朝日新聞編集委員・高橋純子の駄文を押しつけるコラム「政治断簡」。1月28日の「『やむをえない』の沼に対抗」も酷いものだった。以前のような自分の文章に自ら酔っているような気持ち悪さは少なくなったが、突っ込みどころ満載なのは相変わらずだ。

沖縄県が実施しようとしている辺野古埋め立ての県民投票において、「野党」の自民党が「やむを得ない・反対・どちらとも言えない」の3択を提示したことを「びっくり仰天」と大げさに嘆く。

理由は「やむを得ない」は強力なイデオロギーで、高橋自身が毛嫌いしているからのようだ。「現実を見ずに反対ばかりしているのは無責任だ」「批判するなら対案を出せ」と脅かされ、「やむを得ない」に誘われる。こんなことは避けなければならないと言っている。

でも、「現実を見ずに反対ばかりしているのは無責任だ」「批判するなら対案を出せ」って、至極当然だと思うけど。責任ある立場(国会議員やメディアなど)なら、「反対のための反対」で「反権力ごっこ」をしていることの無責任さを自覚すべきと思う。

まあ、朝日新聞や高橋などのように、「ごっこ」でも自分らが満足できればいいという、お気楽なポジションに安住していられる連中はいいなぁ。

ところで、本当に高橋は「やむを得ない」に対抗しているのか? 自身らも「やむを得ない」にどっぷり浸かり、逆に率先して実践してないか?

辺野古反対と叫ぶ朝日新聞や高橋は、那覇軍港の移設問題には決して触れない。代替え施設を浦添市に作り、那覇軍港は返還されるという、辺野古・普天間と同じ構造の問題。海も埋め立てるし、しかも埋め立て面積は辺野古の約2倍。

沖縄県はこの移設を容認している。「自然破壊を伴うが、経済効果などを考慮すればやむを得ない」だそうだ。朝日新聞は(高橋も)、これに異論を唱えているとは聞かない。どうした高橋、「やむを得ないの沼に対抗」しないのか?

これはほんの一例で、朝日新聞が報じない「やむを得ない」は山ほどある。辺野古周辺で活動する極左暴力集団を含むプロ活動家の違法な反対運動。こういう活動も「やむを得ない」と判断しているから報じないのではないか。山城博治が逮捕された件でも、「不当逮捕」だ「たった1・2歩」などと擁護したのは、山城の犯罪行為を「やむ得ない」と判断したからではないのか。

朝日新聞のシンパが「『やむを得ない』の沼に引きずり込まれないために、政治が、報道ができることはまだまだたくさんあるはずだ」などと書く高橋自身が、「やむを得ない」を許容しているダブスタに気づいていない。

自分たちに都合の悪いことは「やむを得ない」を実践している高橋が、何を言っているのか! 高橋は那覇軍港移設に関して記事を書いてみよ。反対派の違法行為を断罪してみよ。それなくして高橋は「やむを得ないはイデオロギーだ」とか「やむを得ないの沼」だのと書いてはいけない。恥ずかしいヤツだ。