものではないか?

「男だから」とか「女だから」とかで物事を決めつけるのは、もちろんダメなことだ。その「男」「女」に対し、自分の価値観のみで判断するのもダメなのは言うまでもない。

しかし上野はそれをやっている。こういう活動家もどきの人物ほど、自分の価値観以外を認めない。それどころか、違うことを言う人を攻撃対象にする。

女性が「美人と言われてうれしい」「好きな相手の苗字になりたい」『専業主婦っていいじゃん』なんて言うと、「そういうことを言うから『だから女は』とか言われるんだ!」と攻撃されることになる。

だから往々にして、女性問題の活動家は女性に嫌われる傾向がある。そりゃそうだ、自分の生き方を勝手な価値観で否定されたら憤慨するだけ。誰が何に価値を見いだすかは人それぞれだから。そんなことすら理解しようとしない。

こういう連中に限って、逆に自分の価値観を否定されると激怒する。勝手なもんだ。