まったりとスペシャル系

Tigerdream が真面目なことから いい加減なことまで、適当に綴っているブログ

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11月25日に白水ゴルフ倶楽部へ行ってきた。少し早いが、2024年の打ち納めだ。

白水GC (1)
白水GC (2)
今年はどの季節でも「暑い」という言葉が使われるほどだったと思う。しかし当日は「寒い」日になった。風も強く(帽子が飛ばされそうになるほど)、より寒さを感じる1日となった。

白水GC (3)
白水GC辺りでは紅葉も進んでいるかと思ったが、まだ早いようだ。

Kさん
Aさん
いつものようにKさん、Aさんと楽しくラウンド。

8月以来のゴルフだったので感覚がなかなか戻らず。ドライバーとアプローチはまずまずだったが、FW・UTとパットは不調。パットは不調と言うより、白水GCのグリーンが難しかったと言った方が良いかな。それでも何とか80台だったので、十分満足できるゴルフだった。

伊香保温泉
コースから見える伊香保温泉街。伊香保温泉の宿泊客数はピーク時の年間170万人から、コロナの影響もあり2021年には60万人にまで落ち込んでいる。再生に向け色々な取り組みを行っているようだが、ゴルフ後に温泉入ってそのまま一泊なんてプランがあるといいかもね。

閑話休題。今年のゴルフはこれで打ち納め。回数は6回と少なかったが、スコア的には平均80台でハーフ38が出るなど、それなりに満足できるものだった。それよりも1年を通して楽しくゴルフをすることができた。多くのラウンドでご一緒いただいたKさん・Aさんありがとうございました。来年もよろしくお願いします。


兵庫県知事選の結果を受けて、新聞各紙が社説で論説を行った。
 読売新聞「兵庫県知事選 真偽不明の情報が拡散した」(11月19日)
 朝日新聞「兵庫県知事選 百条委の調査 貫徹を」(11月19日)
 毎日新聞「兵庫知事に斎藤氏再選 出直しは疑惑の解明から」(11月19日)
 産経新聞「兵庫知事に斎藤氏 疑惑対応と県政両立せよ」(11月18日)

今回の知事選では、SNSの果たした役割が大きくクローズアップされている。各紙ともSNSに言及しているが、多少の温度差がある。
 SNSを批判しまくる読売
 SNSの「功罪」を言うが、「罪」の方が圧倒的の多い朝日と毎日
 SNSにはあまり触れず、県政の建て直しが中心の産経

産経は少し論調が違うので、以下は産経以外の3紙ついて言及していくが、表現の違いこそあるものの「SNSはウソばかり」「民主主義の基盤である選挙が歪められる」「客観的な事実に基づき主張を戦わせる環境整備が必要」などを主張している。

各紙の個々の内容に触れていくと長くなってしまうのでしないが、総論的な感想を言えば「自分らのことは棚に上げて、何を好き勝手なことを言ってるんだ」に行き着く。さらには「有権者(国民と言っても良い)を舐めんなよ」とも思う。

各紙の本音を代弁すれば「ウソ情報に惑わされて選挙結果が歪められた。国会で規制しろ」ということのようだ。これを、読売はストレートに言い、朝日・毎日は遠回しに言っている。こういうのを「天に唾を吐く」と言う。

SNSに虚偽内容があることは事実だ。再生回数稼ぎのため無責任の煽るような動画も多い。これを以て「SNSを規制しろ」と言うなら、新聞もまったく同じだ。新聞に虚偽(捏造)はないのか? 意図的に印象操作を行ってないのか?

さらに新聞メディアの問題を言えば、身内のかばい合いが酷すぎるということだ。朝日の捏造を野放しにしてきたのは「しんぶん村」ではないか。個別には批判をしたかもしれないが、ウソ記事を有料で売る「詐欺会社」がなぜ生き残っている? 業界としてまったく「自浄作用」が働いていないではないか?

「捏造が多い新聞を規制しろ」と言ったら、「言論の自由の侵害だ」「表現の自由の侵害だ」と大騒ぎするだろう。そんな「しんぶん村」が偉そうに「SNSを規制しろ」などと、どの口が言ってるんだ。笑わせるな! と言いたい。

今回の兵庫県知事で問われたのは「事実は何?」。その「事実(相当性が認められる事実)」をオールドメディアは報道しないが、SNSにはそれがあったといいうこと。しかし3紙は
 「真偽不明の情報」(読売)
 「事実と異なる情報」「誹謗中傷や事実無根の言説」(朝日)
 「多数の偽情報が出回った」(毎日)
と言う

有権者(国民)をバカにしてもらっては困る。SNSを利用しているほとんどの年齢層で、そんなことは百も承知だ。自ら情報の信憑性を取捨選択して判断をしている。新聞のみから情報得ている人は「事実」を元に投票し、SNSからに人は「虚偽情報」を元に投票したとでも言うのか。読売の社説はそんな感じになってるけど(苦笑)。

新聞が信用されないのは、自身に原因がある。捏造・悪質印象操作を繰り返し、世論を歪めたのは誰だ? 客観的な事実より主義・主張を優先し、意図的に「疑惑」とやらを作り出してきたのは誰だ? その反省なくして「SNSはウソばかり」と言ったところで、何の説得力もない。

最後に、読売に一言。読売社説の締めが「(百条委が)斎藤氏に問題があったという結論が出たら、誰が、どう責任をとるのか」。

では聞くが、読売はなぜ「疑惑」という現時点では真偽不明の情報を大々的に報じたのか? 自分でひとつでも裏取りして報じたのか? 不確定な情報を垂れ流していた自覚はないのか? 選挙が逆の結果だったら、読売などの「真偽不明の不確定情報」が選挙結果に影響を与えたことになるだろう。

選挙結果が逆で、後に百条委で「問題がなかった」との結論になったら、読売は責任を取っていたか?


兵庫県知事選は11月17日に投開票が行われ、前知事の斎藤元彦氏が再選を果たした。
(「兵庫県知事選はオールドメディアの敗北だ」参照)

オールドメディアの敗北と言われる兵庫県知事選。今回は稲村氏の敗因について考えてみた。個人的に思うのは、選挙戦略の間違い(ミス)だ。稲村氏が主に訴えていたのは斎藤前知事批判だ。

あれだけオールドメディアがこぞって「疑惑」を事実のごとく報道すれば、それに乗っかりたくなるのも理解できる。先の衆院選で立民が「裏金がぁ~!」しか言ってないのに50議席も増えれば、あながち間違っていないように見える。

しかし衆院選と違ったのは「真実の告発者」が現れたことだ。斎藤氏の「疑惑」の多くは「(被害者とされていた)公益通報者」の自己保身でしかなかったことが暴露された。これがなかったなら稲村氏は楽勝だったろう。選挙戦略も破綻しなかったと思われる。

稲村氏が批判する斎藤氏の「疑惑」は、みるみる的外れな批判に化した。この頃はまだ選挙戦中盤だったので、戦略の変更が可能だった。きちんとどういう兵庫県にするのかなど、政策面で斎藤氏との対比(違い)を出すべきだった。

それなのに相変わらず斎藤氏批判の演説しか出来ず、当選したら何をやるかもさっぱり分からず(報道ベースで)。批判からは何も生まれないことを賢い有権者は理解している。現在の国会で立民の存在感がまるでないことが、その証拠と言える。政策を訴えて議席を増やした国民民主にすべて持って行かれている(党首の変な話題も含めて)。

有権者(国民であり県民)が何を求めているのか? それは何をやるかだ。「批判のための批判」からは何も生まれない。稲村氏は立民の轍を踏んだということ。

それに応援団も酷かった。極左活動家が出てきて斎藤氏の選挙妨害を始めた。斎藤氏が稲村氏を急速に追い上げている時期だったので、稲村氏側との関連性が疑われることとこととなった。これは相当なマイナスに働いた。しかも立民や社民の極左議員まで現れて。すべてが稲村氏の「お仲間」と有権者には理解された。

そして、とどめは22人の市長有志の支持表明。この時点では斎藤前知事の功績(改革)が広く知らしめられており、改革に反対し既得権益にしがみつく古い首長連中との連携と有権者からは見られた。さらには相生市長の「机ドン」。どっちがパワハラだと大ブーメランとなるおまけが付いた(苦笑)。

とにかく極左活動家の出現と22人市長有志の支持表明は、いずれも最悪のタイミングだった。稲村氏と深い関係にあったのか、いらぬお節介だったのかは知らないが。

兵庫県知事選の結果を左右したキーワードは、「真実の告発者」「極左活動家」「机ドン市長」だろう。これらのことから、いつもの流れとは違う結果になったことは、いろいろな意味で面白い知事選だったと言える。


兵庫県知事選は11月17日に投開票が行われ、前知事の斎藤元彦氏が再選を果たした。「疑惑」告発文書問題が端緒となって批判を受け、県議会で全会一致の不信任決議を受け失職していた。

斎藤元彦 兵庫県知事
遠い北関東からつらつら眺めていたが、個人的には斎藤氏の勝因は3つあった思う。
・「真実の告発者」が現れた
・極左活動家が斎藤氏の選挙妨害に出てきた
・22人の有志市長と相生市長の「机ドン」

なんと言っても大きいのは「真実の告発者」が現れたことだろう。オールドメディアの報じる「疑惑」と称することが、「公益通報者」(被害者とされていた)の自己保身の側面が大きかったことが暴露された。

これは主にSNS(YouTubeやX)で行われたため、新聞やTVなどのオールドメディアは「SNSを駆使して斎藤氏が兵庫県知事に返り咲き」(テレ朝)などと報じたが、まったくの的外れな分析だ。

オールドメディアが報じない「真実」を広めたのがSNSだったということ。SNSを巧く使ったという言い方が100%間違いではないが、それでは正しい分析にはならない。「真実」は何なのか? がオールドメディアにはなく、SNSにはあったということ。

しかも、オールドメディアはそれを選挙戦中一切報道しなかった。意図的に報道しなかったのは明らかだ。選挙翌日(18日)に東国原英夫が「TVには放送法の規定があるから(SNSにはない)」とか、しょうもない言い訳をしていたが。言うに事欠いて放送法? 笑わせるな! (東国原以外にも放送法や公選法を言い訳に使った自称「識者」は多い)。

明らかな間違いだ。繰り返すが「真実」を報道しなかったからだ。「真実」を報道しないオールドメディアに存在価値はない。「SNSが真実かどうか分からないだろう」との意見も当然あるだろう。なら、なぜオールドメディアは「真実か分からない『疑惑』は報道するのか?」を考えれば一目瞭然だ。

2つ目は、選挙戦中盤に極左活動家が斎藤氏の選挙活動(主に街頭演説)の妨害を始めたこと。中盤になると斎藤氏の追い上げが報道され始めていたからだろう。相変わらずの「チンピラ」感丸出しの連中が跋扈する姿を見て、「普通の兵庫県民」は何を思っただろうか? 想像する通りだ。

これが対立候補(稲村氏)の「お仲間」と見なされたのは明らかだ(本当に「お仲間」かは知らないが)。東京都知事選の蓮舫や、先の衆院選での立民の極左候補の応援でも明らかだが、あの連中に応援される候補のことを「ん?」と考えるのは当然だろう。

風向き不利と見た稲村氏が「街頭演説の阻害や暴力的行為等(中略)大変心を痛めております」との声明を発した途端、極左連中は一斉に潮が引くように消え失せた。これは逆に「あ、やっぱり」と思わせただけだった。

最後は22人の有志市長。選挙戦の最終盤になって、斎藤氏の「まくり」が確実視されていたため危機感を覚えたのだろう。県内22人の市長がわざわざ会見まで開いて(出席は7人)「稲村氏を支持する」とか言い出した。

このころには斎藤氏が県政を改革して成果を挙げていたという「真実」が広まっていたので(もちろん、オールドメディアは一切報道していないが)、市長会見は「既得権益にすがる古い市長ども」との強い印象を与えた。

そして、極めつけは相生市長。「斎藤氏は知事の資格がない」と言いながら「机ドン」をしたものだから、斎藤氏に貼った「パワハラ知事」のレッテルが「既得権益にすがるパワハラ市長」となって自らに跳ね返ることになった。これで勝負ありだ。

斎藤氏の当選が確定した17日の夜、伊丹市長と宝塚市長の2人が斎藤氏の選挙事務所を訪れていたことが判明した。伊丹市長と宝塚市長は「22人の有志市長」に名を連ねていた。おやおや、変わり身の早いこと。さすが関西、見事な「オチ」だ。

*記事中の「真実」は個人の主観です。


誰にでも思想・信条の自由はある。表現の自由もある。だからと言ってそれを無条件に発信すると、場合によっては軋轢を生む場合もある。そんな当たり前のことを思い起こさせるXのポストが、タイムラインに流れてきた。

朝日「声」 15.06.02
ポストには朝日新聞(2015年6月2日)の「声」に投稿された74歳(当時)の方の文章が添付されている(ちょっと古いが)。

内容を要約すると、「地元のグランドゴルフ会に参加している。クラブケースに『憲法9条改悪反対』『集団的自衛権行使反対』と言うスローガンを付けている。ゴルフ仲間から『我々も同じとみられる』『外してくれ』『迷惑だ』と言われた。安保法制が現実のものになれば、子や孫が戦場に送り込まれる可能性が出てくると心配にならないのか? それからゴルフには行っていない」というもの。

自分は正しいことを言っているのに、分かってもらえない。なぜだ? 自分は被害者だ! ってところだろう。ところが、これこそがこういう思想を持っている人(はっきり言えば左派と分類される人)の典型的な思考回路だと言うこと。

「自分の考えは絶対的に正しい(正義だ)。それを主張するのは当然だ。それを理解しないのはおかしなことだ」。時にこれにプラスして「だから何をやっても許される」。

確かに、ある意味あながち間違ってはいない(最後の「何をやっても許される」は、法令違反などは論外だが)。個々人がどのような考えを持っていても構わない。そこに「正誤(正しい間違い)はない」。

しかし、この思考回路にすっぽり抜け落ちているものがある。それは「TPO」や「他人の考え」であり、そのことへの「想像力」だ。

ここに今集まっている人の目的は何か? ゴルフ仲間がどんな思想(考え)の持ち主なのか? ゴルフを行うことが目的の場所で、ゴルフに関係ない自分の意見(仮に正しいからといって)を、これ見よがしに主張することに対してゴルフ仲間がどう反応するかの想像力。

ゴルフ仲間からすれば「TPOをわきまえないヤツ」「周りが見えない(視野が狭い)ヤツ」「想像力のないヤツ」。

「想像力不足」に関してもっと分かりやすく言えば、ゴルフ仲間が「憲法9条改正賛成」「集団的自衛権行使賛成」というスローガンをクラブケースに付けていたら、この投稿主はどう思うだろうか? 「私も同じとみられる」「外してくれ」「迷惑だ」って思うんじゃないか?

最初に書いたように、誰にでも思想・信条の自由はある。表現の自由もある。だからと言ってそれを無条件に発信すると、場合によっては軋轢を生む場合もあるということだ。いろいろな考えの人が共存しているのが社会というもの。時に議論し、時に理解し合って行くのが、社会(地域コミュニティーと言っても良い)のあり方だと思うけどね。

もちろん、主張するなと言っているわけではないし、自分の考えを曲げる必要もない。しかし「TPOをわきまえる」「相手のことも理解する」「想像力を働かせる」ことも重要だということ。

以下は投稿主さんと同じような考えを持った人たちの行動。

異常だね (1)
異常だね (2)
電車内の広告の上に「アベ政治を許さない」ステッカーを勝手に貼る(写真上)。同じスローガンを小学校の教室内に貼る(下)。これが「ノダ」「タムラ」「ミズホ」「タロウ」だったら? (左派の人は今誰支持してるの?)

異常だね (3)
市中の共用七夕飾りに「アベが辞めますように!」との飾り付ける。個人の七夕飾りではなく、共用のものにだよ。これが同様に「ノダ」「タムラ」「ミズホ」「タロウ」だったら?

異常だね (4)
新幹線内から「戦 争 反 対」のボードを外に向かって掲示する。これが「憲 法 改 正 賛 成」だったら?

恐らく投稿主さんも「みっともない」「恥ずかしい」と思うのではないか? 自分のやっていることも、そういうことだということ。現在も左派の人たちは同じことをやっている。自分たちは周りからどう見られているのか? それくらいはいつも考えてから行動した方が良いと思うぞ。


憲法9条を守るための活動や発信の拠点として「9条の家」なるものがオープンしたという(10月30日)。立ち上げた市民有志らによると、9条の関連書籍を置いたカフェや動画配信スタジオを設け「お茶を飲みながら9条を語れる憩いの場」を目指すと言う。

名誉館長に元朝日新聞記者の伊藤千尋氏、顧問に慶応大名誉教授で法学者の小林節氏、理事長に平和運動家の金野奉晴氏が就任。各地で9条を守る活動をしてきた有志らが理事として加わっている(計26人)。

こういうところに「元朝日新聞」の肩書きが生かされるようだ(苦笑)。別に個人的に憲法9条大好きでも構わないが、こういう根っこを持った人が偏った記事を書いているのが朝日だと、見事に証明する形だ。

名誉館長は「憲法改正議論があり、9条は崖っぷちにある。武力に対して武力ではなく、ここから9条を広めることで世界を良くしていこう」と挨拶したが、こういう人らの根本的な勘違いが凝縮されている。

まず「憲法改正議論があり」と、議論するのが悪だとの認識で話している。つまりは議論自体を否定していること。自分らの考えが正しいと考えるのは良いけど、議論を否定してはいけない。自分らが変えたいことを、相手から「議論無用!」とされたどう思う?

それに、日本国内で「9条を守れ!」って叫んでも、武力で威嚇してくる相手には何の役にも立たない。訴えるべき相手は武力を保持している国に対してだろう。しかも国際法や国連決議を無視している国々へだ。

「武力には武力でなく」を根本的に解決しようとするなら、武力で威嚇してくる国に「やめろ!」と言うべきだろう。真っ先に憲法9条の精神を説かないといけない。ところがこういう人たちは、そういう国へは絶対に物を言わないんだよな。不思議なことだ。

「9条の家」は東京杉並に作ったようだけど、次はモスクワと北京、平壌に作る予定だよね? そうでないと根本的に何も解決しない。国内でのんびり語り合ってないで、世界に目を向けたらいかが?

この人たちが「自衛権」や「自衛力」を認めているのか知らないが、もし非武装を理想としているならなおさらだろう。自分は「けんかはしない」と宣言するのは自由だ。しかし相手が「ならオレもけんかはしない」と言ってくれる保証は一切ない。理不尽に殴りかかってくるヤツも世の中には一定数存在する。

「9条を広める」ことでこれらが解決するならそれでもいいが、現実世界はそれほど甘くない。それも頑張ると言うなら、やはりモスクワと北京と平壌に早く2号店・3号店・4号店を作ってくれ。応援するよ。

世界の宝
最後に少し古いイラストだけど。「世界の宝」憲法9条を守るために剣を持って武装する兵士。こういう矛盾を気にもしないイラストを使うのが、こういう人たち(のお仲間)。こういう矛盾は良い矛盾? なのかな(苦笑)。


衆議院選では自公が過半数割れ、維新と共産が議席減、立民と国民が大幅増という結果だった(れいわも増え、参政・保守が議席を獲得)。別の記事でも紹介したが、衆議院選比例票を見ると有権者の各党への支持が比較的分かりやすい。

各党の前回衆議院選との比例票の比較。
 自民  -533万票
 立民    +7万票
 国民  +358万票
 公明  -115万票
 維新  -295万票
 れいわ +159万票
 共産   -80万票
 保守  +114万票(今回から)
 参政  +187万票(今回から)

投票率が53.85%で前回よりを2.08%下がっているので単純比較はできないが、自民党は1,458万票で前回から533万票も減らしている(前回は1,991万票)。減少した533万票の中には棄権した人もいるだろうから、すべてが他党に流れたわけではないと思うが、それでも自民党を見限った人たちと言える。

この層は俗に言う「岩盤保守層」と推定される。安倍首相(当時)が朝日新聞などの捏造により猛烈な批判に晒されても、支持率が30%を割らなかったのは「岩盤保守層」が厚く支持していたからとされる。

石破は「岩盤保守層」から嫌われていた。政策・行動・人柄などすべてだ。「きれいごと」を並べて、後ろ(自民党内)から安倍首相を攻撃していたことが大きいと思う。「きれいごと」を言っても政策は実現しない。つまりは仕事のできない議員の典型と言える。

では、この「岩盤保守層」はどこに流れたのか? 立民でないことは明らかだ。50議席も増やしたのに、実は比例票は7万票しか増えていない(1,149万票 → 1,156万票)。自公の自滅とオールドメディアのネガティブ報道(不記載を裏金と連呼)のおかげだ。

つまりは、相変わらず「地に足が付いていない」政党だということ。政策が評価されたわけでもなく、政権を獲って欲しいと思われたわけでもなく。選挙後の野田代表の「真っ先にやるのは紙の保険証を使えるようにすること」を見ても、この政党に期待できないのは明らかだ(苦笑)。

そうすると「岩盤保守層」の行き先として考えられるのは、参政党(+187万票)、保守党(+114万票)あたりだろうか(両党とも衆議院選は初)。残りは国民民主(+358万票)か。参政・保守は思想(考え方)の面から、国民民主は政策が受け入れられたのだろう。

「岩盤保守層」は自民党と言うよりも安倍晋三という政治家を支持していたと考えられる。媚中・媚韓政策に嫌気がさした保守層を、自民党支持と結びつけたのは安倍元首相だ。そのため石破が首相をやっている限り「岩盤保守層」は自民党へは戻らない。と言うことは来年の参議院選も自民党は敗れるだろう。

石破でないとしても、例えば実務能力が高く安定感があると評判の林芳正あたりでも同様だ。林は媚中の代表格であるとされるからだ。当然「岩盤保守層」は戻らない。では「岩盤保守層」が認める首相(総裁)とは? ある意味、言わずもがなだ。

それにしても自民党の国会議員連中は、こんな簡単なロジックを無視して「石破人気」というオールドメディアの「虚構」にすがった。このツケの大きさを今になって気づいても、もう遅いと言うことだ。石破は責任も取らずに居座るようだが、傷口が広がるだけだぞ。

関連
 「野党が『野合』すれば勝てると考える『政治部デスク』
 「オールドメディアが喧伝していた『石破人気』って?


衆議院選で大きく議席を伸ばした国民民主党が、首班指名が決選投票になった場合も玉木党首名で投票すると明言している。これに対し立憲民主党幹部が「首相指名で自民に恩を売って、自分たちが訴えた政策を実現したいだけだろう」と発言したという。

この幹部が誰だか知らないけど、あまりのバカさ加減に呆れるばかりだ。自民党(+公明党)も立民も過半数を得ていないのだから、協力してくれそうな政党にアプローチするのは当然だ。また、国民民主には国民民主の政策公約があるわけだから、それを実現することを第一に考えるのは、これも当然だ。

だったら立民も「我々と一緒になって(合同ではなく協力という意味)国民民主の政策を実現しよう」とアピールすれば良いだけの話。これがある意味、国民民主が躍進し数を得たことの成果だ(キャスティングボートを握った強み)。

ところが政権交代が目的化しその後のプランがまったくない立民には、そういうアピールができない。野田代表が衆議院選後に言い放った「真っ先にやるのは紙の保険証を使えるようにすること」がその象徴だろう。立民は国民民主に対し、政策実現の提案すらできない。

野田首相を実現した後には、こういうことをやるから協力してくれ。その中で、国民民主の訴えた政策の実現についても約束するよ。これが立民が取るべき態度だ。それのに、まずは政権交代のために協力しろ。その後のことはノープラン。これではね(呆)。

これで協力する政党があるのだろうか? 衆議院選中に立民は、政策面で何をやるかをまったくと言っていいほど訴えていない。「政治とカネがぁ~!」「裏金がぁ~!」に終始した。

こんな立民に寄ってくるのは、常に反権力で権力批判ができれば満足みたいな政党だけ。つまりは「批判のための批判」が党是となっているところ。立民と落ち目の極左くらいだ。日ごろから「政策は二の次三の次。政権批判こそが第一目的。そのためには何でも反対!」でやってきたツケが回ってきているだけ。

「自分たちが訴えた政策を実現する」という当たり前のことを批判することこそ、立民が政権を絶対に獲れないことを示している。じゃあ立民は政権を獲った後に「自分たちが訴えた政策を実現する」でなかったら、何をするのか? この幹部に答えてもらいたい。


週刊新潮の萩生田光一議員の選挙戦での記事を「視点がずれていないか?」と批判したが、今回もその記事から。(「週刊新潮よ 記事の視点がずれていないか?」参照)

記事中に「政治部デスク」という人物が選挙戦について解説している一文がある。それによると「萩生田候補と相手候補との差は8,000票と僅差。国民民主と維新の候補がそれぞれ2万票前後を獲得しているので、仮に野党共闘が成立していたら萩生田候補に勝ち目はなかった。いわば敵失に救われた形です」(要約)だそうだ。

週刊新潮内に「政治部」があって「デスク」という肩書きの人がいるのか、どこかの新聞社の「政治部デスク」に取材した結果なのかは知らないが、まさにこの発言が現在のメディアのダメさ加減を良く示している(恐らく、どこかの新聞社の「政治部デスク」の発言だと思うが)。

どういうことかと言うと、このデスクは「野党共闘」(つまりは候補者の一本化)が望ましい形であると考えている。しかも、それをしなかった(できなかった)のはミスとまで言っている。野党候補の得票を足し算すれば勝っていたということ。アホらしい。単純に足し算になると思っているところが、思いっきり浅はかだと言える。

候補者を一本化するということは、その後の国会活動で共闘することだ。さらに進めれば連立政権を組むということだ。そこには政策の一致が必要なのは言うまでもない。選挙の時だけ見かけ上の共闘をして、国会活動はバラバラにやるなどは有権者への裏切りになる。

なぜ革マル枝野時代の立民は、共産まで含めて共闘しても安倍自民党に勝てなかったのか? 簡単である。政策の一致もない「野合」だったからだ。選挙目的の中身のない数合わせだからだ。もちろん、ごく一部の選挙区では成果も出た(足し算になった)かもしれない。

しかし全部が足し算になっているなら、革マル枝野率いる立民を筆頭に圧勝しないとおかしい。有権者はそんなにバカじゃない。希望の党(民進党が合流)や立民(選挙目当てでゾロゾロ合流)は、その時の選挙に勝てたのか?

逆に「野合」は有権者の選択肢を奪うことにもなる。今回の衆議院選での比例得票を見れば、有権者がどの政党に投票したかったかの目安になる(前回衆議院選との比較)。
 自民  -533万票
 立民    +7万票
 国民  +358万票
 公明  -115万票
 維新  -295万票
 れいわ +159万票
 共産   -80万票
 保守  +114万票(今回から)
 参政  +187万票(今回から)

自民の減少分を吸収したのはどこだろうか? 立民でないことは明らかだ。これも有権者の意思である。それなのに「政治部デスク」と称する者は、未だに「野合」すれば選挙に勝てるなどと考えている。有権者の意思を見極められない無能だということ。


週刊新潮に「僅差で勝った萩生田光一は『変な活動家が気持ち悪かった』」とのタイトルの記事が載っていた。タイトルからすると立民公認の対立候補の応援をしていた極左活動家を批判・揶揄するものかと思い読んでみた。

記者の「逆風、すごかった?」との質問に、萩生田候補が「そうだね。なんか、変な活動家みたいな人がたくさんいて気持ち悪くて」との回答したことに対し、「(裏金問題を)批判する人々を『変な活動家』などと表現するとは、やはり反省が足りないと見受けられる」というのが記事の結論のようだ。

「変な活動家みたいな人」がたくさんいたことは事実だし、その人たちが「表現の自由という名の選挙妨害」をしていたことも事実だ。さらに言えば、この人たちは立民候補の昔からの「お仲間」であるとされる。

これらの事実関係を踏まえた上で、「(裏金問題を)批判する人々を『変な活動家』などと表現するとは、やはり反省が足りないと見受けられる」と持って行くのは、ちょっと違うのではないか? 何か特定の意図を感じざを得ない。

個人的に萩生田候補(もう議員か)を特段支持しているわけではないが、記事の視点が歪んでいるのは明らかだろう。週刊新潮の「裏金」の定義は知らないが、野党候補者の「不記載」や「公選法違反」をどう記事化していたのだろう? と思ってしまう。

週刊誌(新聞もだけど)にはTV局を縛る放送法の様な規定がないので、どんなに偏った視点で物事を見ても自由だけど。まあ、こういう記事の方が売れるのかな。

ところで、この記事中の別のトピックスは、この「変な活動家みたいな人」のひとりが「(萩生田候補を批判する)プラカードは自分で作ったわけではなくて、〇〇さん(立民候補者)の事務所にあったものを借りました」と証言していること。

「変な活動家みたいな人」と「立民候補者」が「お仲間」だったことが、事実として証明されたわけだ。週刊新潮はこっちを突っ込んだ方がいいのではないか? もう既知のことすぎて記事にならないか(笑)。


Xに「セブンの弁当と地元スーパーの弁当を比較検証した」というポストが流れてきた。

値段・容器形状(面積)などを比較、そして「すでに値段でスーパーの方が安い! ご飯はセブンの方が面積広いが薄くてスーパーの方は厚みがある! 食べ終わって並べたらセブンの容器は薄い! よく見るとセブンの方は中央が盛り上がって、やっぱり上げ底やってました!」と結論づけている(投稿は10月25日)。

セブンイレブンの弁当や飲料などの「容器詐欺」(疑惑)は有名な話。容器の上げ底は当たり前、飲料カップは模様で内容量が多いように誤魔化しているなど、数年前(もう4~5年か?)から言われている。検証記事や動画も数多くUPされている。

また何か新規の「詐欺的上げ底容器」商品でも発売されたのか? と見ると、ニュース記事が添付されている。読むとセブンの社長が記者会見で消費者を挑発したらしい(苦笑)。

質問者は週刊文集の記者。以下、質疑回答は要約記載。
文春「セブンの弁当は上げ底になり、容量が減っているとの指摘がある」

社長「本当にそうなってました? 上げ底になってましたか? 他と比べて本当にセブンイレブンが上げ底になっているのかって言うのをご覧になりましたか? なってませんでしょう?(笑)」

社長「電子レンジで温めたりするアレがありますから。多少は(傾斜が)ないとダメなんですよ。じゃあ、スーパーとか他のところ見てご覧なさいよ。どっちが上げ底かと」

社長「ルールで何パーセントって決まってるんですよ。だからそんな『あこぎ』なことはできないんですよ」

社長「いや、本当に比べてみてどうかっていう。実際比べて見てどうだったか」

社長「値段も含めてね。ネットに投稿する方は、本当に事実をもって投稿してほしいですね」

まとめると「容器詐欺」なんかしてない。他社やスーパーと同程度だ。きちんと比べてみれば分かる。ネットに投稿する際にはウソを書くな、と言うことらしい。この社長発言に触発された人が、冒頭の検証を行いXに投稿したようだ(この人以外にも複数の検証結果が投稿されている)。

過去の検証記事・動画などを見ると、明らかに「容器詐欺」との印象を受ける形状をしている容器が多い。弁当類だけでなく、飲料の容器も同様に「セコイ」色模様にしているとの指摘もあった。個人的にも「容器詐欺」的な印象を受けたこともあるし、「ステルス値上げだ」と感じたこともある。

これらは確かに見た目の印象であって、内容量や材料の質や味付けなど、総合的に判断しないといけないことだとは思う。

ただ、この社長会見で一番問題なのは実際の容器が上げ底かどうかではなく、消費者(つまりはお客さん)が「商品に満足していない」「残念だった」との感想を持っていることに対して「お前らの言ってることは間違いだ」「ウソを書くな」と、攻撃的に否定・反論したことだ。

もちろん、いわれのないクレームや誹謗中傷的なものを強く否定するのは構わない。しかし、この「容器詐欺」疑惑は多くの消費者が抱く商品に対する不満なのだ。つまりは消費者の「商品に対する期待値」よりも「実際の商品価値」が低いことを示している。それは「買って損をした」(少し言い過ぎかもしれないが)に繋がっている。

それなのに「他社も同じだ。良く見ろ!」では、消費者の不満は解消されない。社長が考えなければいけないことは、「容器詐欺」を否定しつつも商品に対する誤解を解き、消費者の理解を得る努力をすることである。

部下から適切な情報が上がってないのだろうが、リスクマネジメントとしても最悪の見本のような発言だ。消費者の商品への不満を真摯に受け止めるところからやり直さねばいけないだろう。こんなのが社長をやっているからか、セブンは2024年3~8月期連結決算で前年同期比34.9%減の大幅減益となった。他のコンビニ大手2社(ローソンとファミマ)は増益だ。

セブン&アイHDはコンビニ事業に集中し、社名も来年5月に「セブンイレブン・コーポレーション」へ変更するとか。だったら今のうちに、この社長切っておいた方がいいぞ(この社長はセブン&アイHDの専務で、セブンの社長)。


10月27日投開票が行われた衆議院選で、自公の過半数割れが確実な情勢と各社が伝えている(21:00ころの情勢報道から)。

自民党には「裏金」問題が逆風となり、党全体に悪影響を与えたようだ。政治資金規正法上の「不記載」だが、裏金と報道されることで有権者からは実態以上の悪イメージとなったようだ。同じ不記載でも野党議員には影響はなし。メディアがまったく報道しないし、報道しても「単純ミスで問題なし」的だったから。

とは言え、事情はどうあれこれが民意。やる気があるなら捲土重来を期せば良い。朝日新聞のように自分に都合の悪い結果に対し「こんなの民意じゃない」なんて言ってはいけない。

ところで、安倍首相当時から「石破人気」という謎のフレーズが語られてきた。自民党内の国会議員らには人気がないが、一般国民からの人気は高いというもの。主な発信元はオールドメディア。特に朝日新聞は「論座(旧WEBRONZA)」に「今は石破内閣しかない」との論考を載せたくらいだ(2020年)。
(「朝日新聞の論座が『今は石破内閣しかない』だってさ」参照)

そんな石破が自民党総裁になり内閣を発足させれば、裏金問題があろうともそれなりの期待値を示さないとおかしい。しかし各メディアが行った世論調査では、軒並み低い支持率になっている。

今回の衆議院選の結果からも「自民党内の人気はいまいちだが、国民には人気がある」との言説に、何の根拠もなかったことは明らかだ。安倍首相当時、石破のやっていたことは「安倍首相の批判」であったが、それは「批判のための批判」でしかなかった。立民の中身のない議員連中と同じことをやっていただけ。

政権党の責任は政策を実現すること。そのためには妥協も必要だ。「三方一両損」という落語・講談もあるほどで、何でも100点満点というわけには行かない。すべてにおいて「人・物・金(かね)」がふんだんに使えるわけではないからだ。

それを野党と一緒になって「きれいごと」を言ってるだけの与党議員。それが石破だ。一見するとまともなことを言っているように聞こえることが、実は問題なのだが。

朝日など左派系メディアからすると、安倍首相を追い落とそうと「誰かいないか?」と見回した際に目についたのが、この石破だった。安倍首相の対抗馬的な位置へ意図的に持ち上げたということ。

自民党の党員・党友の多くはそれが分かっていた。だから党員・党友票は高市候補が石破を上回った。当然、国会議員も石破が「きれいごと」を言って、批判のために批判しかできないヤツだということを知っていた。だから1回目の投票は46票しか獲得できていない。コバホークが41票であることを考えると、人気がないのは明らかだ。

ところが、最後(決選投票)で「自民党内の人気はいまいちだが、国民には人気がある」が頭をよぎった議員が多かったとみえる(「右派の高市では国民の幅広い支持は得られない」とも考えたのかもしれないが)。石破が189票(高市は173票)に膨れ上がった。

それが、今回の衆議院選結果だ。誰がどう考えても石破を選択したのは最悪手だ。後悔先に立たずだろうが。

今になって思うと、朝日などが「石破」と言い続けたことが今回の繋がったと言える。ナチス・ドイツの宣伝大臣であったゲッベルスの言葉に「ウソも100回言えば真実となる」がある。信頼などなくなっているオールドメディアだが、影響力は未だに健在なことを示した例かもしれない。

まあ、朝日からすれば「瓢箪から駒」かな。説明するまでもないが、国語辞典から引用すれば「(瓢箪くらいの大きさのものから、駒すなわち馬のように大きなものが出るようなありえない状況から)冗談や誤解で言ったことが意図せずに実現してしまうこと」。


左翼連中の「自分の行い(行動・考え)は正義だ! その実現のための行動はすべて許容される」という、傲慢で世間知らずで自分勝手な論理には、本当に呆れるばかりだ。しかもこの「行い」の中には、犯罪行為も含まれている節があるから尚更だ。

そんな人たちだから、攻撃先(人や企業など)への人権や差別など考えもしない。ただ攻撃することしか考えない。それが相手への誹謗中傷になろうが「自分は正義だ。何を言っても(やっても)許される」となる。

更には、この手の人たちに共通しているのが「想像力の欠如」。よく「ブーメラン」と形容されるが、自分の行いが自分自身に跳ね返ってくること。元参議院議員で東京都知事選で惨敗した人は「ブーメランの名手」って言われてたな(笑)。

そんな中、田中優子法政大前総長は高市早苗衆院議員について「安倍さんが女装して現れた」「日本の歴史に残る最初の女性の首相がこの人だったら、ちょっと恥ずかしいでしょ」などと発言した。また金子勝淑徳大学大学院客員教授・慶應義塾大学名誉教授は、高市早苗議員のことを「極右バカイチ」とXにポストした。

呆れるばかりだ。どちらも(一応)大学教授(田中優子は現在は法政大の名誉教授だ)。別に大学教授だからと言って人間として優れているとは思わないが、この二人に関して言えば、逆に「人としてどうなの?」ってレベルだ。

そう言えば、都知事選時に「小池百合子は名誉男性」と発言した山口二郎も大学教授(法政大教授・北海道大名誉教授)だったな。

本人たちからすると「自分の考えは絶対的に正しい。主義・主張の違う高市早苗の存在など認めない。高市の人権? 名誉? そんなものは関係ない!」ってことなのだろう。

でも、田中のことを「スターリンが女装して現れた」(スターリンを毛沢東に代えてもOK)、「法政大最初の女性総長がこの人なんだよ。恥ずかしいでしょ」って言ったら? 同様に金子に対し「極左バカネコ」ってポストしたら?

当たり前のことだが、田中も金子も甘んじて受け入れなければいけない。間違っても「誹謗中傷だ!」「名誉毀損だ!」「侮辱するな!」などと騒いではいけない。もしかしたら、田中の場合スターリンとか毛沢東と言われたら逆に喜ぶかもしれないが。

それにしても、極左ってまったく学ばないよな。なぜ「ブーメランの名手」が惨敗したのか? 「相手がやるのはダメだけど、自分がやるならOK」「自分の行いで批判を受けると、差別だと騒いで被害者を装う」からでしょ。

田中や金子に応援されている立民候補者の方が迷惑なんじゃないの? と思ってしまうが、そうでもないらしい。田中発言の際に同席していた立民候補者は、一緒になって笑っていた。まあ、この候補者も極左と定義されている人だから、根っこは同じなんだろうな。


現在行われている衆議院選でも「表現の自由という名の選挙妨害」が行われている。これらは2019年参議院選時の安倍首相(当時)の演説中(札幌)に、執拗にヤジを飛ばした左翼活動家の行為が「表現の自由」とされた判決の影響だろう。
(「表現の自由という名の選挙妨害」参照)

今回もだいたいが左翼活動家と称される人たちだ。そういう人たちからすると、自分らの「主張だ」との言い分だろう。しかし、やっていることは今年4月の衆議院東京15区補選における「つばさの党」と同じだ。

「他人の(演説を聴く)権利を侵害する権利」などない。ましてや民主主義の根幹をなす選挙において、候補者の主張を物理的にかき消すような行為は、厳に慎まねばならないのは言うまでもない。

それにしてもみんな学んでないな。先の東京都知事選で、蓮舫を支援する左翼活動家らが小池都知事(候補者)の演説を同様に妨害し大ひんしゅくを買っていた。これが蓮舫の大惨敗の原因のひとつでもある。「つばさの党」の連中と何が違うの? ってこと。

今回の衆議院選でも、左翼活動家もどきの立民候補者を支援する左翼活動家らが、裏金議員と揶揄される無所属(自民非公認)の候補者事務所に押しかけ、「〇〇出てこい!」などとやっていた。これも「つなさの党」と何が違うの? ってなるのは明らか。そう思ってないのは左翼活動家だけ。

余談だが都知事選時の小池は、この時わざと演説を中断した。不勉強な自称ジャーナリスト(左翼的論拠が多い)は「画期的なことが起こった!」と大喜びした。ヤジで痛いところを突かれ、言葉に詰まったと理解したようだ。ところが、実は大間違いなのだ。

これは演説が出来ないほどの妨害を受けたというアピールで、「選挙の自由妨害罪」の要件のひとつでもある「演説の妨害」の具体的な被害を表わしている。最近の候補者はこれを理解している人が多く、妨害されると演説を中断するのはこういう理由。それを知らない一部左翼活動家らは「演説中断させたぞ」なんて成果としている。

本当はこの段階で検挙・立件しないと「つばさの党」まで行ってしまう。しかし、ここで検挙すると朝日あたりの左翼紙が「表現の自由がぁ~!」と騒ぐからしないの現状だ。それほど札幌判決は罪作りなものなのだ。

ちなみに朝日新聞の「表現の自由という名の選挙妨害」に対する見解は以下である。

「有権者の判断材料を奪うに等しく、表現や言論の自由として許される範囲を逸脱している」が、「演説を聞き取れなくする行為は論外としても、ヤジもひとつの政治的な意思表示である」(5月18日社説)。

どうしてもヤジは認めたいようだ(苦笑)。街頭演説会でヤジを飛ばしている多くが左翼活動家だから、朝日はどうしてもそこは守るということ。現実に大声でヤジを飛ばした時点で、演説がきちんと聴けないのだから「有権者の判断材料を奪う」行為になる。

朝日の言い分は候補者との対面(1対1)で、他に聴衆がいないケースでしか通用しない論理だ。相変わらずバカな新聞だ。


衆議院選の真っ最中だ。いろいろなメディアの事前予測をまとめると、自民大敗・立民大増加ってところらしい。自民議員の裏金(実際は不記載)問題が、相当毛嫌いされているようだ。野党の不記載議員や不祥事議員は、各メディアの「報道しない自由」に守られている。

ある野党議員のように1,000万円を超える不記載がミス(過失)なら、そんなヤツがお金を扱ってはいけない。他にも選挙区内の有権者に酒を配ったヤツも、恥ずかしげもなく公認され立候補している。明らかな公選法違反。なぜ検察は立件しない?

まあ、いろいろ言いたいこともあるが、この記事で書くのは「表現の自由という名の選挙妨害」。SNSやYouTubeなどを見ると、あちこちで「表現の自由という名の選挙妨害」が行われているようだ。

これが最初に目に留まったのは2017年の東京都議選、秋葉原での安倍首相(当時)の演説に、左翼活動家らが大挙してヤジを飛ばし妨害した件だろう。そして、左派系メディアが司法のお墨付きを得たとして大喜びした2019年参議院選の札幌の事例。

札幌の件も左翼活動家が安倍首相(当時)の演説中に執拗にヤジを飛ばし、見かねた北海道警の警察官が遠ざけたら、活動家から訴えられたという顛末。朝日新聞はこれを「排除」と表記している。

札幌地裁・札幌高裁・最高裁と左翼活動家のヤジを「表現の自由」とした。アホらしい。演説を聴きに来た他の聴衆の「演説を聴く権利」はどうなるのか? この判決は「他人の権利を侵害する行為」よりも「ヤジという表現行為」の方が勝ると言うわけだ。

これに気を良くした左翼活動家は、気に入らない保守系議員の演説妨害を繰り返すようになった。さらには、これに触発された無節操な奴らが、政治的に対立する勢力への攻撃手段とするようにもなってしまった。

それが如実に表れたのが、今年4月の衆議院東京15区補選だ。政治団体「つばさの党」なる団体の候補者とその陣営関係者が、他候補者の演説などを妨害して波紋を拡げた。さすがにこの連中は逮捕(団体代表・候補者・運動員の3人)されたが、こいつらが札幌の判決を意識していたことは明らかだ。

この代表は補選の1年前の2023年4月の統一地方選(後半)時、他陣営の演説に駆けつけ「ヤジ」を繰り返す選挙妨害を既に行っていたのだ。その時の言い分が「ヤジは合法です」。この時点で札幌地裁で「ヤジは表現の自由だ」との判決が出ていた。

代表は演説者から「やめろ!」と言われると「ヤジは合法です」と盛んに繰り返していた。この成功体験が、今年の補選での大暴れに繋がったとみるのが普通だろう。現在行われている衆議院選でも「つばさの党」までは行かないものの、同様の妨害行為が行われているのが実態だ。

今後に葛根を残すようなバカな判決だと言える。また、左翼活動家の行為を「表現の自由だぁ~!」と嬉々として大擁護した朝日新聞ら左翼紙の罪も重い。

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