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真面目なことから いい加減なことまで、適当に綴っているブログ

カテゴリ: 朝日新聞の妄言・虚言・戯言


朝日新聞2月1日の記事「風評対策、踏み込まぬまま 汚染水処分『海へ放出』にじませ幕引き 議論3年、技術面の『消去法』」(署名:小坪遊、今直也、飯沼優仁)は、同日の社説同様「おま言う!」でしかない。(「朝日新聞こそ福島の声を聴け!」参照)

出だしから「処理済み汚染水」と書くところに朝日の悪意が見える。また「『海へ放出を』とにじませた内容での幕引きに」と、朝日の社論である反原発のためには絶対に認めないという意思が窺える。そこには科学論も何もない。在るのは感情論のみ。

署名の小坪らがどんなレベルの記者なのか知らないが、ちゃんと自分で調べて・考えて書いているのか。

朝日は風評被害が拡がるから反対だと言う。

科学的反論ができないから、先のようにいかにも人体や海洋環境に悪影響を与えると誤解するよう印象操作をする。さらには記者個人もSNSなどでデマも含めて煽る。読者や見聞きした人が不安になり風評被害が拡がる。さらに朝日が煽る。風評被害が拡大する。この無限ループが現在も継続している。

朝日はこの無限ループを断ち切りたくない。なぜなら、いつまでも福島第1原発事故を現在進行形にしておきたいからだ。「処理水」の海洋放出を容認した瞬間に、原発攻撃材料のひとつを失う。福島のことなど微塵も考えていない。そこにあるのは朝日思想のみ。それが絶対だから。

もちろん、廃炉に向けたハードルは高いし、その処置には莫大な費用と長い年月がかかるだろう。それを無視する気もないし、安易に考えている訳でもない。

しかし福島の復興は最優先されるべきだ。そのためには課題はひとつひとつクリアしていく必要がある。それを朝日がまき散らす風評被害で無にすることは、決して許されないことだ。朝日の社論(反原発)などどうでもいい。

風評被害対策の大きなひとつは、朝日が事実を事実として書くことだ。

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朝日新聞2月1日社説「トリチウム水 福島の声を聴かねば」は、経産省の小委員会がトリチウムを含んだ「処理水」の処置について、薄めて海洋放出する策を重視した提言をまとめたことに対するもの。反原発のためには福島を利用するだけ利用しようという魂胆丸見えの卑しいものだ。

朝日は「環境中に放出すれば、風評被害が生じる恐れがある。拙速な判断は厳に慎まねばならない」と言う。風評被害を拡大させているのは誰だ? と言いたくなる。

朝日が反対する理由は、風評被害が拡大する一点のみ。科学的な反論ができないことは朝日自身が一番良く分かっているからだ。自分で風評被害を拡大させておきながら、風評被害が心配だと言う。こんなバカな論法を堂々と書く朝日論説委員連中には怒気を覚える。

朝日は「処理水」の海洋放出反対時、必ず福島県関係者をダシに使う。こんな失礼なことはない。朝日のまき散らした風評のせいで、福島県関係者、特に漁連関係者は被害を被っているのだ。

それなのに「福島の声を聴け」とは呆れるばかりだ。朝日が事実を事実として書いていれば、福島県関係者がこんな風評を心配する必要はないのだ。

朝日は社説内で「処理水」のことを「汚染水を浄化処理した後、放射性物質トリチウムが残留する水」と書く。昨年末の社説でも「処理済み汚染水」と書いていた。こういうことの積み重ねが風評被害を呼ぶ。

国際放射線防護委員会はトリチウムは線量係数が極めて低く、人体に対する影響も極めて少ないと判断している。そのため世界各国の原発から海洋放出されている。朝日の大好きな韓国の原発も同様だ。

だが朝日はこういう事実を決して報じない。そして「放射性物質トリチウム」と書き、いかにも人体や海洋環境に悪影響を与えると誤解するよう印象操作をする。悪質この上ない。

福島県関係者は朝日がまき散らす風評被害と懸命に戦ってきた。福島の真の復興のために力を尽くしている。それは漁連関係者も同じだ。それなのに朝日は、自身の反原発のために風評被害を利用する。

朝日は「処理水」の海洋放出に反対するなら、科学的に反論しなくてはいけない。反論できないなら、逆に悪風評をまき散らす行為は止めろ! と書かねばならない。それがメディアの役割だ。

関連
 「朝日新聞は福島への風評被害を煽るのをやめろ!
 他、多数。

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中国武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎が全世界的に拡がっている。武漢市は市民の移動を制限する、実質的な「封鎖」に踏切った。日本政府も武漢在住邦人の救出のためのチャーター機を手配するなど、対応を急いでいる。

そんな中、朝日新聞・鮫島浩は例によって意味不明の政府批判に一生懸命だ。

鮫島の1月24日のツイート。
「今の日本で新型肺炎が蔓延したら想像を絶するパニックになろう。虚偽隠蔽だらけの嘘つき政府の発表を信じられないからだ。報道に携わる一人として安倍政権の現状をみると『政府発表を信じ落ち着いて行動を』と無責任なことはとても言えない」

政府発表が信じられない、ウソを言っている、何か隠しているとでも考えているのなら、なぜそれを暴き真実をつかもうとしないのだ。それが記者の仕事ではないのか? それなのに、自分は第三者、評論家のつもりなのか知らないが、安全な場所から好き勝手言うだけ。

だったら朝日が自ら「真実」を書けばいいじゃないか。しかし朝日の実態はどうだ。夕刊の短文コラム・素粒子は「ウイルスに効果があるのは手洗い、マスク着用など日常の風邪対策。中国人を排除するより、ともに手を洗おう」なとと呑気なことを書いている。これこそ「無責任」ではないのか?

だったら鮫島は「安倍政権のウソを暴き真実を書け」と、社内でしっかり声を上げるのが先ではないか。ツイッターのプロフに書いている「ジャーナリスト」の肩書きが泣いているぞ。

まあ、鮫島が朝日社内で干されていて、ツイッターでその憂さを晴らしている現状は理解しているが、こんなツイートはただの扇動家でしない。吉田調書を意図的曲解しデマを垂れ流した反省など何もなく、相変わらずの扇動ツイート。これで「ジャーナリスト」を名乗る傲慢さが鮫島らしい。

それに鮫島もそうだが、対中国となると、途端に何も見えなくなり、何も言えなくなる朝日。中国がすべての情報を公開しているとでも考えているのだろうか。

さらには、解熱剤で一時的に熱を下げて日本に入国する中国人に言うことはないのか? 日本の健康保険にただ乗りしようとする一部の悪意ある中国人に言うことはないのか?

鮫島がツイートすればするほど、朝日のいかがしわさが世間に知らしめられる。これはこれで、いいことなのかもしれないな。

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朝日新聞1月22日のコラム「多事奏論」は高橋純子の「映画の助成金不交付 感性の牢獄へようこそ」。映画「宮本から君へ」の助成金1,000万円が、ピエール瀧の有罪判決を理由に取り消されたことを批判している。

高橋はこの映画で「生きる力みたいなものが身の内で沸騰し、うおぉーと叫んで駆け出したくなった。理屈じゃない。エビデンスもない。作り手の『魂』に感応してしまった」。

良い映画に巡り会えて良かったじゃねぇか。それ以上でも以下でもなし。ただ「エビデンスもなし」は、過去の自分への批判の皮肉のつもりだろうが、まったくの逆効果。言わずもがなの一言。

高橋は製作会社社長や主演俳優の言葉のみを引用し、色々批判の基にしているが、助成金を不交付にした独立行政法人・日本芸術文化振興会には取材すらしていないようで、一切言及無し。不交付理由すら書いていない。

芸文振は文化庁所管で、政府からの出資(541億円)と民間からの寄付金(146億円)を原資とした運用益を使い、さまざまな活動に助成金を充てている。税金が入っていることは重要なことだと思うけどなあ。

高橋は一応「どんな罪かによっても判断は変わってくるだろう(中略)個別に考えるしかない」と書いているのに、なぜか「『そんなもんか』と慣らされ、考えなくなる。そしてそのうち、自分の思考に枠がはまっていることにすら気づけなくなってしまう」と大きく飛躍していく。

そして、結論は「ようこそ。クリーンで快適な感性の牢獄へ」だって。

結局は結論ありき。自分で旨いこと考えたなと自画自賛している結論に、どう話を繋げていくか。これだけの文章。

普通ならこの問題は、芸文振の「国が薬物使用を容認するようなメッセージを発信することになりかねず、公益性の観点から交付内定を不適当と判断した」に対して考察すべきだろう。これなく「そんなものかと慣らされ」とか「自分の思考に枠がはまっていることにすら気づけなくなってしまう」とかは、論理の飛躍どころか、論点がまったく違うことだろう。

でも高橋は芸文振興の不交付理由すら書かない。「俳優の不祥事と芸術性は別問題」とかの切り口は陳腐と感じたのか、読者の支持を得られないと考えたのか知らないけど。

高橋のように不交付を批判する人もいるだろうし、逆に不交付を当然のことと考える人もいるだろう。その物事をどうどう捉えるかには、朝日の好きな「多様性」がある。

まあ、コラムなので高橋の剥き出しの本性で書いて構わないのだが、いつも自分の言い分と一方側の言い分しか書かない。書かれなかったもう一方の当事者の「多様性」は無視される。でもこれが朝日の「多様性」。

そして、なぜか最後は安倍首相批判。珍しく安倍批判が出てこないなと読んでいたら、最後の最後で出てきた(苦笑)。これは明らかに無理筋。安倍批判を入れないと、高橋は精神の安定が図れないようだ。

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朝日新聞1月19日のコラム「社説余滴」で、「あの」坪井ゆづるがまだ「モリカケ」ってひとりで騒いでいる。バカ丸出しだな。

「1月20日を忘れない」だってさ。坪井が死ぬまで忘れなくても別に構わないのだが、こんなところでぐちゃぐちゃ言ってないで、自分で調べればいいだろう。ひとつでもいいから、何か「証拠」を出して見ろよと言いたい。

当時から「疑惑だ、疑惑だ!」と騒ぐだけで、何の「事実」も見いだせなかった朝日。逆に朝日の一面トップ写真の「いかがわしさ」の方がクローズアップされたけどね。

朝日が言っていたのは安倍首相と加計理事長が友人だから「~のはずだ」とか「~に違いない」「~ではないか」。こんなものに乗せられ、一緒になって1年以上も騒いだ朝日のお仲間・民進党(当時)は崩壊。現在の無様な野党は朝日が作ったようなものだ。

坪井は2018年、2019年も1月19日に「社説余滴」で「モリカケ」を書いているけど、ご苦労なことだ。その執念を取材に活かせばいいのに(苦笑)。

朝日に不都合な事実は報じない(加戸前愛媛県知事や八田WG座長の発言)くせに、印象操作の域を出ないものを「疑惑だ!」とし、しかも「無いことを証明しろ」と迫る。坪井は「幕は下りない」と書いていたが、朝日が「幕を下ろさない」だけのこと。「疑惑だ、疑惑だ!」って騒いでいれば商売になるんだから、記者なんて楽な仕事だな。

それに、朝日が小川榮太郞氏を訴えている裁判で「原告(朝日)は両問題(森友・加計問題)について安倍晋三首相が関与したとは報じていない」と主張していることを、どう考えているのか?

「権力者にとって不都合な事態を、時間とともに忘れてゆくのは、それを容認するのと同じだ」と坪井は書くが、主語を朝日新聞に変えれば、そのままの文章になるな(苦笑)。

慰安婦捏造、サンゴ事件、吉田所長調書の意図的曲解。数えれば切りがないが、我々は朝日の数々の悪行(ウソ・捏造、印象操作など)を決して忘れない。

関連
 「朝日新聞・坪井ゆづるの『負け犬の遠吠え』
 「朝日新聞・坪井ゆづるがまだ『モリカケ』言ってる(呆)
 「朝日新聞論説委員・坪井ゆづるの恥の上塗り
 「朝日新聞『安倍首相が関与したとは報じていない』って?
他、多数あり。

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観光庁が昨年12月、及び2019年累計の訪日客数を発表した。累計では2018年比2.2%増の約3,100万人。中国からの約960万人を筆頭に、台湾(489万人)、香港(229万人)、タイ(132万人)、アメリカ(172万人)は100万人を超える観光客が訪れている。

イギリスなどはラグビーW杯の終了後も訪日客が前年比で増加しており、訪日客全体は7年連続で過去最高(3,188万人)、主要19国でも過去最高を記録。これに対し韓国のみ560万人で2018年比25.9%減、12月単月では前年同月比63.6%減。

また、訪日時の消費額は、1人当たりの消費額は豪州が24万9,128円と最も多く、韓国が7万5,454円と最も少なかった。

この観光庁データを朝日新聞がどう報道したか?

「12月の訪日韓国人、前年比63%減 『日本離れ』続く」の見出しで、ほぼ韓国のことしか触れていない。韓国からの訪日客が大きく減少したことを報じるのはいいとして、他にも書くことあるだろうと思ってしまう。7年連続最高を更新とか、韓国以外は過去最高とか。

どこまで韓国目線なんだ(苦笑)。

朝日の読者は韓国客が減ったことしか分からない。それは訪日客数データから読み取れるほんの一部でしかない。もちろん、朝日がウソを書いている訳ではないが、この報道では全体像や傾向・特徴はまったく分からない。

これを見ると、アメリカ3代大統領・ジェファーソンの言葉を思い出す。「新聞は情報を独占、勝手に取捨し、醜く加工し、民に下してきた」。

ただし、現在の日本で大きく異なる点は、誰でも観光庁の生データが確認出来ることだ(オレも見た)。つまりは、朝日の記事がどういう意図で書かれているかを理解することができてしまうと言うこと。

朝日は旧態依然の認識で、未だに「情報を独占」していると思い込み、「勝手に取捨し、醜く加工し、民に下している」。そんな時代ではないのに。だから捏造・ウソはすぐバレる。タブスタや一方的な偏った見方は批判される。

今回の訪日客データの記事は、そんな朝日をよく表わしている。まあ、箱田哲也のようなヤツが論説委員として媚韓記事を書きまくっているのを見れば、朝日からしか情報を得ていないコアな読者さえキープできればいいと考えているのかもしれない。でも、それじゃ新聞事業はジリ貧だけど、既に朝日は不動産屋なので構わないのかな。

それにしても、あれだけ国を挙げて反日をやっているのに、12月に25万人近くも韓国人が観光に来ているとは驚きだ。

韓国オリンピック委員会は、東京五輪に参加する選手団用に韓国産の食材と放射能測定器を持ち込むと言っている。福島第1原発事故による「食の安全」を懸念しているからだと言っているのに、韓国人観光客は日本で何を食べているんだろう? (苦笑)

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朝日新聞がTBSのサンデーモーニングを気持ち悪いほど持上げていた。署名は定塚遼。あぁ~、納得!

定塚は世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」(大坂府)に関して、「権力者が市民(左翼用語としての)から財を搾取し、自らの権力を見せびらかすようなモニュメント(墓)を、市民を酷使して造らせた」的な感想を書いていたヤツ。
(「朝日新聞・定塚遼は根っからの共産主義者のようだ」参照)

そんな定塚がサンモニを持上げるのは、ある意味当然のことかもしれない。

一般的には、あれほど偏向した番組もないと思うほどのもの。常に一方的な人選で、一方的な論調を垂れ流す。放送法など関係ないと言わんばかりの内容に、呆れている。

でも、政治経済などの硬いニュースを取り上げるから「硬派」だなどと、安直なことを言う定塚からすれば、反日・反政府・反安倍に徹し、特定勢力のプロパガンダをこれもか! と流す番組は、心地良いことこの上ないのだろう。

こういう番組は得てして他人に厳しく自分に甘い。石原慎太郎都知事(当時)の発言に対して、テロップを捏造してまで貶めたサンモ二。捏造がバレた後の関口宏は「(ミステロップが)出ちゃうときがありましてね」などとへらへら言っていた。

テロップ捏造はサンモニの得意技で、トランプ大統領の批判する際にも、「タフな人々」発言を「野蛮な人々」、「フェイクニュースは国民の敵」発言を「メディアは国民の敵」とするなど、やりたい放題だ。

そう言えば、「フェイクニュースが220万回リツイート」などと、SNS(ネット)はウソだらけみたいに放送したが、実際は「230回」だったとバレたなんてこともあったな。

こんなの言い出したら切りが無い。上記などはウソ・捏造がバレた例だが、ウソを言い放しで訂正しないなんてこともしょっちゅうだ。さらにはニュースと直接関係ない映像を差し込み印象操作することも日常茶飯事。

定塚は、そんなサンモニの偏向や捏造、印象操作には触れない。定塚からすれば、偏向しているなんて思ってないのだろうし、反日・反政府・反体制が目的なら、捏造や印象操作も許されるとでも考えているのだろう。まあ、それが朝日記者としてのあるべき姿なんだろうけど。

金富隆Pの「『常に冷静であれ』ということを意識している」との、白々しいコメントを臆面も無く載せる。よく金富の名前が出せるなと思うけど、このあたりにも定塚のサンモにへの強烈なシンパシーを感じている姿がよく見て取れる。

偏向・捏造紙記者が、偏向・捏造番組を持上げる。気持ち悪い。

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朝日新聞1月11日の社説「東京五輪の年に 旗を振る、って何だろう」は朝日論説委員の底の浅い媚韓思想を持ち出し、さらには侮日に繋げるという朝日の常套手段の論立てだ。

「(国旗などは)見る人が代われば、それは激しい憎悪の対象にもなりうる」とし、「戦後75年が過ぎても(中略)日の丸を掲げる行為そのものが、侵略戦争の暗い記憶を呼び起こすものにほかならない」と断じる。

それは朝日と、ある思惑を持った特定国の言い分だな。欧米の植民地からの解放の象徴と捉える国もある。朝日の大好きな「多様性」を無視する一方的な見解に過ぎない。

特定国の主張を代弁するのが朝日の役割だと思っているのだろうが、浅はか過ぎる。ある一面を全面と言い募るのは、朝日の常套手段だけど。

さらに旭日旗にも「東京五輪で旭日旗を振るのを禁止すべきだと韓国人が言っている」「旭日旗を振る行為に『政治的主張』はないと言えるのだろうか?」と書く。

旭日旗を批判する韓国の行動そのものが、反日からくる「政治的主張」であることには触れない。サッカー選手の言い訳が、国を挙げての反日の象徴と化したことを朝日も知っている。知っているくせに、こんなバカなことを書く。ただの媚韓だし、媚韓から侮日への発展形。芸が無いことこの上ない。

「特定の集団への憎しみが高まれば、旗は集団の代わりに辱められ、燃やされる」と、米国・星条旗がアフガニスタンで憎悪の象徴とされたと書く。でも、何かというと日の丸や旭日旗を燃やす韓国(人)のことを朝日は書かない。あれが「政治的主張」そのものであることを、朝日は分かっているからだ。

国旗は国の象徴である。それを貶めて(燃やして)満足し、喜ぶような行為は、決して許容されるべきではない。それは会社の社旗だって同様だろう。

朝日は「朝日の社旗がサンゴKY事件、慰安婦捏造など数々のウソを垂れ流してきた国賊朝日の象徴」とされ、燃やされ、踏みつけられたらどう思う? また、夏の甲子園に掲げられる朝日の社旗を「国賊朝日の悪行を思い起こさせる」から禁止しろと言われたらどう思う?

同じことではないのか。

朝日は「旗の数だけ、それぞれの思いがあっていい」と社説をまとめる。朝日の言うとおり、その旗に対する思い入れは、良いも悪いも人によって様々だ。それなのに、朝日は自社思想(媚韓と自虐史観)と合う一部の言い分を、あたかも大多数の言い分のよう書くことの恥ずかしさを何も感じていない。

哀れな新聞だ。

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朝日新聞12月27日のコラム「社説余滴」、タイトルは「日韓慰安婦合意の悲哀」。筆者は「あの」箱田哲也(論説委員)。

韓国が一方的に破棄した「慰安婦問題合意」を、「すでに日韓両政府によって骨抜きにされてしまっている」と書く。日本がいつ骨抜きにしたんだ?

箱田が言うには「合意案の承認を最後まで渋ったのは、韓国大統領府ではなく安倍首相の方だった」と言う。確かに日本側は大きな譲歩をした。合意当初、日本政府(安倍首相)への批判的な声も聞かれた。箱田の言うことが正しいとしても、合意後に日本が何を骨抜きにしたのか、さっぱり分からない。本文中にも、その内容はまったく書かれていない。

本文中に何も書かない(書けない)で、何を言ってるんだ?

箱田のいつものことではあるが、どうにかして「日本も悪い」と書きたいのだろう。それにしても「日韓両政府」は無理筋だ。どういう神経をしているんだ。アホかと言いたい。

箱田が執筆に関わっている(箱田は国際社説担当)12月25日の社説「日本と韓国の対立 『最悪』を抜け出すために」でも、相変わらず「日本も悪い」的に書いていた。さらには日本経済に悪影響を与えていると一部産業の事例を書いていたが、逆に韓国経済の打撃については「さほど損害が伝えられない韓国側」などと書く。

よく言うわ。朝日が報じないだけで、韓国の経済が瀕死状態なのは周知のこと。文の経済失政の面も大きいが、文主導で始まった日本製品の不買運動が致命傷になった産業もある。旅行業界などが良い例だ。LCCなど潰れる寸前ではないか。都合の悪いデータは無視して報じないで、日本経済が大きな影響を受けているとの印象操作。相変わらず過ぎて、笑うしかない。

こんな箱田が「徴用工問題の解決策をさぐる上でも慰安婦合意が残した教訓は多い」とかヌケヌケと書く。日本が譲歩してまで合意したものを、韓国に一方的に破棄された問題が、何の教訓になるのか? 韓国を信用するなという教訓以外ないと思うが。箱田からすれば「日本がもっと譲歩しろ」って教訓なのだろうが、「バカを言ってるんじゃねえ!」以外の言葉はない。

関連
 「朝日新聞・箱田哲也は相変わらず『日本も悪い』論
 「朝日新聞・箱田哲也の韓国目線にうんざり
 「朝日新聞・箱田哲也は相変わらずだな
など多数。

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福島第一原発の処理済みの汚染水、つまりは「処理水」の処分について、有識者で作る小委員会で検討が続いている。朝日は12月27日の社説「福島の処理水 地元との対話を重ねよ」で、科学的な判断よりも感情を優先し、風評被害を煽るようなことを相変わらず書いている。

社説タイトルは「処理水」と書いているのに、本文中では「処理済み汚染水」と書く。「汚染している」という印象操作以外の何ものでもない。

朝日は社説中で「処理水」について直接的に言及していない。そりゃそうだ、汚染水ではなく「処理水」だから。希釈した上で海洋放出は、科学的に何の問題もない。朝日も「処理水」が危険だから放出するなとは言えない。

だから朝日は「この問題は科学的・技術的な側面だけでなく、社会的な影響など、さまざまな角度から慎重に検討するべきものだ」と言う。社会的云々は風評被害を指している。

自分らで風評被害を煽っておいて、何を言ってるんだ! という思いしかない。

朝日は「処理水」の放出について科学的に批判できないから、逆に感情的に風評被害を煽ることで反対しているだけ。「地元の反対」などと書く朝日が、地元が反対せざる得ないような煽り記事を書く。卑怯な新聞だ。福島県関係者からすれば「いい加減にしろよ」でしかない。

こんなに悪質なメディアはない。自らのイデオロギーを最優先し、ウソも交えて風評被害を煽ってきた。自ら煽っておいて、風評被害が拡がるから海洋放出を止めろという。悪質なマッチポンプ。

以前も書いたが、朝日が記事や記者のSNSなどでデマも含めて煽る。読者や見聞きした人が不安になり風評被害が広がる。さらに朝日が煽る。風評被害が拡大する。この無限ループが現在も継続している。

朝日は「処理水」が科学的に問題だと言うなら、きちんと論評すべきだ。それができないなら、過去の「科学、振りかざすのでなく」(編集委員・佐々木栄輔)などの記事を取り消せと言いたい。そうして、科学的に安全だから風評をまき散らすのはやめようと、逆に書かねばらない。

しかし朝日は「処理水」の海洋放出を絶対に認めないだろう。認めた瞬間に「処理水」問題は終結する。原発批判の材料をひとつ失うことになるから。

結局は、自社のイデオロギーが最優先で、福島の復興など何も考えていないのが朝日だ。そんな朝日が「地元との対話を重ね、住民の声に誠実に耳を傾ける。そんな姿勢なくして理解は得られまい」とはよく言うわ。

関連
 「朝日新聞は科学よりもイデオロギーと感情優先
 「朝日新聞よ 反原発でもいいがウソは書くな!
 「朝日新聞が福島復興を語ってはいけない
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百舌鳥・古市古墳群
TBS系列で放送されている「世界遺産」。国内外の世界遺産を紹介する番組。12月15日の放送は、7月に登録された「百舌鳥・古市古墳群」(大坂府)だった。

定塚記事
これを紹介している朝日新聞のTV欄が余りに酷い。筆者は定塚遼。「たんまりと富や権力を得た生は、さぞ手放し難かろう。生きた痕跡として巨大な墓を造り、次に行く世での安寧を願うのも、さもありなん」「名も無い私(定塚のこと)の墓が跡形も無くなった後も、彼らの墓は残り続けるだろう。生前の富と権力が、何千年にもわたって民との違いを生み出し続ける」

定塚の所属などは知らないが、それにしても酷い記事だ。

権力者が市民(左翼用語としての)から財を搾取し、自らの権力を見せびらかすようなモニュメント(墓)を、市民を酷使して造らせた。こんな発想が出てくるのは、定塚が根っからの共産主義者だからだろう。

「普通の日本人」には出てこない発想だ。TV番組の紹介・解説記事に、ここまで自らの思想丸出しで書かれると、おもいっきり引いてしまう。

国家のみならず邑でも何でも、その形成には中心的な役割を担う人物や氏族がいるは当然だ。大和朝廷の成立過程で天皇家が果たした役割は大きい。歴史の流れの中で、現在の日本がある。歴史とはそういうものだ。定塚が思うような権力者なら、その家系が続くわけがない。

「百舌鳥・古市古墳群」の中心的な大山古墳は仁徳天皇陵に比定されている。仁徳天皇に関しては日本書紀に「民の竈」の逸話が載っている。事実かどうかは別にして、こういうことの積み重ねが、日本人の皇室への敬愛に繋がっているのは確かなこと。新天皇即位の各種式典への「普通の国民」の反応を見れば分かることだ。

オレはこの番組を観たけど、普通に古墳群を歴史的遺産として紹介していた。まあ、そんなに目新しいことを言っているわけではなかったけど。それにTBS的な変な偏向もなかった。

定塚個人がどんな思想を持ってようと構わないのだが、TV番組紹介を利用して共産主義のプロパガンダのようなことを書く。朝日にありがちな記者ということ。定塚は近年の開発により古墳が破壊されそうになったとき、地域住民が保存を熱望したという事実(番組でも紹介されていた)をどう考える?

TBSは朝日に抗議した方がいいぞ。番組を貶める以外何もない記事だ。

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朝日新聞の「パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで」という記事で、小島慶子が世論調査部長・前田直人にインタビューしていた。内容は以前朝日新聞が行った「韓国が好きか嫌いか」みたいな調査について、韓国の反感を招くみたいな意見が読者から寄せられたかららしい。

まあ、前田直人の言い分も、小島慶子の意見もどうでもいいのだが、前田の回答の一部に吹き出しちゃうのがあったので。

小島の「好悪を尋ねる調査結果を報じることで、嫌韓感情をあおることにはならないですか」との質問に、前田は「ネットを使う人が増え、(中略)偏った認知に基づくラウドマイノリティー(声の大きな少数者)の意見が拡散され、感情的な空気が作られていくことを懸念しています」だそうだ。

思わず「お前が言うな!」と言いたくなった。ラウドマイノリティーの声を大々的に報じ、サイレントマジョリティの声は一切報じないのが朝日ではないか。それに、朝日自身がラウドマイノリティーではないか。

何が「感情的な空気が作られていくことを懸念しています」だ。朝日が「捏造・ウソ」も交えて報じることで、感情的な空気を煽っている事実。さらに前田は「エコーチェンバー現象(自分と同じ意見ばかりが目に入る現象)や認知バイアス(自分の意見が主流と誤解する)が生じる」などと言っているいるが、これもまさしく朝日自身のことではないか。典型的な「お前が言うな!」。

前田は盛んに「科学的根拠のある世論調査」と言い、小島が「世論調査結果と実感がズレている場合、どちらがより客観的データに基づいているかを考えることが重要だ」とまとめる。

本当にそうだろうか?

つまりは、前田・小島が言う「科学的根拠のある世論調査結果が事実」には前提条件がある。それは「きちんとした母集団からの抽出ならば」だ。「平日のまっ昼間に電話に出られる人」がきちんとした母集団であるはずがないのは明らか。朝日を始めとした左翼紙やTVのワイドショーに毒されている人たちからいくら抽出しても、「科学的根拠」のある調査にはならないぞ。

そんなことも理解できていないから、自社の調査結果と選挙結果が違うと受け入れられず右往左往する。

2017年の衆議院選で、「安倍首相の続投を望まない」が多数という朝日の調査結果に対し、逆に自民党が大勝したときに、選挙結果が「おかしい」的な民意を無視した記事を連発した朝日。惨めな現実逃避だった。

特定の母集団から抽出した世論調査結果と、選挙結果のどちらが「民意」と言えるかは明らかだ。前田の言う「科学的根拠」もこの程度のもの。それなのに「偏った認知に基づくラウドマイノリティーの意見が拡散される」などと、朝日自身のことを言っているかのような戯言を言う世論調査部長。

世論調査に意味がないとは言わないが、朝日のように「世論を誘導する」との傲慢な考えを持っている連中には、その結果すらきちんと理解できていない証拠でもある。

前田は編集委員の時「政治断簡」(コラム)の執筆者のひとりだったが、世間ズレしたことを書いていた。みのもんたを政治家が恐れたとか、前原と枝野の民進党(当時)党首選で、左右から敵陣に攻め入る形に見えてきたとか。

こんなのが世論調査の結果をきちんと分析できるわけもない。なぜなら、こいつ自身が「エコーチェンバー現象と認知バイアス」に浸かりまくりだからだ。

朝日はいい加減、年功序列人事は止めたらいかが。せめて世論調査部長には数理統計学くらい勉強させろよ。

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朝日新聞って、本当に日本が嫌いなんだなぁ。いつも思うことだが、またまたこじつけでお花畑論を振りかざす朝日新聞。12月8日の「ローマ教皇、かざした羅針盤」(日曜に想う)を読んで、改めて実感した。筆者は編集委員の福島申二。

ローマ教皇・フランシスコが来日し、広島・長崎でスピーチした内容を絶賛している。

「今日の世界では、何百万という子どもや家族が、人間以下の生活を強いられています。しかし、武器の製造、改良、維持、商いに財が費やされ、(財が)築かれ、日ごとに武器はいっそう破壊的になっています。これらは途方もないテロ行為です」(長崎)。
「戦争のための最新鋭で強力な兵器を製造しながら、平和について話すことなどどうしてできるでしょうか。・・・武器を手にしたまま愛することはできません」(広島)。

尤もなことではある。これを受け、福島は「『安全保障上の現実』という言葉の僕になってはいけない。日本人は、日本政府はそうなっていませんか」だって。

教皇やキリスト教徒の皆さんを批判するつもりはまったくないが、「現実」を前にキリスト教が何をやってきたのか? 十字軍、異端審問、侵略の正当化。みなキリスト教が「現実」に対して行ってきた行動だ。

過去にいろいろあったから、現在の発言に意味がないとは言わない。言いたいことは、現在、慈しみの言葉を投げかける教皇(キリスト教)でも、いざ「現実」に向き合えば、どう行動するか? 特に不利益を自覚すれば、利を得ようとするだろう。

なぜバチカンはアーミッシュを嫌うのか? アーミッシュは教会に行かず聖書のみに生きる。教会に行かなければ献金も洗礼代も取れない。だから惨殺した。終戦後、GHQが送り込んだ司祭のひとりが犯罪(殺人)を犯したとき、バチカンはどうしたか? 国外逃亡をさせた。

バチカンも「現実」を前にすればエゴを出す。

福島が「現実」を言うなら、もっと言わなければならない国がいっぱいあるだろう。ところが、福島がそういう国々を批判することはない。福島が決して批判しない国々の軍事的挑発という「現実」を前に、「現実につき従う僕になるな」と言う非常識の方が恐ろしい。「現実」には「現実的対応」が当たり前。

「理想と現実」のギャップは大きい。理想論のみを言っていればいい福島とは訳が違う。政府は国民の生命・財産などを保護しなければならない。そんな政府が「理想論」のみ語っていれば解決する問題などない。

近所で空き巣が多発していれば、防犯対策を強化するのが当然のこと。「世の中に悪い人はいない。そう信じていれば空き巣も入らない」と考えるのは勝手だが、これは「現実的対応」ではないことは明らか。でも、福島はそう言う。そう考えない日本人や政府を批判する。究極のお花畑論だ。

福島は教皇の言葉を使い日本批判しただけのこと。教皇にも失礼だ。まあ、教皇の言葉は素晴らしいと言うだけなら、朝日の記事にはならない。事実に角度をつけて、何でもかんでも日本批判に結びつけてこそ朝日の記事になる。そんな福島や朝日の性根が嫌いだ。

*朝日新聞、及び福島申二批判であって、教皇・キリスト教(教徒)批判ではないのでお間違えなく。

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朝日新聞が参院選の「一票の格差」3.0倍を高裁レベルが概ね許容(合憲)したことに反発している。12月7日の社説「参院定数判決 政治の怠慢を許すのか」がそれ。

「格差3倍とは3分の1の価値しかない投票権をもつ人がいることを意味する」などと、尤もらしいことを書く。これはこれで否定しないが、じゃあ原則論に従い1.0倍にしろというのか? そうしようとしたら、東京は30議席、四国地方全体で2議席とか、中国地方全体で6議席になるかも(厳密に計算したわけではない。あくまでイメージ)。

これでいいのか? という議論も当然起る。「3.0倍なんてけしからん」もいいけど、朝日はどうしたいのか? 何も言わない。2倍ならいいのか? 2倍だって、価値は半分だぞ。

なんとなく原則論を言い批判する。でも「じゃあ、どうする?」は言わない。全議席を全国比例代表にする? その時の政治の安定性はどうする? 安定性よりも一票の平等性を重視する? 選挙区が広すぎて、過去の全国区が銭酷区と呼ばれたみたいになるけど? じゃあ、道州制にする? など、様々な議論が出てくる。

こういうことを喚起しないで、批判だけしてもまったく意味はない。朝日お得意の批判のための批判でしかない。そして、判決批判を装いながら、結局は政府・自民党批判に話は流れていく。朝日が言いたいのはここだろうな。批判できれば何でもいい。

当然考えなければならないのは、首都圏などの大都市圏に人口が集中する問題だろう。経済活動や利便性を考えれば、ある意味当然と言える。これを地方への移動性をどう促進していくかを考えずに、定数問題だけを論じることに意味はない。

また参院の役割も考慮しない議論も意味はない。

アメリカ上院の格差は約70倍。各州人口に関係なく定数2。上院は各々の州民全体の意見を代弁させるとの考えだ。憲法規定でOKになっているので、反対者はいるだろうが揉めはしない。

だから参院の3倍なんて許容されると言うわけではないが、参院の役割も各県全体の代表との考えなのだから同じではないか。自民党が一時言っていた憲法に書いちゃえは、ここから来ている(と思う)。ひとつの考え方ではある。

つまりは定数問題(格差)は、特定地域への集中問題があり、その解決なしに議論しても意味がないと言うこと。先に書いたように、東京30議席、四国全体で2議席でもいいのか? それでも良ければ1.0倍にすればいい。朝日はそれでもいいんだな。

選挙のたびに提訴する特定弁護士連中もそうだが、究極の平等の先に何を求めているのか。それは共産主義かな。共産主義が理想の平等社会だなんて考えているとしたら、それこそ世間離れすぎる。

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朝日新聞の箱田哲也は論説委員で国際社説を担当している。国際社説担当という割には視野が狭く世界を俯瞰できない。なぜなら日本を貶めることが主目的だからだ。

そんな箱田の得意とする手法は、韓国を擁護することで日本を貶めるというもの。韓国のことを書くときは、必ず「日本も悪い」とセットになる。だから韓国がどんなにバカなことをやっても、結論は「日本も悪い」。こんなのは韓国を甘やかすだけで、決して韓国のためにならないのは明らかなのに。

それでも箱田は韓国を擁護し持上げることで、日本を貶めようと一生懸命にくだらない記事を書く。11月24日のコラム「社説余滴/日韓、米国頼みのたそがれ」。内容は韓国がGSOMIA破棄を取り止めたことを書いている。

箱田が書くのは日韓とも「どっちもどっち」。日韓ともアメリカ頼みで、この問題を解決しようとした。そして「見苦しい米国頼みの習い性は、いい加減改めるべきだ」だそうだ。

今回の韓国のGSOMIA破棄騒動は、韓国が勝手に騒いで暴れて、そして勝手に堀にに落ちたようなもので、日本に何の非もない。なぜ同等に扱うのか?

箱田は「日韓高官が順々にワシントンに詣で、『告げ口外交』を展開した」と書く。日本は自らの立場を説明しただけだろうが。それに対し韓国はアメリカに仲裁を頼んだ。しかもウソを並び立て「日本が悪い」から何とかしてくれと。

事の本質は何か? すべて韓国の問題だ。ここに触れないばかりか、日本側にも問題がある的に書く。「日本も悪い」って書いても、韓国の異常性は隠せないぞ。

ゲームコーナーで「このゲーム勝ってくれなきゃ帰らない!」って大騒ぎする子供に、箱田は「分かった、買ってやる」という親らしい。これに味をしめた子供は、毎回毎回色んなところで駄々をこねるようになる。それでも「分かった、買ってやる」が箱田の答えだ。

元ソウル支局長の牧野愛博も、この件に関して同様に韓国の問題には触れないコラムを書いていた。(「朝日新聞の『韓国通』牧野愛博のすっからかんコラム」参照)

朝日新聞ってこんなヤツらばっかり。韓国に譲ることが良好な日韓関係とでも思っているのか。朝日にしてみれば、日韓関係は悪い方がいいのだろう。そうすれば、いつでも「日本が(も)悪い!」って書き続けられる。

反日で国内をまとめ北との赤化統一を目指す文在寅。反日は結果的に文の失政(経済政策・外交政策)を隠す手立てにもなっていた。しかし、それでも隠しきれないド素人外交。

こんな文のことをスルーして「日本も悪い。どっちもどっち」と書く論説委員。朝日の記者なんて楽な仕事だな。

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朝日新聞11月25日の「日韓GSOMIA維持 危機免れたが、日米韓に禍根」(記者解説)読んで、相変わらずの韓国目線と内容の無さに呆れるばかり。何が言いたいのかもさっぱり。筆者は牧野愛博。牧野はソウル支局長だったので韓国通らしいが、この程度で何が「記者解説」なのかとも思う。

牧野の結論は「日米韓には危機を直視した関係の立て直しが求められる」とのことだが、韓国が勝手に騒いで日米との間をぎくしゃくさせただけ。すべての責任は韓国にある。ここに触れないで何を書いても意味がない。

韓国がアメリカに不満を持っているだとか、韓国の言い分をこれでもかと書くが、それもこれも文在寅の外交オンチのなせる技でしかない。経済失政に加え、こういう外交の失敗について何も書かない「解説」って何???

文が目指す「北との赤化統一」。その一環としての反日政策。それでもアメリカは「理解してくれるだろう」との勝手な解釈。こんなド素人外交に付き合わされた日米こそ、いい迷惑でしかない。

牧野は日米韓が軋んだところで、中国やロシアがそれを利用しているなどと書くが、そんなことは韓国が8月にGSOMIA破棄を言い出した頃から分かりきっていたことで、何を今さら感しかない。

牧野が言う「日米韓には危機を直視した関係の立て直しが求められる」の主役は韓国だ。文が「北との赤化統一」を目指している限り、日米に何を求めてもどうしようもない。しかも文は反日を使い韓国国内をまとめ、北との統一に利用しようとしている。

このような国に日本が積極的に協力できるわけがない。また、トランプも文をまったく使用していない。それはG7での「文在寅という人は信用できない」「なんで、あんな人が大統領になったんだろうか」発言からも明らかだ。

今回は文が最後の最後でアメリカと手を切れなかっただけ。それは文が北との統一に向けて突っ走るには韓国国内情勢が悪いからだ。それは自らの失政が原因。でも習近平や金正恩が好き勝手言ってきたら、唯々諾々と従うだろう。それが文だ。

良くも悪くも韓国が勝手にひとりで騒いでいるだけの状況なのに、「日米韓」などと括る「韓国通」の限界を示したコラムと言うしかない。

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安倍首相の通算在任日数が憲政史上最長となった。これに朝日新聞が歯ぎしりしているようだ。11月25日の編集委員・国分高史の「最長政権が残したもの 国民的要請、安保法制にあったか」(記者解説)は、悔しさ満載の惨めなものだ。

国分は過去の長期政権である吉田茂・佐藤栄作・中曽根康弘・小泉純一郎と比較し、何ら実績がないという。強いて言えば、「アベノミクス」による経済指標の改善だが、短期的な済指標の改善なんか実績じゃないと書く。逆に、安保法制や集団的自衛権の解釈改憲など批判ばかりだと腐す。

まあ、あれだけ紙面で「アベノミクス」を効果なしと書いておきながら、こういうところでは指標が改善していると言う国分(朝日)のツラの皮の厚さには呆れるが・・・。

国分が挙げる過去の宰相の実績である講和条約(吉田)も、国鉄民営化(中曽根)も朝日新聞は大反対していたではないか。講和は東側諸国も含めた完全講和だと言い張り、国鉄民営化は悪名高き国労・動労と一緒になって騒いでいた。

そんな朝日が、それらをしれっと「実績」として書くことに、何も感じていないことに驚きだが、それが朝日と言ってしまえばその通りかな。まあ、朝日のご都合主義は今に始まったことではないから。

また、国分は河野洋平を引っ張り出して批判させるが、こういう手法はいい加減いしろと言いたい。なぜ自分の言葉ですべて書かない? 自分じゃなく河野が批判しているとの逃げ道を作っているのか? 「記者解説」などと銘打っているくせに。編集委員などとの肩書きのせくに惨めなヤツだ。

それに国分も書くように、過去の長期政権の実績事例も当時は多くの反対論があった。朝日新聞はその筆頭だった。でも、時間の経過を経て誰もが認める「実績」と評価されるようになっている。安倍政権は現在進行形の内閣なのだから、その評価は後世の判断に委ねる方が適切だ。

国分は安倍首相が在任最長を記録したことが悔しくて仕方ないようだが、これが民意であることを忘れてはいけない。こんな負け惜しみ感満載の惨めな文章を書くなら、なぜ朝日の論調は「普通の国民」には受け入れられないのかを、真摯に反省・考えた方がいいと思うぞ。

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月刊Hanadaの12月号に載った元産経新聞・石橋文登氏の「安倍新内閣の『起爆装置』」を読んで、いかに朝日新聞の論調が薄っぺらく、底が浅いかを再認識することが出来た。

9月の行われ安倍内閣の改造人事を中心に分析しているものだが、その中で国家安全保障局(NSC)の新局長に任命された北村滋氏の人事について、朝日とはまったく違った視点での分析になっている。

ちょっと比較してみる。石橋氏は外交と防衛・安全保障を政権の両輪として動かす前提で、北村氏の起用を特に日露交渉の打開策として外務省ルートだけではなく、諜報機関ルート(内調と露連邦保安庁)、防衛省と露国防省ルートを加えた3ルートを駆使して進める手はずだと読む。

さらには、日韓、日朝交渉も含め、首相直轄のNSCが外交・安全保障の基本戦略を練ることで、日本の外交はより能動的・機動的になると書く。

それに比較し、朝日は「NSC局長交代 『首相主導』を過ちなく」(9月17日社説)で、起用の意図を「首相官邸の関与をより強化する狙いがあるのかもしれない」程度しか書けない。しかも北村氏は特定秘密保護法の整備に携わったから反対だと言う。本音は「嫌いだ」と書きたいのだろうが。

そこには日本の外交・安全保障を、首相がどう考えての人事だとかの論調はまったくない。そして、その起用を「~かもしれない」「~(だと)すれば」と仮定の話を連発して批判する。結局は、批判のための批判でしかない。
(「朝日新聞が『勝手な仮定のみ』で批判している 」参照)

なんと薄っぺらく底が浅いのだろう。

しかも、この社説の締めが「NSC会合の議事録を残せ」だって。アホか。朝日のためにNSCが世界情勢を分析してるんじゃないし、なんで手の内を公開しなきゃいけないのか。朝日が入手したら、すぐにでも中国や北朝鮮にばらしちゃうじゃないか。

もちろん、雑誌記事と社説では位置づけも違うし文字数も違う。それにしてもってこと。朝日の社説・記事の底が浅い理由は簡単である。朝日は「まず批判」で社説・記事を書くからだ。一番安易なもの。深い取材も分析も食い込みも不要。表面ツラを批判すれば済む。いざとなれば、朝日お得意の「捏造」「ウソ」を紛れ込ませればいいし(苦笑)。

まあ、これが朝日の実力なんだけどね。

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朝日新聞が11月14日掲載した書籍の広告が批判を浴びている。ガンの新治療法を謳ったもの。

朝日広告
「イタリア人医師が発見したガンの新しい治療法」「ガンは真菌だ!」「重曹でガンが消えた!」などと、驚きの言葉が並ぶ。まあ、誰がどんな本を書こうが出版しようが自由だ。また、どんな内容の本であろうと一定数の読者は存在する。

この本を読んだわけではないので詳細は知らないが、複数の医療従事者から批判が出ている。そりゃそうだ、「ガンは真菌だ!」だなんて・・・。

それを広告として掲載する以上、新聞社にも責任が生じるのは当然だ。朝日は広告掲載基準を公表していないが、本業が大きく傾いている現状では広告料が得られるなら「何での載せる」が基本方針のようだ。

過去の例として、捏造記者・植村隆を扱った週刊文春と週刊新潮の広告から、「朝日」「捏造」の2文字を黒塗りにしたことがある。こんなことをしてまでも広告料は欲しい。最近では、韓国の批判記事を掲載した週刊ポストを紙面でボロクソに批判しておきながらら、広告には「韓国なんて要らない」とそのまま載せている。

さすがに小川榮太郞氏の「徹底検証『森友・加計事件』朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」は広告を載せたくないから「スラップ訴訟」を起こしている。係争中の案件については朝日以外も載せないようだから。

朝日は現在「不動産屋」と揶揄されるくらい本業が傾いている。今年の上半期のデータでは、朝日は約558万部とされる。これは「押し紙」込みの数字で、実際には400万部を切っているなんて噂もある。

こんな状況の朝日だから、広告料収入が喉から手が出るほど欲しいのは理解できなくもないが、だからと言って自らの責任が免責されるわけではない。

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富山県朝日町で予定されていた評論家・竹田恒泰氏の講演会が、妨害予告により中止となった。内容に関し朝日町はオープンにしていないが、北日本新聞と竹田氏本人によると「ガソリンを撒く」という「脅迫」とのこと。

あいちトリエンナーレでも同様の脅迫があったことや企画展(表現の不自由展・その後)が一時中止になったことから、「表現の自由が傷つけられた」と朝日新聞は大騒ぎした。

しかも、「脅迫」の類いと「まっとうな批判」をごちゃ混ぜにし(と言うか意図的に混同させるように書き)、「日本ヘイト」「人権侵害」「名誉毀損」としか思えない作品群を擁護した。

今回の「脅迫」による「言論の自由」侵害に関し、朝日新聞はアリバイ作り程度にベタ記事で淡々と報じただけ。今後、社説で批判しないといけないのではないか? あれだけ「表現の自由がぁ~!」ってやってたんだから。

個人的には「反日・侮日なら表現の自由は無制限」論者の高橋純子が、本件をコラムに書くことを期待する。竹田氏の日ごろの言説や講演タイトルが「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」を考えれば、高橋の大嫌いな「日本の素晴らしさ」を話す予定だったことは容易に想像が付く。

さらに竹田氏の経歴(明治天皇の玄孫)から、長い皇室の歴史や伝統、文化なども講演の主要なテーマだと考えられる。これも高橋が大嫌いな内容だ。

高橋が心の中で「日本を持上げる言論は制限されて当然」と考えていてもいいけど、「脅迫による言論の自由の侵害」は批判しないといけない。まあ、スルーだろうな。高橋がスルーするだけでなく、朝日自体もスルーかもね(アリバイ作りのベタ記事のみで、以後は何も報じない)。

それにしても、以前から散発する「脅迫」「暴力(を匂わせる)」で言論を封じようとする行為は慎まなければならない。どのような考えの人でも、違う意見を「暴力」や「脅迫」で押しつぶすのはダメなことだ。当然、右派も左派も。結果的に自分の首を絞めることになるから。

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朝日新聞編集委員・駒野剛のコラムを批難したが、その2回目。
(「朝日新聞・駒野剛の「権力監視がぁ~!」には笑える」参照)

駒野はコラムで「新聞記者はニュースを報道するのが仕事でである。ニュースは政治家や官僚や企業トップといった権力者がネタ元になることが少なくない。権力は腐敗や独裁という『毒』と無縁でない。記者は毒を見抜き批判する監視者でなければ読者の信頼を得られない」と偉らそうに書いている。

その2日後(11月1日)、朝日の社説は「閣僚連続辞任 長期政権の緩み極まる」と菅原経産相、河井法相の相次ぐ辞任を批判している。いずれも週刊文春の報道に端を発している。朝日は両大臣の「疑惑」に関して何を「監視」していたのか? 見事なまでの「他人のふんどしで相撲を取る」だな。

駒野は権力監視のできない無様な自社記者を批判しないのか? 再教育施設にでも送ったらどうだ。共産主義を信奉し、中国大好き記者ばっかりなんだから、朝日社内にもあるんじゃないの?(笑)

まあ、朝日の社説で唯一評価できるのは「週刊文春によると」と正直に書いていることのみだな。

他紙(誌)がスクープした内容に基づき批判すればいいのなら、新聞記者などこんな「楽な仕事」はない。朝日は社説内で河井元法相の妻・案里議員の「疑惑」に対し、「(文春の報道が)事実なら」としれっと書く。なぜ事実確認を行わない。記者を大量に送り込めばいいではないか。

他紙(誌)に先行されたからと言って何も書いてはいけないわけではないが、後追いをしっかりやり事実関係を確認、何なら新証拠を掴むくらいやって書けば、もう少し説得力もあがるのに。

そうでなくても、現実社会(世界)を見ることなく、自社思想に基づいたお花畑論調をしていればいいのだから、やっぱり新聞記者など楽なもんだな、駒野よ。

駒野の偉そうな物言いコラムの2日後に「文春によると」「事実なら」とはね。駒野の見解が聞きたいぞ。

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朝日新聞編集委員・駒野剛の10月30日のコラム(多事奏論)「権力監視 幕末・・・記者を志した若者、その後」を読んで、朝日は誰が社説や記事・コラムを書いても「相変わらずだなぁ」との印象。

コラムは幕末に新聞記者を志した若者が明治維新後に記者になり、その成功と挫折みたいな感じのことを書いている。別にこの内容について言うことはない。

しかし、コラムの最後の最後で「新聞記者はニュースを報道するのが仕事である。ニュースは政治家や官僚や企業トップといった権力者がネタ元になることが少なくない。権力は腐敗や独裁という『毒』と無縁でない。記者は毒を見抜き批判する監視者でなければ読者の信頼を得られない」だってさ。

すべてを否定する気はないが、朝日記者の思い上がりも垣間見ることが出来る内容だ。

まず、「新聞記者はニュースを報道するのが仕事である」ならば、なぜ事実をそのまま伝えない? なぜストレートニュースにまで「角度」を付けて、印象操作をしようとする? そう言えば、自社の印象操作記事に引っかかって、間抜けなツイートをしていた編集委員もいたな(爆笑)。

なぜ事実に基づいて論評しない? 「~であるならば」とか「~だとすれば」などと、自分の勝手な仮定を入れ(しかも自分の思想に基づく)批評する?

それに駒野が書く「権力者」に抜けている職種がある。それは「新聞記者」だ。自称・ジャーナリストと言ってもいい。事実に基づかない内容(簡単に言えば捏造)を垂れ流し、それを元に散々批判することで、大きな被害を被った人は大勢いる。朝日に限って言えば、慰安婦捏造により日本人全体を貶めた。福島第一原発の事故では、吉田調書の意図的曲解、科学的見地を無視した記事の数々で風評被害を拡大させてきた。

こんなことは一般人にはできない。新聞だからできたことだ。駒野は「新聞記者が権力監視者でなければならない」言うなら、自分らも監視される対象だと認識しないといけない。しかし身内の不祥事は決して記事にしない。逮捕者を出しても書かない。

それに、朝日に数いる捏造記者の中で、クビにならずにノウノウと余生を過ごした(ている)ヤツが何人いる? 身内に甘い権力者が、他の権力者を監視するだと? 自惚れるのにもほどがある。傲慢と言ってもいい。

自分の捏造に自分で始末をつけず(つけられず)、お仲間を集めた「自称・第三者」に大甘提言を出させるようなヤツらが、他人について何を監視するのか? まずは身内の不祥事でもしっかり監視してからものを言えと言いたい。

駒野よ、「事実を事実として報道する」のが記者の最低限の仕事だ。これすらできていないのに、偉そうなことを抜かすな。

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朝日新聞が天皇陛下の即位を内外に知らしめる「即位礼正殿の儀」を社説で批判している(10月23日「即位の礼 前例踏襲が残した課題」)。

朝日が言うには「国民主権や政教分離の原則にそぐわない」。さらには、来月予定されている大嘗祭いついても、国事行為にすることに批判的だ。別に朝日の思想に「そぐわない」でも、国民の大多数が受け入れていること。これは日本の永きに渡る伝統と文化の賜物である。

この儀式などにより「信教の自由」が阻害されるわけでもない。同様に政教分離を明確にしている米国で、大統領が就任式で聖書に片手を乗せ宣誓するのと同じ。これが米国のキリスト教を主体にした伝統と文化だから。

日本の伝統や文化よりも「共産主義」にシンパを感じ、願わくば天皇・皇室を廃止して「共和制」を目指している朝日は、「普通の国民」心情からは大きく乖離している自覚もない。相変わらず上から目線で傲慢なことを言う。

今回の朝日の論調は共産党の主張とうり二つだ。共産党の機関紙「しんぶん赤旗」の「『即位の礼』儀式 憲法に抵触」(10月22日)は、朝日と同じことを言っている。

赤旗の方が事細かに種々批判しているが、言っていることの基本は同じ。「政教分離」以外にも、「天孫降臨神話に由来する高御座から国民の代表である三権の長を見おろす形」「三種の神器が置かれる」など。さらには恩赦への批判も一緒。

ここまで言ってることが同じとなると、朝日の素性が分かるというものだ。

共産党は明確に「天皇制廃止」を綱領に謳っている。そんな政党の機関紙と朝日の論調がここまで同じとは。朝日の論説委員やら年寄り連中が、未だに「共産主義」に憧れている様子がマジマジと分かる。中国や北朝鮮を無条件に称賛し、ソ連を始めとした旧東欧諸国の体制も批判しなかった朝日。あんなの共産主義でも何でもない全体主義(スターリン主義)でしかないのに。

こんな連中が侮日・反日記事で懸命に国民感情を煽る記事を乱発するが、気付けばお仲間の年寄りしか読者は残らない。朝日が「普通の新聞」などと誤解していた読者は、どんどん離れていくだろう。

日本の伝統と文化を破壊したいと考えている連中が書いている新聞など、受け入れられるはずもない。

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あいちトリエンナーレが閉幕した。いろいろ議論を醸した「表現の不自由展・その後」は、朝日新聞のダブスタ・身勝手さ・傲慢さなどをさらけ出しただけだった。

ダブスタ・身勝手・傲慢などは、今に始まったことではないけど、今回は余りに酷かった。過去の「表現の自由」に関する社説での言及との整合性などお構いなし。侮日・反日なら「表現の自由は無制限」みたいな言い分に終始。

特に10月16日の社説「あいち芸術祭 閉幕後も山積する課題」での、「明らかにそれ(定義づけてきたヘイト)に当たらない作品をヘイトと指弾することは、自分が気に食わないから取り締まれと言うだけの暴論でしかない」は看過できない。

つまり今回の各展示は「何の問題もない表現の自由」と結論づけたと言うこと。日ごろの朝日新聞の売りである「(過度な)人権擁護」をも捨て去る勢いだ。

今回の種々の作品でないがしろにされた「人権」は、朝日新聞によってさらに傷つけられた。朝日は逆に「傷つけられた表現の自由」などと言い募る(9月27日社説「あいち芸術祭 萎縮を招く異様な圧力」)。呆れるばかりだ。

さらには、作品により誹謗中傷され「名誉毀損」された人々には目も向けない。朝日の「人権がぁ~!」は、結局は自社都合でしかないと言うこと。侮日・反日のためには何でもあり。これが逆の展示(例えば韓国や中国からみ)だったら、朝日がどんな対応だったかは想像に難くない。

まあ、朝日は言論機関でも何でもなく、ただの左翼プロパガンダ紙でしかないが、身勝手に「ヘイト」を定義づけるのは絶対に許されない。今回の作品(の一部)が、何をもって「ヘイト」でないのか。

朝日も過去に「無分別な表現は、個人や集団、民族などの名誉や尊厳を傷つける『暴力』にもなりえる」と書いている。これと今回の展示の数々は、何がどう違うのか? 明らかに「個人や集団、民族などの名誉や尊厳を傷つける暴力」(つまりヘイト)だろうが。

朝日が乱発する悪意あるウソ記事・捏造記事が「表現(報道)の自由」として通っている現状こそ「表現の自由が傷つけられた」ではないのか? 結局は、侮日・反日のためなら「表現の自由は無制限」と言う朝日こそ、「表現の自由」を傷つけている張本人だと言うこと。

今回の展示に関する抗議を「自分が気に食わないから取り締まれと言うだけの暴論でしかない」と言う朝日は、保守派言論人がどんなに暴力的で脅迫的な抗議を受けても気にも留めない。もちろん報道しない。これも朝日から言わせれば「表現の自由」(表現・報道しない自由)なのだろう。

それも当然。朝日にしてみれば、何より重要なのは「侮日・反日」だから。その上に「朝日にとって都合が良いか悪いかが判断基準」なのだから始末に負えない。

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朝日新聞9月27日の社説「あいち芸術祭 萎縮を招く異様な圧力」に関しての2回目。
(「朝日新聞の『表現の自由がぁ!』には笑うしかない」参照)

朝日は、あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」の中止を批判し、その後の文化庁の補助金不支給も批判する。そして「このまま10月14日の会期末を迎えれば、表現活動が不当な攻撃に屈して終わることになる」「圧力をはねのけ、傷ついた表現の自由を回復するために、第一歩を踏み出すことが肝要だ」と社説を締めた。

「不当な圧力」と書くけど、脅迫の類いと批判はきちんと区別しないといけない。朝日は「脅迫や執拗な抗議」というような言い回しで、この辺を曖昧にしている。

もちろん「脅迫」がダメなのは言うまでもない。しかも「暴力」を臭わせるような物言いは決して許されない。ただ、こういうものと「まっとうは抗議・批判」を同じ土俵の乗せ「不当な圧力」と言うのは間違いだ。

今回のような自社思想にマッチしたものへの抗議は「不当な圧力」となるが、右派の表現者・論客の講演会が抗議で(しかも暴力を臭わせるような)中止になっても、決して記事にしない。当然だとでも考えているかのようだ。

特定の右派団体の行き過ぎたデモや集会などを「ヘイト」として大々的に報道するが、沖縄で暴れている左翼活動家連中の違法で暴力的な活動は「市民団体の抗議活動」などと書く。彼らがどんな「抗議活動」をしているかは絶対に書かない。

擁護が追いつかないときは話をすり替える。慰安婦問題がその典型だ。「強制連行」が否定されると、自由がなかったから「広義の強制性」などと言い出す。それも否定されると「女性の人権問題」と言い出す。

立憲民主党(当時は民進党)の蓮舫に二重国籍問題が持ち上がった時も同様だった。国会議員が国籍法違反を犯していたにもかかわらず、「人権侵害」と話をすり替え擁護した。蓮舫のウソにウソを重ねた言い訳を「説明が揺れた」と書いたのには笑ったけど。

記者連中も、新語・流行語大賞で「保育園落ちた。日本死ね」が受賞したとき、日ごろ「批判するときほど冷静に。一番やってはいけないのは、死ね、殺す、殴るなどの言葉を使った段階で正当性を失う」と偉そうに言っていたヤツ(伊丹和弘)が、途端に「子育て世代の悲痛な叫びであるゆえに大きな共感を生んだ」とか言いだす始末。

このように朝日の「ダブスタ」はいつものことだ。そのすべてが、自社にとって都合が良いか悪いかが判断基準になっている。

朝日の記者連中はこういうことを何とも思わないのだろうか。普通なら「恥ずかしい」と思うものだが。まあ、なんとも思ってないんだろうな。「不当な圧力」「傷ついた表現の自由」などという裏で、自社批判には「スラップ訴訟」を仕掛けるような新聞社だからね。

言論人としての矜持などを求める方がどうかしているということだ。

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あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が中止されて以来、「表現の自由がぁ~!」と騒がしい。先日、文化庁が補助金の支給をしない決定をしたことで、また一部が元気になってきた(苦笑)。

代表が朝日新聞だ。9月27日も社説で「あいち芸術祭 萎縮を招く異様な圧力」と題し、本質論から外れた批判をしている。

「表現行為や芸術活動への理解を欠く誤った決定である。社会全体に萎縮効果を及ぼし、国際的にも日本の文化行政に対する不信と軽蔑を招きかねない。ただちに撤回すべきだ」と鼻息が荒い。

また朝日は愛知県が設けた検証委員会の中間報告(「展示が政治的色彩を帯びていても、公金の使用は認められる」など)をとうとうと書くが、こういう検証委などを絶対するおかしさ。

確かに朝日は、自社の不祥事(捏造など)のたびに「第三者委員会」と称する身内を集めて、自社に都合のよい提言を出させるのが得意だ。しかし、他人の検証では「第三者ではない!」などといちゃもんをつける。結局は、自社の都合で「良い第三者委」と「悪い第三者委」を選別しているだけのこと。こういうことを恥ずかしいとも思わないところが、「普通の国民」から相手にされない理由だ。

ちょっと話が逸れてしまったが、「表現の自由」は決して無制限ではない。朝日もかつては「ある人々による風刺表現が、別の人々に侮辱と受けとめられる」「(表現の自由は)どんな場合でも無制限というわけではない。無分別な表現は、個人や集団、民族などの名誉や尊厳を傷つける『暴力』にもなりえる」「自分にとっては当たり前に思える常識や正義が、他者にとっては必ずしもそうではないという想像力。それがあっての表現の自由である」と書いた。(「朝日新聞の「表現の自由」に関する安定のダブスタ」参照)

ところが朝日にとって最優先されるのは、決して正論ではなく自社の思想。つまり反日・侮日なら途端に無制限になる。だから補助金を出せと騒ぐ。「補助金が出ない=不適切な展示」との認識が広まるのだけは避けたいのだろう。

朝日は「表現の不自由展・その後」の展示物である昭和天皇のご真影を焼き、その灰を踏みつける映像や、特攻隊員の寄せ書(日の丸)を貼り付けた「間抜けな日本人の墓」などを「表現の自由」と本気で考えているのか?

どう見ても「表現の自由」を逸脱していると判断されるし、しかも昭和天皇や特攻隊員らへの「人権侵害」も甚だしいではないか。本来なら「人権屋」とも揶揄される朝日こそが、これらの展示に反対しなくては、今までの言説とまったく整合しない。過度なまでに人権を振りかざす朝日が、こういう人権侵害・名誉毀損に対しは無視を決め込む。

すべては自社の思想が判断基準だからだ。自社が「弱者」認定したものに対しては過度なまでに擁護するが、その反対ならこの有様だ。

こういうことを恥じないのが朝日新聞が朝日新聞たる所以だ。朝日は2度と「表現の自由がぁ!」「人権がぁ!」とか言ってはいけない。

関連
 「朝日新聞が『表現の自由がぁ~!』と言う愚かさ
 「朝日新聞・高橋純子の侮日なら『表現の自由は無制限』

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福島第1原発の「処理水」問題に関して、小泉進次郎(環境相)が前任者の「海に放出するしかない」発言を謝罪するというポピュリストっぷりを晒しり、松井大阪市長(日本維新の会代表)が大阪で受け入れる可能性発言をしたりと、最近注目されている。

そんな中、朝日新聞がとんでもない論調を載せた。「科学、振りかざすのでなく」。筆者は編集委員の佐々木栄輔。

「処理水」問題は「『科学』を振りかざし、空中戦の議論を繰り広げても解決につながらない」「科学や技術の専門性を盾に一方的な理解を求める態度が問題をこじらた」だってさ。

過去の東電の対応などを散々なじった挙げ句、「東電なんか信じられない。だから東電のやることなすこと全部認めない」。つまりは「科学じゃない!」ということらしい。

小池東京都知事が「豊洲移転」に難癖を付けたのはいいが、二進も三進もいかなくなり「安全だが安心でない」と言いだしたのを思い出す。ただ、小池はただの人気取りの施策だったのに対し、朝日(佐々木)は真の「反原発原理主義者」「反原発カルト」なのでたちが悪い。

朝日は反原発イデオロギーのためだけに東電と原発を悪者にし、福島第1原発は常に「問題がある」状態(いつでも批判できるよう)にしておきたいだけ。そのためには風評被害も煽るし、科学論より感情論を優先する。福島復興など二の次と考えている節さえ見える。

もうこうなると何を言ってもムダなこと。聞く耳持たないとは、こういうヤツらのことを言う。科学的・論理的・理詰めで説明しても、絶対に「うん」とは言わないだろう。

世の中、様々な規制で守られている。水道水中に含まれる塩素を中心とした化学物質は水道法などの規制値以下だから、我々は「安心」して飲んでいる(美味い不味いは別の話)。同様に、色んな食品に添加物が加えられているが、食品衛生法の規制値以下だから「安心」して食べている。

しかし、原発「処理水」に関しては「科学ではない」と言う。感情論でしかものを語れない人間が記者をやっている。

こういう朝日新聞がウソ・捏造も含め、風評被害を煽ってきた主犯でもあると言うこと。「処理水」を海洋放出をすれば、朝日は死に物狂いで批判し(しかも感情論で)、結果的に風評被害は拡大するだろう。朝日はそんなことはお構いなし。福島県関係者のことなど考えない。自社思想が最優先だから。

「処理水」問題は政治が判断・解決するしかない。しかも早急にだ。「普通の国民」は理解してくれるだろう。問題なのは、朝日が煽る風評被害をどう抑えるかと言うこと。中身はないが人気はある小泉進次郎が的確に発信すればと思ったが、前述のようなノータリンポピュリストなので・・・。

朝日が反原発でも何でもいいのだが、ウソも交えて「感情論」のみで風評被害を煽るのだけは止めろ! と言いたい。

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朝日新聞9月26日の社説「自民の新体制 改憲ありきは許されぬ」を読んで、相変わらずバカな新聞だなぁとの感想。

自民党の憲法改正推進本部長に細田博之・元幹事長、憲法審の会長に衆院は佐藤勉・元国会対策委員長、参院は林芳正・元文部科学相を充てる人事を示し「改憲ありきだ!」と批判する。朝日が「護憲派」という名の「お花畑派」なことは周知だが、その批判内容が陳腐すぎて嘲笑ものレベルだ。

朝日は改憲議論が進まないのは「改憲に前のめりな首相の姿勢」「首相側近の不用意な言動」が原因だとする。朝日と同じ「お花畑派」野党のボイコットに等しい憲法審査会拒否に触れることはない。

いつになっても「だって安倍首相が悪いんだもん」としか言えないのか。朝日の論説委員連中のレベルが分かるというもの。

朝日は自民党がここ5回の衆参選挙で改憲を公約に戦い、勝利した事実を忘れているようだ。都合の悪いことはすぐに忘れる。まあ朝日にすれば、「こんなの民意じゃない」と毎回書いていたくらいだから、選挙結果なんて無視なんだろう。

公約したことをやらなければ、それはそれで批判するくせに(苦笑)。今年の参院選で自民党は「強い経済で所得を増やす」との公約を示したが、アベノミクスは失敗だ何だと原真人を中心に散々書いて来た。それなのに「憲法改正を目指す」との明確な公約に関して「やるな」と言う。

公約に書いてある「憲法改正」を目指すのは自民党からすれば当然だろう。朝日がは憲法改正に反対なら「何故不要なのか」をきとんと提示すればいいだけのこと。

それなのに人事でこの人はああだこうだとか、自公で3分の2が取れてないじゃないかとか、まったく本質論で批判できない悲しさ。挙げ句に、「(安倍)総裁の任期が残り2年となるなか、政権の遺産づくりという思いが先立つ『なら』、本末転倒というほかない」だってさ。「~なら」と勝手な推定を基に批判している(最近の朝日社説の目立つ表現)。

改憲の是非を判断するのは朝日ではなく、国民だということをお忘れなく。

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強制起訴された東電の旧経営陣に対し、東京地裁が無罪を言い渡したことを朝日新聞が批判している。9月20日の社説「原発事故判決 釈然としない無罪判断」。

争点は津波被害を予見できたかだが、判決では国の機関が02年に公表した「三陸から房総沖のどこでも巨大地震が起こり得る」との見解(長期評価)を、根拠を欠き信頼性に疑問があると指摘。原発は社会生活や経済活動を支える重要なインフラであり、旧経営陣に運転を止める義務はなかったと結論づけた。

これに対し、朝日がいちゃもんをつけようがどうでもいい。朝日は自身の社論(原発廃止)を押し通せばいい。別にどうでもいいことだ。

言いたいのは、朝日は原発に対し「ゼロディフェクト」を求める余り、社説内で「確率は低くても、起こり得る危機に対する鋭敏さをどう培うか」と書いていることだ。これは原発だけでなく、安全保障にも言えることだ。北朝鮮のミサイルしかり、中国の尖閣諸島への意欲など、同じことが言えるだろう。

でも朝日は、北朝鮮のミサイルを軽視し、中国の尖閣諸島への意欲を無視する。これはどういうことだ? 安全保障面を強化しようとすると「危機を煽るな」などと一生懸命抑えようとする。

ところが原発になると途端に「確率は低くとも無視するな」と言い出す。原発では「無視するな」で、安全保障では「無視しろ」はどういうことだ。国民の生命・財産に大きな影響を与えるのは同じだろう。

朝日のいつものダブスタだ。

あの津波が起こる確率と朝日が捏造記事を載せる確率は、朝日の捏造の方が確率が高い。過去に朝日は、いったい何件の捏造記事を載せたと思っているのか。

「原発に未来はあるのか」と書く朝日に「朝日に未来はあるのか」と聞きたいものだ。

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朝日新聞9月18日の社説「福島事故調査 原発規制に生かさねば」は、相変わらず東電を悪者にして原発廃止に誘導しようとする姑息な記事だ。朝日が原発廃止を社論にしようがどうでもいいのだが、事故直後から事実を都合よく曖昧にしてきた姿勢を今も続けている。

大きな事故を起こした福島第1原発はGE社(ゼネラル・エレクトリック)製だ。このGE製の原子炉にはベント設備がなかった。GEの原子炉は酷かった。様々な問題(原子炉の応力腐食割れ、シュラウド割れ、発電用タービン破損など)を起こし、それらをひとつひとつ対策していったのは東電と東芝だ。その過程でベント設備も付けられた。

朝日は事故直後、原子炉がGE製であることを知っていて書かなかった。ベント設備がなかったことを「日本では原子炉溶融は起きないという認識の甘さ」と東電批判の材料にした。ベント設備を付けたら付けたで、「海外の動きに押されて」やっと付けたと批判した。

朝日が原子炉がGE製だと書いたのは、事故2年後(2013年)だったと記憶している。このときもGEの責任逃れ発言を載せた挙げ句、「東電がいかに安全に無関心か」みたいな印象操作をしていた。

本当にどうしようもな新聞だ。この一連の記事を主導したのは竹内敬二(当時編集委員)。現在は退職し反原発活動に勤しんでいるようだ。

過度に東電を擁護するつもりはないが、GEから押しつけられた原子炉に安全対策(ベント設備含む)を施していったのは、実は東電(と東芝)なのだ。しかし朝日は原発廃止論への誘導策として、東電をことさら悪者にした。

今回の社説でも「ベント設備は電力会社が自主的に設けたものだ。その設計や施工に問題がなかったか、東電が事故対策の重要性を真剣に受け止めていたのか」などと書く。

ベント設備は東電が「自主的に付けた」ことは認めたが、その設計や施行、安全認識がどうだったのかなどとイチャモンを付ける。GEの欠陥炉(言い過ぎかな)への言及は一切ない。確かに東電の責任で動かしているので、東電の責任が減少するわけではないが、こういう東電の対策努力は認めないといけない。

事故の本質は外部電源の喪失で、設備の配置が問題だったことは周知のこと。この配置はGEの設計だ。本来なら原子炉の件も含め、GEをPL法で訴えてもいいくらいだ。しかし原子力賠償法に「電力事業者以外は賠償の責任はない」とあり、PL法の適用外となっている。

朝日はこのような一連の事実をすべて知っているくせに、「原発は危険だ」との世論形成のために、「東電の安全認識の甘さ」と批判を繰り返した。東電が表立って反論できないことを承知の上でのことだから、性根が悪いとしか言いようがない。

朝日は反原発記事でも様々なウソを書いてきた。非科学的なことをもっともらしく書き、風評被害を煽ってきた(と言うか進行形)。一部記者のSNSは酷いの一言。これらも含め、相変わらず自分らの思想のためには事実を歪める朝日の体質がにじみ出ている。

朝日新聞よ、事実を書け。そして事実に基づいて論調・論評せよ。世論を誘導するなどとの傲慢な心を持つな。謙虚になれ。記者連中も勘違いするな。お前らはただの民間会社の社員でしかない。自覚しろ。

蛇足だけど、原発事故直後鼻血を出していた山本太郎や雁屋哲、井戸川克隆(元双葉町長)などは、現在もお元気のようで何よりです。

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