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真面目なことから いい加減なことまで、適当に綴っているブログ

カテゴリ: 朝日新聞の妄言・虚言・戯言


5月1日からの新元号が「令和」に決まったにとに付随して、採用されなかった他案が各メディアで報道されている。

そんな中、朝日新聞は他案の「広至」(こうし)を「こうじ」、「万保」(ばんぽう)を「ばんほ」と報じた。明らかな間違い、誤報なのだが・・・。(朝日新聞DIGITAL)

これに対して朝日新聞は「おことわり」と題し、「朝日新聞は複数の政府関係者の証言に基づき報じましたが、別の関係者への取材で『こうし』『ばんぽう』だったと分かりました」だってさ。

「間違えました」もなければ、「お詫びして訂正します」もなし。何これ? だって関係者が「こうじ」「ばんぽう」って言ったんだもん。オレは悪くないぞってことらしい。

自分らの取材不足だろうが。情報源(関係者)に責任を押しつけようと言うのか。本当に恥ずかしい上に、みっともない新聞だ。

朝日は過去の色んな捏造や誤報から何も学んでいないということ。ちょっと古い話だが、高校の日本史教科書が検定で「日本軍が華北へ『侵略』が『進出』に変更させられた」と大騒ぎした時と同じ言い訳をしている(実際には検定前から『進出』だった)。

この時も、検定本を見ることが出来ず関係者の証言で報じたが(云々)と言い訳し、自らの間違い(誤報)を薄めようとした。さらにはお得意の論点のすり替え(文部省(当時)の検定が悪い!)を行い、自己正当化を図った。

この時は他紙も間違ったが、責任転嫁・論点のすり替え・開き直りなど、朝日の態度は酷かった。

なぜ素直に間違いを認め「ごめんなさい」と言えないのか? どこぞの民族のように、謝ったら負けだとでも考えているのか? こういう姿勢は自分の首を絞めるだけ。廃刊への歩みを早めるだけだろう。まっ、それはそれで構わないけどね。

*4月3日22:00時点で、既にこの「おことわり」は削除されているようで見られない。もう朝日としては、なかったことになっている(苦笑)。

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5月1日の皇太子殿下ご即位に伴い施行される新元号が「令和」に決まった。

ただ、その意味や込められた思いをいくら説明しても、またどんな名称になったとしても、気にくわない連中はいるものだ。

朝日新聞・鮫島浩は「命令、指令、司令、令状、令息、令室・・・。令のつく言葉。どこか息苦しい。その下の和がつくと、さらに息苦しい」だって。 こいつは何に決まってもいちゃもんをつけただろうから、どうでもいいけど。

ただ、鮫島のご両親も「浩」と名付ける際には、多くの思いを込めたことだろう。広々とした大きな心を持って欲しいかもしれないし、なみなみと水が溢れる大海原をイメージしたかもしれない。

そんな「浩」を、だだっ広いだけの空虚なものとか、スッカスカだなとかひねくれた解釈をされたら気分はどう? ご両親の思いを侮辱されたようで気分が悪くなるのではないか。鮫島の言ってることは、これと同じことだと思うけど。

鮫島が元号が嫌い(廃止論者)だろうがどうでもいいが、多くの国民を不快にさせてまで、イデオロギー的な理由で批判するする。国民意識とのズレを感じることが出来ない人間が、新聞記者とかジャーナリストとか名乗ることの恥ずかしさを自覚した方がいいぞ。まあ、国民意識とのズレを感じられないからこそ、朝日新聞にいられるのかもしれないが。

鮫島以外にも、同様のいちゃもんやこじつけ、妄想をいろんな人が発信している。そんな人たちは、自分の名前の謂れに思いを馳せてみたら。

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朝日新聞の箱田哲也や中野晃の朝鮮半島(韓国・北朝鮮)目線には、呆れるばかり。米朝の雲行きが怪しくなってきた現在、またまた箱田哲也が「命がけ北朝鮮外交の成否」(3月22日の社説余滴)と、北朝鮮目線でコラムを書いていた。

まあ、はっきり言ってどうでもいい内容なのだが、やっぱり箱田は分かっていない。なぜ金正恩が米朝対話に乗り出したかを。箱田は「こと米国に関する北の情報収集力と分析力には舌を巻く。言わば命を懸けた外交で我々が学ぶべき点は多い」との韓国外交官の言葉を引用する。

「命を懸けた」はあながち間違いではないが、でもそんな大層なことではない。金正恩が「死の恐怖」を真に感じたからでしかない。2017年9月に米国B1B戦略爆撃機が北朝鮮の元山沖まで飛行したからだ。(「朝日新聞・箱田哲也の甘ぁ~い北朝鮮分析」参照)

北朝鮮目線で見ているわりには表面ヅラしか見てないのは、ひいき目に見過ぎだからだろう。こういうのを眼が曇っていると言う。

さらに日本の外交に対して、「圧力一辺倒の単調で来た安倍政権の対話と交渉能力は、残念ながらさび付いている」と書くが、これも明らかに目線がズレている。

日米の差は「軍事オプション」を持っているかいないかだ。経済制裁もボディーブローのごとく効いている。しかし、それ以上に金正恩が恐れたのは米国の「斬首作戦」というオプションだ。それをB1Bの飛行により悟ったのだ。だから金正恩は自らの命惜しさに動いた。

ところが、日本には「軍事オプション」がない。そればかりか、南(韓国)に「北朝鮮朝貢国」が出現したことだ。金正恩にとって、こんなラッキーなことはない。制裁の裏側で、どんどん貢いでくれる。だから軍事オプションがなく経済制裁しか出来ない日本に対して、強気に出られるのは当たり前。

これを「圧力一辺倒の単調」「安倍政権の対話と交渉能力はさび付いている」とはね。安倍首相腐しで書いているならいいが、本気でこう思っているなら国際社説担当(論説委員)なんて肩書きは恥ずかしすぎるぞ。

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朝日新聞は日本の伝統や文化が大嫌いなのである意味当然なのだが、元号を無くしたいと考えている。3月21日の社説「『改元』を考える 時はだれのものなのか」を読めば明らかである。

「『平成』といった元号による時の区切りに、そんな意味があるのだろうか」「歴史を振り返れば、多くの権力は時を『統治の道具』として利用してきた」「『皇帝が時を支配する』とした中国の思想に倣ったものである」「人々がそれ(元号)を使うことには服属の意味が込められた」

権力者と国民を強者と弱者に位置づけ、強者が主導するものは何でも反対。そして、渡辺清の「天皇の死によって時間が区切られる。時間の流れ、つまり日常生活のこまごましたところまで、われわれは天皇の支配下におかれたということになる」とダメ押しをする。これを引用するということは、朝日の見解と同様だからだろう。

朝日新聞としては、この勢いで「元号は廃止すべきだ」との結論に持って行きたいのが見え見えなのだが、「元号という日本独自の時の呼び方があってもいい」と、苦渋の言い分。

なぜか? 朝日新聞の世論調査で、「日常生活でおもに使いたいのが新しい元号だと答えた人は40%」もいるからだ。ちなみに西暦を使うは50%。西暦派50%も、ビジネス上西暦を優先すると言う人も多いだろう。朝日と同じ理由で西暦という人もいるだろう。世論調査からは西暦派の内訳は分からない。50%のすべてが朝日的元号論とは限らない。

自社の調査結果から、さすがの朝日も持論を全面的に出すことを躊躇したようだ(苦笑)。散々、元号文化を腐しておきながら、何を言ってるんだと思う。

「人間が集団生活を営むうえで、時をはかる『共通の物差し』は不可欠のものだ」と言う一方で、「しなやかな複眼的思考を大切にしたい」とも言う。こんな中途半端な言い方をしないで、「元号は廃止、西暦での一本化」と堂々と主張すればいい。

現在も主に元号を使う人、主に西暦を使う人は混在している。改元されても同様だろう(朝日の世論調査結果からも窺える)。こういう現実を知りながら、わざわざ「権力者が時を『統治の道具』として利用してきた」なんて書くほど元号という日本の文化・伝統が嫌いな朝日新聞。

朝日は西暦・イスラム暦・仏暦・ユダヤ暦などいろいろあるが、元号は改元があるからダメだ的なことを書いている。じゃあ「皇紀ならいいのか?」と突っ込んでおく。

関連
 「元号の話

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朝日新聞は、現在の日本は好景気とみているのか、不景気とみているのか? 正解は「自分たちの主張に合わせ、その場その場で答えを変えている」。

3月15日の社説「春闘低調回答 景気にもマイナスだ」を読むと、朝日新聞は日本は好景気だと捉えている。「6年続いた好景気」「(企業の)利益水準は依然極めて高い」「それなのに企業は賃上げに慎重だ」と大企業(経営者層)を批判する。賃上げをしなければ景気の腰を折る的なことまで言っている。

弱者に寄り添う(?)朝日新聞的には、強者=大企業経営者層、弱者=労働者(従業員)ということになる。まあ、この力関係の是非論は置き、朝日新聞は日本は6年も好景気状態だと認識していることになる。

あれっ? そうだっけ。朝日新聞はアベノミクスの効果は出ていない。本当に景気がいいのか? 的な記事を書きまくっていたはず(特に原真人)。コラムなどで盛んに、アベノミクス効果を否定していた。

安倍首相を批判しないと生きていけない朝日新聞は、絶対にアベノミクス効果を認めない。失業率が最低になっても、求人倍率が全国で1.0倍を超えても、「報道しない自由」を発動していた。最近は労働統計不正とからめて、「ほらね、数字をいじっていた」的なことを連日に渡り書いてきた(これは悪質な印象操作でしかないが)。

例として、原真人の記事。厚労省の統計不正を散々書いた後で、「都合のいいデータだけを取り出し、並べ立て、『成果』や『果実』だと宣伝するのが首相の得意わざだ。有効求人倍率が代表的である。倍率がバブル期超えの高さとなったことを、首相は『アベノミクスの成果』と誇ってきた。それが何度も繰り返されるうちに、国民の意識に『アベノミクスは成功』とすり込まれていく」。

原の記事を読めば、日本は言うほど好景気ではない。政府(首相)の「すり込みだ!」と言うこと。ところが、賃上げを抑えたい企業経営者(特に大企業)を批判するには、現在が好景気でないと都合が悪い。今まで散々腐していた景気感を、突然「6年続いた好景気」と言い、「賃上げをしない企業!」と批判する。

なんともまあ、都合の良い言い分ではないか。

「アベノミクス効果などない」「円安誘導のみの見せかけ」とか書いてきた記事のことなど、もう頭の中にはないらしい。大企業経営者(朝日認定の強者)を批判するためなら何でもありの世界(まあ、好景気だと書いても、アベノミクスの効果とは意地でも書かないけど)。

それにしても恥ずかしい連中だな。

他の大企業が賃上げを渋るなら、朝日新聞様がバァ~ンと賃上げすればいい。本業の新聞事業ではウソ記事ばかりで大赤字だが、不動産屋として大もうけしてるんだから。「6年続いた好景気」なので大幅に賃上げしろ! って、社長あての社説を書いたらいかが。

PS
朝日新聞とは関係ないが、アベノミクス景気・効果を認めないばかりか、景気回復は旧民主党政権時の景気対策によるもの、とか書いている自称・エコノミストがいることに笑ってしまった。日本の産業(特に製造業)が青色吐息だった時、無為無策で党内抗争をやっていた民主党政権の景気対策ねぇ~(苦笑)。

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朝日新聞や野党の厚労省の統計不正追求が、厚労省よりも政府批判に重きを置いていることに違和感を感じる。もちろん厚労省における原因究明・再発防止に、現在の政府が中心になって対応する必要があるが、それを「安倍内閣の問題」とするのはどうなんだろう。

十数年の続いてきた不正は、旧民主党政権時にも行われていた。それを考えれば、旧民主党の連中がこぞって安倍内閣を批判している姿は滑稽でしかない。自ら投じたブーメランが、自らの後頭部に突き刺さっている惨めな姿を何度も見せている。

普通に考えれば、政府・与党とともに一緒になって再発防止に取り組むことが野党(特に旧民主党)にも求められることではないのか?

確かに、各種の検証を主導しているのは現政権だが、それを批判ばかりしていても何の実りがあるのか。だったら、一緒になって検証に加わることを提案すればいいのにと思ってしまう。

ところが野党はそういう姿勢をいっこうに見せない。現政権を批判すれば、自らが評価されると思っているようだが、これはまったく見当違いと言うものだ。これまでも対案なき批判一辺倒で、国民の評価は上がったのか? 支持率は低迷し地を這い、風前の灯ではないか。

朝日新聞などのメディに求められるのは、野党と一緒になっての政権批判よりも政府への提案を含めた原因追及への協力ではないのか? それなのに、いっこうにそういう視点での記事はなく、ここぞとばかりの批判の嵐。鮫島浩などの一部の極左記者はツイッターで、アホかと思えるような極論ばかり(一応、個人の意見ということになっているけど)。そこには、「国民のため」という最も考えなければいけないことが抜けている。

国民のためには何が求められているのか? 朝日新聞が主導する「倒閣運動」ではないことだけは確かなことだ。

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朝日新聞の駄文コラム「天声人語」。執筆者は気の利いた「風刺」になっていると思い込んでいるようだが、タダの無知や偏見・偏向を晒しているだけ。

3月1日は米朝首脳会談が決裂したことを書いているが、その内容が「どこの国の人間?」と思わせる酷いもの。「最低男優賞の男」とタイトルが付いているが、こうも偏った物の見方をするヤツが記者を気取る朝日新聞。

首脳会談が物別れに終わったのは、朝日新聞的にはすべてトランプ大統領が悪いらしい(苦笑)。「主演、監督、脚本、さらにはプロデュ-スまで担う」ったあげく、「合意文書すらまとめ上げられない失態」「トランプ流の弊害」だそうだ。金正恩に付いての言及は一切ない。

すべてトランプが悪い? 金ぼうやに言うことはないのか? どこの国の新聞なんだと言いたくなる。外交交渉で一方がすべて悪いなど言い切る偏向。報道されている内容の、どこをどうみるとこうなるのだろうか。そんなに北朝鮮への制裁を解除して欲しかったのか。

それにしてもおかしなものだ。核武装した国へ見返りを与えよという論調への違和感。街の暴力組織がピストルやマシンガン、さらには迫撃砲やら対戦車ロケット砲、地対空ミサイルなどで武装。武装を解いて欲しければカネを出せって迫ったら、言うとおりカネを出すのか? こんなアホな話はない。つけ上がるだけだろう。

これは拉致問題にも言える。

TBSの「サンデーモーニング」で朝日新聞・高橋純子は「(拉致問題を)前に進めようと思ったら、日本が過去ときっちりと向き合うと。そこをどうするのかという姿勢がこれまで以上に問われてくる」と発言(要旨)。

この論調も明らかにおかしい。北朝鮮への戦後補償というのが必要なのかよく分からないが、仮に必要だとしても、それと拉致という国家犯罪となぜ同率に扱わないといけないのか。比較するべきものではないし、そもそも比較できないものだ。

誘拐犯に対し、家族を返して欲しかったら別件(戦後補償)名目でカネを払えと言っているに等しい。こんなバカな話はない。無条件に返せ! と言うのが当たり前。

比べものにならない件を、あたかも対等のごとく並べて論調する。言えばいかさま論調だ。見返り論的なことを言う人たちは、もともと(本質)論を忘れているようだ。カネを払う(制裁解除する)を交渉ごとの手段として用いることはあっても、それが優先することは絶対にない。当たり前の話だろう。

「北朝鮮は地上の楽園」と書きなぐっていた朝日新聞だから、シンパが多いんだろうが、こうも露骨だと「今も本気で思ってる?」と考えてしまう。

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朝日新聞に「波聞風問」というコラムがある。経済ネタのコラムで、原真人(編集委員)が恥ずかしいことをよく書いている(苦笑)。
(「朝日新聞・原真人よ、もっと素直になれよ(笑)」「朝日新聞・原真人の恥ずかしい安倍首相批判」参照)

そんな「波聞風問」で、原と同じくらいの恥知らずを見つけた。堀篭俊材(ほりごめとしき)という編集委員。朝日新聞にいると「恥」という言葉は頭から消えるらしい。2月26日の「統計不正 『第三者的』で疑念晴らせるのか」は、読む者すべてを「えっ?」と絶句させるだろう代物だ。

「不祥事が起きると『第三者委員会』が雨後のタケノコのように立ち上がる」「幕引きを図る舞台回しに使われるならば無用の長物となる」だってさ。そして、厚労省やJOCの事例を引き、「第三者『的』では疑念は晴れない」だそうだ。もう、究極の「お前が言うなっ!!!」。

第三者委員会と称する委員会を立ち上げ、責任逃れに使い始めたのは朝日新聞ではないか。「NHK番組改編捏造」で大甘見解を出せ、味をしめたことに始まる。みぃ~んな朝日新聞の真似をしているだけだぞ。

この「NHK番組改編捏造」では、明らかな捏造なのに「取材が十分ではなかった」などと大甘見解を出させ、記事の訂正も謝罪もしなかった。極悪記者・本田雅和も左遷だけでクビになっていない。当然、読売・産経のみならず、お仲間の毎日からも批判記事(社説など)を書かれたほどだった。

その後も何ら反省することなく、ウソ・捏造を繰り返してきた朝日新聞。

いよいよ「慰安婦捏造」で二進も三進もいかなくなると、またお得意の第三者委員会。またもや身内を集め、大甘見解を出させたのは周知の通り。特に林香里はひどかったな。こいつの「朝日の報道が国際社会に与えた影響はない」が、今の朝日新聞を支えているようなものだ。植村隆の記事も「捏造」と認めないひどいものだ。

そして当然のように、読売・産経のみならず、これまたお仲間の毎日にまで「自己弁護」と書かれる始末。

「独立検証委員会」(中西輝政委員長)からは「朝日報道はプロパガンダ。このプロパガンダによって国際社会に誤った事実が拡散し、日本の名誉を傷つけている」とされた。

また、第三者委員会報告書格付け委員会では、5段階評価(A~F)でDが3人、Fが5人という最低の結果になっている。久保田委員(弁護士:F評価)からは「第三者委員会とは言えない」と酷評されている。

こんな朝日新聞が他社(者)の「第三者委員会」を批判する。まさに、天に唾する物言いだ。呆れるばかりの恥知らず。まあ、これくらいの恥知らずでツラの皮が厚くないと、朝日の記者は務まらないのかもね。

鮫島浩や高橋純子を筆頭に、他社(者)を批判しながら、実は自己紹介になっている記事やツイートを得意にしている記者が多い。朝日社内では自社の不祥事など無かったことになっているようで、毎日誰かしらが「自分らのことは棚に上げて」他人を批判している。

恥ずかしい連中だ!

関連
 「朝日新聞は社説やコラムで自己紹介?(苦笑)
 など多数。

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朝日新聞を代表する駄文製造機・高橋純子の政治断簡ネタ。2月18日の「ええーっ?! あきれてみれば」について。

今回も突っ込み所満載だ(爆)。朝日新聞と言えば、いかにも尤もらしく記事を書くが、その実は本質からはずれたすり替えばかり。ミスリードが目的なのだろうなと、容易に想像がつく。高橋の駄文は本質ずらし以前、揚げ足取りに終始し結論も本質からあっちの方へズレまくり(苦笑)。ただ、高橋のバカさ加減、姑息さだけはよく表れている。

「6年前、数こそ正義! と暴走し始めた政治」って、これほど国民を舐めた物言いはない。この6年間で、何回国政選挙があったと思ってるんだ。暴走していると感じたら、国民は選挙で判断を示す。連続して国民が多数を与えた政権だと言うことを忘れてもらっては困る。

自分らが気にくわなければ暴走か? 選んだのは国民だぞ。ふざけるな! と言いたい。

東京新聞の自称記者・望月衣塑子を念頭に置いたと思われる内閣記者会への申し入れ書に関しても「いじめ体質だ」と書く。高橋的にはこれは「肥大化した身内意識」からくるらしいが、そのままお返しする以外にない。

あんな質問と称する自己主張や、事実に基づかない伝聞や噂話を基に延々と時間を浪費することに、高橋は「問題意識」を持たないようだ。これこそ新聞記者連中の「肥大化した身内意識」以外の何物でもない!

高橋がまず理解しないといけないのは、なぜ安倍政権が続いているのか? だ。それは国民の多数が選んだからだ。朝日新聞や高橋が気にくわなくても紛れもない事実だ。これ抜きに「暴走している」などと書くのは、天に唾する行為だ。

また、自分らが「国民の知る権利」などと嘯きながら、都合の悪いことは報道しない「報道しない自由」を謳歌し、「身内意識」で凝り固まっていることを国民はよく分かっている。分かっていないのは朝日を始めとする「自称・国民の代表」だ。オレからすれば「自分が見えない連中」でしかない。

高橋にはもう少し謙虚に自分を見ることをお薦めする。新聞記者は特権階級ではない。ただの民間会社の社員だろう。自らの仕事に自負や誇りを持つのは全然構わないが、それと思い上がりは別物だということ。

思い上がり勘違いしている記者こそ、国民から笑われていることをよく理解した方がいいだろう。

*高橋純子関連は多数あり。サイドバー上段の検索欄で「高橋純子」で検索してください。

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4月の統一地方選の愛媛県議選に、立憲民主党から立候補するという候補者が「末期ガンは生活習慣を改善すれば治る」「インフルエンザワクチンは効果がない上、除草剤が入っていて危険」という考えを持っていると、ツイッターで知った。

個人がどんな考えを持っていようと構わないが、そんな個人が公的な立場になるのは恐ろしい気がする(もちろん当選すればだが)。現時点で、この候補者について何をどうのはないが、この件で思い出したことがある。朝日新聞を代表する自称記者・鮫島浩のツイートだ。

鮫島の1月20日のツイートは、「厚労省の医師から『(インフルエンザの)予防接種はしない方がいい。俺は受けたことない。お金払って受けるなんて信じられない」と聞いた。検診も予防接種も医師や厚労省の話を鵜呑みにせず医療ビジネスの巨大利権の視点から検証が必要」と書いている。

はははっ、鮫島は気付いていないようだが、こんな矛盾したことを自称とは言え新聞記者が書いてるんだから、朝日新聞のレベルが分かるというもの。「医師や厚労省の話を鵜呑みにせず」と言うが、厚労省の医師(実在するのかも不明だが)の言い分を鵜呑みにしている鮫島。こういうのを矛盾という。

この医師の言い分が、ワクチンは効果があるとする普通の医師の言い分(というか科学的根拠)より信憑性があると判断した理由は何だろうか? 恐らく何もないだろう。自分の思想・主張に合っているだけの話。「権力の手先」である厚労省や「体制側」の医師を批判したいだけの話。

ある意味、この鮫島のツイートは朝日新聞の体質をよく表している。普通はインフルエンザワクチンに効果があるかないかは、それぞれの言い分(根拠)を吟味した上で判断しなければならないのは言うまでもない。当然、それは医学的・科学的にである。

ところが朝日新聞は、その判断を自分たちの主張に合っているかいないかでする。だから両論を書いて、こういう理由でこっちが正しい(可能性が高い)とはしない。自分たちの主張に合わないものは、はなから取り上げない。

慰安婦に関する吉田清治の詐話に対し、秦教授の検証論文には見向きもしない。加計学園問題では変態野郎の言い分はこれでもかと書くが、加戸前愛媛県知事・八田WG座長の話は記事にもしない。

その結果、朝日新聞は見るも無惨な赤っ恥をかいた。それでも懲りないのは、鮫島のような記者がごまんといるからだろう。鮫島は朝日新聞を代表する、朝日らしい記者ということになる(苦笑)。

こんな連中が、いつの間にか国民の代表ズラして「権力監視」などと嘯いている姿は、本当に滑稽である。

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2月24日に投開票された沖縄の県民投票。辺野古沿岸部の埋め立ての是非を問うもの。なぜ辺野古移設の賛否ではなく埋め立ての賛否なの?

まあそれはいいとして、結果は投票率52.48%、反対票が72.15%という結果に、朝日新聞を始めとした左派勢が歓喜している。朝日新聞は「政権は速やかに工事を止め、県や米政府と協議に入るべきである。県民投票の結果を、転換の礎としなければならない」(社説)と書いている。

朝日新聞は反対が沖縄の「民意」だとも言っている。まあ、今回の結果が「民意」なのは間違いない。ただ、その前提となる県民投票の内容や位置つけが微妙だけどね。公選法に基づく選挙に準じる投票ならまだしも、かなりいい加減な「アンケート」だし。もう少し吟味した方がいいと思うけど。

しかし言いたいのはそういうことではなく、朝日新聞が「民意だ民意だ!」と騒ぐことの滑稽さだ。

朝日新聞は過去の衆院選や地方選において、自分らに都合の良い結果は「民意だ」と言い、都合の悪い結果は「民意じゃない」と書いてきた恥ずかしい新聞だ。

例えば、2014年の衆院選は自民党が大勝したが、投票率が52.66%だったことから「こんなの民意じゃない!」と書いた。さらには社説で「民意は数の多寡だけで はかられるべきものではない」とまで書いた。

こんな朝日新聞が、今回の県民投票の投票率が52.48%なのを無視するダブスタ。まあ、朝日新聞からすれば、2014年の衆院選の沖縄選挙区では、投票率52.36%と全国平均より低いにもかかわらず、自民党が全選挙区で敗れた結果を以て「民意だ!」と、同じ紙面内に書いたくらいだから、気にもしていないのだろう。

まあ、朝日新聞に限らず毎日、東京もほぼ同じことを書いていたし、評論家を自称する左翼人も同様だ。普通の感覚だと、こういうのは非常に恥ずかしいことだと思うものだ。ただ、朝日新聞になると大喜びする異常さ。

ある意味、こんなに恐ろしいことはない。自分に都合良く「民意」を解釈し、国民・読者を煽る姿はゾッとするの一言だ。共産主義化を夢見るジジイ連中は遠からず消えていく運命だが、若い記者までも「反日=正義」のような間違った思想を持ち、しかも自分らが世論を誘導するなどという思い上がった考えを持っている朝日新聞。

こんな新聞には消えてもらう以外にない。

関連
 「朝日新聞のダブスタは相変わらず過ぎて笑うしかない
 「朝日新聞の言う「民意」って何??
 他、多数

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これまで何回も書いてきたが、朝日新聞のご都合主義には呆れるしかない。自分のことは棚にあげて、他社・他人を批判する恥ずかしいヤツらだ。政府の内閣記者会への申し入れに、都合のいいことばかり言っている。まあ、朝日が何を言ってもブーメランとして自らに刺さるだけなのに(苦笑)。

2月22日の社説「官房長官会見 『質問』は何のためか」は、朝日のご都合主義が爆発している。いろいろゴチャゴチャ言っているのだが、「(記者の)取材活動は、民主主義社会の基盤となる国民の『知る権利』を支えている」だってさ。笑っちまう。

「国民の知る権利」ですか。朝日は自らの胸に手を当てよく考えみろと言いたい。「国民の知る権利」より「朝日の報道しない権利」を優先して、都合の悪い事実は絶対に報道しない。それを編集権と言ってごまかす。

自分たちの都合の良いことのみ垂れ流し、事実が自分らの思想・主張に合わなければひん曲げ、それでも足りなければウソ・捏造する。こんな自称新聞社が、盛んに「国民の知る権利」を声だかに叫ぶ。滑稽としか言えない。

それと「記者は国民の代表として質問に臨んでいる」という東京新聞の見解を朝日も肯定している。ならば、自らの主義・主張を述べることが質問なのか? 事実に基づかない伝聞・風聞・噂話を政府(官房長官)に正すことが、まっとうな質問なのか? 記者というから何となくそれっぽく聞こえるだけで、ただの民間会社の社員でしかないだろう。

それも、自らは既得権益にしがみつき、様々は利益を得ていることに勘違いし、いつの間に「国民の代表」に成り上がった気になっている愚か者。取材と名付ければ、何をしてもいいような気になっている傲慢な連中。そのくせ「国民の知る権利」などと偉そうなことを言っておきながら、自らは都合の良いことしか報道しない。

「記者は国民の代表」? 朝日新聞には頼んでいない。当然東京にも。自惚れるのもいい加減にしろ!

関連
 「朝日新聞が『国民の知る権利』とは笑ってしまう
 「国民の知る権利? 笑わせるな!
 など多数あり

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人間は間違える。しょうがないことだけど、これをいかに防止するかをメーカーは必死に取り組んでいる。もちろんメーカーだけではないが、原因究明から再発防止まで、徹底的にやっている。

ところが「お詫びして訂正します」という魔法の言葉で済ませてしまう業界がマスコミだ。いや、表に出さないだけで内部ではやっていると言う社もあるのだろうが、商品(情報)を買ってくれた消費者(顧客)に言わないで済ませられると考えているとしたら驚きだ。

朝日新聞を例に出すが、他社・他人が何がしかの間違いを犯した際に、徹底的に叩く。厚労省の勤労統計不正では「真相の解明なくして、再発防止も組織の再生も出来ない」と書いた。まあこれはこれでその通りなのだが、では朝日はこういうことを実践しているのか? まったく実践しているようには見えない。

直近の例を言えば、アマゾンなどのオンラインモールの記事で、出店小売業者への調査結果をまったく逆に報じた(利用料に不満有り38%を62%と、決済方法に不満有り15%を85%と)。大きな間違いで、数字を逆にすると記事の印象はまったく異なってしまう。でも「訂正してお詫びします」でお終い。なぜデータを取り違えたのか? 再発防止は? 何も言わない。

読者はこの情報をカネを払って買っている顧客だ。顧客に対し、こんな不誠実な対応はないだろう。普通の業界なら、契約を切られても文句は言えない。こんな甘い業界はうらやましい限りだ。

「訂正してお詫びします」ってマスコミでは魔法の言葉。これを言っておけば、原因究明も再発防止策も何もなくて終わりにできてしまう。自分らは、こんな無責任な対応しかしていないのに、他社・他人には「真相の解明なくして、再発防止も組織の再生も出来ない」などと偉そうなことを言う。こういうのを欺瞞と言う。そんなことにすら気づかない傲慢なマスコミ。

最後に「過失」と「意図的(作為的)」を一緒にするなと言われそうだが、朝日の数々の捏造(伊藤律のインタビュー捏造、サンゴKY事件、慰安婦問題の捏造、田中長野県知事メモ捏造、NHK番組改変問題、任天堂社長インタビュー捏造、福島第一原発吉田所長調書曲解、やらせ除染の捏造、森友・加計学園でっち上げなどなど)に対して、どう対応したかを思い出してもらえれば、「真相の解明なくして、再発防止も組織の再生も出来ない」など、どこ吹く風だということがよく分かるというもの。

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朝日新聞の「おま言う」と「論点のすり替え」はいつものことだが、こういう連中が記事を書き、論調をしていることが恐ろしい。他人に厳しく自分に甘い、いつの間にか被害者ズラをする典型的な連中で、「恥」という言葉を知らない。

2月8日の社説「官房長官会見 『質問制限』容認できぬ」は、そんな朝日の本領発揮といったところ。

首相官邸の報道官室が内閣記者会に「事実に基づかない質問は厳に慎んでいただくよう」求めた文書を出したことを批判している。オレ的には、自称記者の妄想質問や自己主張につきあわされる官房長官も大変だなと思うだけである。

朝日が批判するのは自由だし、好き勝手言う自由もあるので、まあいいだろう。ただ、言うに事欠いて「国民の『知る権利』の侵害でもある」「(安倍政権の)国民の疑問に正面から向き合わない姿勢の表れ」との言い分は笑止千万である。

朝日が「国民の知る権利」を守っているとでも言うのか? 「報道しない権利」を行使しまくり、自社に都合の悪いことは報道しない。さらには、事実を切り取り印象操作。事実が不都合なら捏造もする。

そんな悪事がバレても、何とか「自分らは悪くない」「自分らのせいではない」と言いつくろう。慰安婦捏造という悪事がバレても、訂正記事が検索されないようメタタグを操作したことなど、その典型と言えるだろう。このように、国民に向き合わないで責任逃れをする朝日が、他者に向かっては「国民の疑問に正面から向き合わない姿勢」などと書く滑稽さ。

普通の感覚では恥ずかしいと思うものだが、連中はまったく気にするそぶりもない。人間として腐っているからだろう。朝日は記者のSNS使用を推奨しているようだが、そこに溢れる異常な思想・思考の数々は驚かされることばかりだ。

朝日がどう論調しようが、他社・他人をどう批判しようがかまわない。しかし、自分らが他人を批判できる立場かどうかくらいは、きちんと考えなければいけないだろう。少なくとも、自分らが実践できていないことで、他人を批判してはいけない。

何回も書いているが「国民の知る権利の代理人として、私たち朝日新聞の責務は重い」(曽我豪)と言える立場にあるかくらいは、自問自答して欲しいものだ。

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朝日新聞の鮫島浩は暇すぎてツイッター中毒なのかな。わざわざ突っ込みどころ満載のツイートをして人が寄ってくるのを待っているかのようだ。まあ、そんなオレも吸い寄せられたひとりだけど(苦笑)。

2月2日のツイートも、鮫島をよく表している。
「官邸記者100人より彼女1人の方がはるかに権力監視の役割を果たしている」(要約)。彼女とは自称新聞記者の東京新聞・望月衣塑子。

何を以て「権力監視」と言っているのかさっぱり分からないが、鮫島は衣塑子を高く評価しているようだ。それは「嫌がる質問」をしているかららしい(他のツイートからそう読める)。

ふぅ~ん。「◯◯(週刊誌名)によると」とか「△△(他紙名)によると」とか質問している記者がねえ。さらには「▢▢ではないか?」とか「◇◇であると思うが(考えるが)?」って自説(憶測、妄想)を披露しているだけの記者が。だから活動家って揶揄されるんだろうが。

衣塑子みたいな記者ばっかりだったら、朝日の紙面は週刊誌ネタと妄想ばっかりになるけど、それも「反安倍」が貫かれていればいいのかよ。あっ、記者の妄想は現在もあふれているか(苦笑)。

「権力監視」って言葉、自称記者の活動家さんは大好きだね。佐藤圭もよく使うしね。でも、言葉は大層だけど、その実なにをやっているかと言えば、ただの「自己満」にしか見えない。それは自分の思想を都合良く「権力監視」と言い変えているだけだから。

そこには「事実を事実として報道する」も「事実に基づき論調する」もない。自称記者にとって「権力監視」って、都合の良い言葉だな。それに、菅直人とズブズブで、旧民主党政権時にヨイショしまくっていた鮫島が言う「権力監視」って都合良すぎるだろう。今後、枝野幸男が首相になったら(200%ないけど、万々が一)、鮫島も衣塑子も同じスタンスでいられるのか?

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朝日新聞編集委員・高橋純子の駄文を押しつけるコラム「政治断簡」。1月28日の「『やむをえない』の沼に対抗」も酷いものだった。以前のような自分の文章に自ら酔っているような気持ち悪さは少なくなったが、突っ込みどころ満載なのは相変わらずだ。

沖縄県が実施しようとしている辺野古埋め立ての県民投票において、「野党」の自民党が「やむを得ない・反対・どちらとも言えない」の3択を提示したことを「びっくり仰天」と大げさに嘆く。

理由は「やむを得ない」は強力なイデオロギーで、高橋自身が毛嫌いしているからのようだ。「現実を見ずに反対ばかりしているのは無責任だ」「批判するなら対案を出せ」と脅かされ、「やむを得ない」に誘われる。こんなことは避けなければならないと言っている。

でも、「現実を見ずに反対ばかりしているのは無責任だ」「批判するなら対案を出せ」って、至極当然だと思うけど。責任ある立場(国会議員やメディアなど)なら、「反対のための反対」で「反権力ごっこ」をしていることの無責任さを自覚すべきと思う。

まあ、朝日新聞や高橋などのように、「ごっこ」でも自分らが満足できればいいという、お気楽なポジションに安住していられる連中はいいなぁ。

ところで、本当に高橋は「やむを得ない」に対抗しているのか? 自身らも「やむを得ない」にどっぷり浸かり、逆に率先して実践してないか?

辺野古反対と叫ぶ朝日新聞や高橋は、那覇軍港の移設問題には決して触れない。代替え施設を浦添市に作り、那覇軍港は返還されるという、辺野古・普天間と同じ構造の問題。海も埋め立てるし、しかも埋め立て面積は辺野古の約2倍。

沖縄県はこの移設を容認している。「自然破壊を伴うが、経済効果などを考慮すればやむを得ない」だそうだ。朝日新聞は(高橋も)、これに異論を唱えているとは聞かない。どうした高橋、「やむを得ないの沼に対抗」しないのか?

これはほんの一例で、朝日新聞が報じない「やむを得ない」は山ほどある。辺野古周辺で活動する極左暴力集団を含むプロ活動家の違法な反対運動。こういう活動も「やむを得ない」と判断しているから報じないのではないか。山城博治が逮捕された件でも、「不当逮捕」だ「たった1・2歩」などと擁護したのは、山城の犯罪行為を「やむ得ない」と判断したからではないのか。

朝日新聞のシンパが「『やむを得ない』の沼に引きずり込まれないために、政治が、報道ができることはまだまだたくさんあるはずだ」などと書く高橋自身が、「やむを得ない」を許容しているダブスタに気づいていない。

自分たちに都合の悪いことは「やむを得ない」を実践している高橋が、何を言っているのか! 高橋は那覇軍港移設に関して記事を書いてみよ。反対派の違法行為を断罪してみよ。それなくして高橋は「やむを得ないはイデオロギーだ」とか「やむを得ないの沼」だのと書いてはいけない。恥ずかしいヤツだ。

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厚労省の勤労統計不正に対し、朝日新聞も4回に渡り社説で言及している(1月31日まで)。批判はもっぱら特別監察委員会が公表した調査報告がメインで、厚労省本筋への批判がまるでない(に等しい)。何でかと考えたら、不正期間内に旧民主党政権も入っているからだろう。

朝日新聞お得意の旧民主党政権への「忖度」ですな。他人の忖度には厳しいが、自分の忖度は気にならないらしい。朝日らしいと言えばそうだけど(苦笑)。まあ、特別監察委員会の調査だけで言えば、安倍政権での話になるので、ここしか批判できない訳だ。分かりやすくて笑ってしまう。

今や無能の代名詞になっている長妻昭も厚労相だった。旧民主党政権への批判を抑えて(しないで)、安倍政権を批判するのは難しいぞ。そうすると必然的に、真相解明手順などへの形式的な批判になってしまう。

それと、自分たちが政権に居たときのことをすっかり忘れ、他人事のように「安倍政権の問題」として騒いでいる立民と国民には呆れるしかない。一部アホ議員(辻元のことだけど)は予算を人質に取るかのようなことを言っているけど、恥ずかしいことだという自覚がないことが恐ろしい。

こんな旧民主党の連中に、朝日は言うことはないのか? ここでいつものごとくアホどもと一緒になって騒ぐのか、まっとうに厚労省を批判していくのか、朝日の取る道はどっちだろうか。考えるまでもないが、ちょっとした傍証を。

朝日に月1回連載している「新聞ななめ読み」で、池上彰はアベノミクスへの厚労省の「忖度」的なことを既に書いている。もっと以前から不正は行なわれていたというのに・・・。アベノミクス腐しと過去の「消えた年金」騒動をからめつつ、結局は安倍政権批判に持って行っている。池上の性根の悪さがよく表れている。

朝日もこの路線で行くんだろうなと、容易に想像がつく(苦笑)。

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朝日新聞1月19日の社説余滴を、あの「恥知らず」坪井ゆづるが書いていた。「『1月20日』がめぐりくる」だってさ。

何てことはない、朝日の捏造「モリカケ」を「幕は引けない」と熱弁。1年前(2018年1月19日)の社説余滴でも坪井は「責任の所在を明らかにしなければ、幕は下りない」と書いていたが、ご苦労なことだ。

相変わらず「疑念がいっそう深まった」しかない。「首相がウソをついたのか、政治責任を果たしているのか、行政の公平性は保たれているのかどうかなのだ」なら、朝日が証拠を出せば済む話。それなく「疑惑だ疑惑だ」。もう一生やってろ! って感じ。

安倍首相を批判するために、朝日は獣医学部の新設不可の「岩盤規制」を擁護した。国家戦略特区に対しても否定したも同然だ。さらには、日本獣医師会の圧力(1校のみ)は無視し、獣医師会から献金をもらい新規開設阻止に動いた野党議員の存在はスルーした。文科省の利権確保のために処分された変態人間を利用し、逆に加戸前愛媛県知事や八田WG座長の発言を黙殺した。

そんな朝日は、小川榮太郞氏の著書に対し言論で対抗することなく、裁判に訴えるという「スラップ訴訟」で言論封殺を行った。自分の言論の自由は声だかに叫ぶが、他社・他人の言論は封殺する暴挙。言論で対抗できない新聞社。惨めの一言だ。

惨めな朝日はスラップ訴訟の訴状で「原告(朝日)は上記両問題(森友・加計問題)について安倍晋三首相が関与したとは報じていない」と書いている。法廷闘争戦術としての言い逃れにしか見えないが、坪井は未だに「モリカケは終わらない」と言っている。会社との整合性など気にもしない。

不都合な発言は「報道しない自由」を謳歌し、変態人間の発言など「都合の良いところだけ切り取り」印象操作に終始する。これがどんなに恥ずかしいことかも自覚していない坪井が、何を言っても負け犬の遠吠えにもならない。

関連(多数あるけど一部)
 「朝日新聞・坪井ゆづるがまだ「モリカケ」言ってる(呆)
 「朝日新聞論説委員・坪井ゆづるの恥の上塗り
 「朝日新聞『安倍首相が関与したとは報じていない』って?

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朝日新聞がやっと社説で韓国駆逐艦のレーダー照射問題に言及した。1月25日「日韓防衛問題 冷静に摩擦の収束を」。タイトルを見て分かる通り、相変わらずバカなことを言っている。

朝日のバカな言い分は「日本側にも関係の悪循環を断つ責任はある。韓国側の訴えにも配慮する方策を考えるべきだろう」のようだ。そうしないと「未来志向の信頼関係は築けまい」だって。

韓国の理不尽なまでのいちゃもんに、日本側は辛抱強く対応してきた。これ以上付き合ってられない! ってなるのは当然だろう。日本側に何の責任があるのか。バカを言ってるんじゃない!

「偶発的な事故や誤解を生まないためにも、平素から独自のルールを定め、認識を共有する防衛交流を深めることが有効ではないか」になると、何を今さらって感じ。国際規定を破ってレーダー照射したのは韓国だ。国際規定を守れないヤツが、独自ルールなんて作ったって守るわけがないだろう。

朝日などの左派系マスコミが、何でもかんでも韓国を擁護するから韓国がつけ上がってるんじゃないか。ダメなものはダメと、きちんと叱ることが大人の対応であり、「少しくらいなら、いいよいいよ」などと言うのは、決して韓国のためにならない。

朝日がよく使う言葉に「日韓の未来志向」がある。もし、本当に朝日が「日韓未来志向」を望んでいるなら、なおさら韓国の悪行を咎めなければならないのは言うまでもない。それをしない朝日は、日韓の関係が悪化している方がいいのだろう。そうすれば、いつまでも韓国を利用して「日本が悪い!」と反日・侮日・貶日路線を続けられるわけだ。

それにしても、やっとレーダー照射問題を社説で扱ったかと思えば、相変わらずの論調で想像した通りとは言え、呆れるやら笑うやら・・・。

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朝日新聞・鮫島浩の言動(ツイート)には呆れるばかりだが、ここまで来ると・・・的なツイートが増えてきた。特に韓国のレーダー照射問題に至っては、親韓国と言うよりは反日・反安倍を剥き出しにしたツイートの連続。そこには「事実」や「客観的」などという記者としても基本など微塵もない。

昨年末のツイートも酷かったが(「朝日新聞・鮫島浩は行く着くところまで行った感じだな 」参照)、またまた異常なツイート。

1月22日のツイート(全文引用)。
「レーダー照射問題を一方的に公表し喧嘩を仕掛けたのは安倍政権である。反論され一方的に協議を打ち切るのでは子どもの喧嘩ではないか。ハナから国内の反韓世論を煽る狙いだった疑いが一層膨らむ。安倍政権と一体化して反韓を煽ったマスコミは最後まで真相追及する義務がある」。

鮫島ハンパなぁ~い!
「レーダー照射」の重要性をまったく認識していない。鮫島は自宅敷地内でコソコソしている2人組を見つけた途端、拳銃を突きつけられても平気らしい。

しかも拳銃を突きつけた方が「謝罪しろ!」って言ってることも、何も思わないようだ。朝日新聞が社説でこの件に触れないもの、韓国擁護をしたいのだが、擁護しようがないからだろう(徴用工判決の社説で、お互いが歩み寄れ的なことを1行書いただけ)。

いくら鮫島が反安倍に凝り固まっているからと言っても、ここまで来ると何をか言わんだ。韓国の「ガキ」のような対応が、反韓感情を自然と湧き出させているだけだろう。これが反安倍に凝り固まり、何も見なくなっている自称・ジャーナリストの姿だ。

「マスコミは最後まで真相追及する義務がある」は、鮫島が言いたいこととは意味が違うが、オレも「義務がある」と思う。それは、日本のEEZ内で何をやっていたのか? なぜ韓国駆逐艦は国旗・艦載旗を掲揚していなかったのか? 救難活動中との証拠は? 北朝鮮漁船・漁船員はどこに行ったのか? などなど。マスコミはまったく触れない。

鮫島はもちろん、これに対する答えを持っているんだろうな? それなく、意図的に反韓感情を煽ったなどと言ってるわけではあるまい。是非、ツイートしてもらいたいものだ。

鮫島の捏造・印象操作記事の数々は、さすがに朝日も擁護できなくなり、干されている鮫島が紙面に記事を書かせてもらえる日は、もう来ないだろうから。

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朝日新聞・鮫島浩と言えば、福島第一原発の吉田元所長調書を好き勝手に「曲解」し、「手抜き除染」のやらせ(捏造)を主導した自称・ジャーナリスト。社内で干され、その憂さをツイッターで晴らしている。

そのツイートは、もはや反日活動家と見間違うほどの内容。事実などお構いなく、自らの感情のみでツイートしている。こんなヤツが記事を書いていたのかと思うと、いかに朝日新聞が新聞の体をなしていないかよく分かるというものだ。

そんな鮫島が、竹田JOC会長の東京五輪招致にかかわる贈賄疑惑に関してツイートしている。これも感情にまかせてのもので、見るに堪えない内容ばかり。

その中でも、元日産・ゴーン被告と対比したツイートには呆れるばかり。「日産に損害が発生したか定かでない背任事件より、東京五輪をカネで招致した汚職事件の方がはるかに社会正義に反することは間違いなかろう」だそうだ。

竹田会長をすでに「有罪」だと言っている。おいおい、何を根拠に言っているのか? 何の根拠もなく他人を犯罪者呼ばわりすることに何の躊躇もない。感情論でも行き過ぎだ。自称・ジャーナリストには、他人を裁く権限でもあるとでも言うのか? 現時点でこういうことを言う神経が理解できない。

さらには「JOCを見逃しゴーンを逮捕した特捜部はやはり国家権力の手先なのだ」を見ると、何を好き勝手言ってるんだと呆れるばかり。

「国家権力の手先」などという表現をジャーナリストを自称する人間が使うことに驚きを禁じ得ない。それに、自分の気に入らない人や組織を権力側と見立てて、罵り口調で書くことの愚かさ。

じゃあ自分が「国家権力」とズブズブだった過去はどうなんだ? 菅直人の腰ぎんちゃくとして、好き勝手なことをしていたよな。

どんな政権時でも、常に反権力で通しているのならまだいいが、自分の都合で使い分けることほど惨めなことはない。こういう自分を恥ずかしいとも思わない自称・ジャーナリスト。

竹田会長に関しては、さらに血統やら家柄を揶揄するような、ヘイトスピーチととられても仕方ないようなツイートまでしている。鮫島本人は、自分の感情で好き勝手言って満足だろうが、朝日新聞は社としてこんなのを許していていいのか? もう「個人の考えです」では通らないと思うぞ。

過去に、数々の問題ツイートしていた冨永格にも、満足な対応ができなかった朝日新聞。批判が拡がらないと動かない体質のくせに、他社・他人には「対応がなってない!」的な記事を書く朝日新聞。やっぱり、こういう会社だから、鮫島浩みたいなヤツが居る場所があるんだろうな。

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朝日新聞は今日も平常運転。1月11日の社説「徴用工問題 日韓で克服する努力を」は、そう思わざるを得ない内容だった。韓国大法院が日本企業に賠償を命じた「徴用工問題」。本当は徴用工ではなく、出稼ぎ労働者問題だけど。まあ、それは一時置くとして。

韓国・文大統領が年頭の会見で「韓日両国が真剣に知恵をしぼらねばならない」と発言したことを受け、「両国が心を落ち着かせて考える時である」などと韓国に追従する。バカもいいところだ。

昭和40年(1965年)の日韓基本条約、請求権協定ですべて解決済み。落ち着いて考えても、これ以上でも以下でもない。朝日がどうにか韓国を擁護したいと考えても、それは無理な話だ。

「双方が歩み寄らねばならないのは当然だ」としか韓国を擁護できない朝日は、日本批判を始める。政府が請求権協定に基づく政府間協議を韓国政府に要請したことを、将来的な「第三国を交えた仲裁委や国際裁判」に持ち込む姿勢は「感情的なしこりが残る」「二国間での合意をあきらめるべきではない」。

最近のレーダー照射問題もそうだ。どう考えても韓国の悪質な行為であるのに「お互いが歩み寄れ」と言う。それしか言えない朝日も、本当は無理筋だと分かっているはずだけど。

もし朝日が真の日韓友好・親善を望むなら、こんなアホなことを言ってはいけない。韓国の異常さをきちんと指摘すべきだ。どんなに非常識で非礼なことをしても、日本の左派が擁護してくれる(守ってくれる)。これこそ、韓国がここまでつけ上がった一番の理由だろう。

朝日の論説委員連中は、何かというと約束を破り非常識な行為を繰り返す隣人に、いつも「いいよ、いいよ」と曖昧にすることが、「親友」になる最善の方法とでも考えているのか。そんな見かけ上の友人を信用できるのか。

朝日は日本卑下に韓国を長年利用してきた。それは結果的に日韓が友好関係を築くことを妨げてきた。もし朝日が真の日韓友好を望むなら、韓国に毅然とした態度を取ることではないのか? 日本に甘えるな! と言うことではないのか?

まあ、朝日には無理かな。日韓友好より日本卑下の方が朝日にとっては重要なことだからね。日韓にもめ事があった方が朝日にとってはいいわけだ。「日本が悪い!」と言ってれば、いい気分でいられる連中だから。

関連
 「朝日新聞・箱田哲也の韓国擁護も『だから何?』
 「韓国人・自称元徴用工の正体
 「朝日新聞は韓国批判よりも日本批判

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朝日新聞の「ご都合主義」「自分のことを棚に上げる」をいちいち取り上げてたら切りがないが、目に付いたので。1月6日のコラム「日曜に想う」は、「相変わらずだなぁ~」という感想しかない。筆者は福島申二。タイトルは「『上からの弾圧』より怖いのは」。

先の戦時中に治安維持法により一部俳人が「弾圧」された事例を引き、最近の政治状況を嘆き、最後に「『空気』の圧力は誰にも経験のあることだろう」と繋げる。福島の言いたいことは、「上からの弾圧」もあるが「世間にもある『同調圧力』的なもの」だということらしい。まあ、朝日新聞記者が書く、主観満載のコラムなのでいいだろう。

しかし、最後に言うに事欠いて「メディアもまた自己規制という『檻』を内部に抱えている」だと。自分らは「報道しない自由」を謳歌しておきながら、何を言ってるんだか。

自分らに都合の悪い事実は報道しない。悪質な切り貼りによる印象操作に終始する自分らの姿は、福島には見えないようだ。一昨年の日本記者クラブ主催の党首討論で、坪井ゆづるが大恥をかいた姿をもう忘れたのか? 相変わらず、都合のよい頭の構造をしている。
(「朝日新聞論説委員・坪井ゆづるの恥の上塗り」参照)

朝日新聞は沖縄・辺野古で行われている基地反対派の違法で暴力的な反対活動をまったく報道しない。他社・他人の不祥事は叩くだけ叩くが、自社の不祥事には口をつぐむ。そう言えば、論説委員のセクハラ問題はどうした? 外には「多様性」を連呼しながら、自らは「多様性」などまったく見られない偏狭な言説を続ける。

報道しない自由を謳歌しながら、メディアも自己規制を強いられてるなどと言っても何の説得力もない!

関連
 「朝日新聞編集委員・福島申二の『世間ずれ』

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元日の社説は各紙の1年の方針を表明するようなものだろう。これを考えると、朝日新聞は今年も反安倍で「捏造」も辞さない覚悟を表明した言える。1月1日の社説「政治改革30年の先に 権力のありかを問い直す」は、まさにそんな内容だった。都合良く事実関係をねじ曲げ、意図的に事実を隠す内容は朝日新聞のご都合主義を見事に表していた。

30年前に熱にうかされたように「政治改革」を叫んでいたのは朝日新聞。「政治改革」と称する「選挙制度改革」を絶賛していたのも朝日新聞。そんな朝日新聞が30年経った今、自らの言説を無かったかのごとく他人事のような物言いをする。さらには有権者(国民)にも責任があるかのような物言いまで。

まあ「普通の国民」からは一切信用されていない朝日新聞は、元々この程度なんだけど。でも看過できないことがいくつか。

まず、安倍首相の解散戦略が「改革の眼目の一つだったマニフェスト選挙を台無しにした」。これ明らかな間違いだ。マニフェストを潰したのは旧民主党だ。出来もしないことを「バラ色の未来」が待っているがごとく書きまくった挙げ句、何も出来なかった旧民主党政権。これがすべてである。その証拠に、旧民主党・民進党はその後まともなマニフェストを出していないではないか。

次に憲法53条の国会招集に関する件では、「憲法改正によらずとも、法改正で可能ではないか」だって。安保法制を憲法違反と気が狂ったかのように、ウソまで交えて批判していた朝日新聞。今度は憲法改正なしにOKだってさ。ご都合主義もいい加減にしろだ。

今年も安定の朝日新聞。日本の明るい未来のためには、朝日新聞の言うことと反対に進んで行けばすべてOK。だって朝日新聞の根源は中国さまのためにあるからね。

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朝日新聞・鮫島浩の余りにも剥き出しの反安倍(反日)感情は、とても新聞記者とは思えないものがある。まあ、個人的な感情に左右されていて、まともな記事が書けるわけがない。だから、福島第一原発の吉田元所長調書を好き勝手な曲解をし恥をかく。さらに曲解を通り超して「手抜き除染」という捏造にまで手を出す。

さすがに朝日新聞も鮫島を干しているようだが、暇になった鮫島はその憂さをツイッターなどで晴らしている(苦笑)。過去にも、様々な感情剥き出しのツイートをしてきたが、とうとう行き着くところまで行ってしまったようだ。

前置きが長くなったが、12月25日の鮫島のツイート(長いが全文引用)。
「安倍政権は数々の嘘を重ねてきた。不都合な事実は隠蔽し改竄までしてきた。御用記者を使った印象操作も日常茶飯事だ。防衛省はイラク日報を隠していた。レーダー照射を鵜呑みにしろという方が無理だ。度重なる悪行でとっくに信用を失っていることをまずは自覚すべきだろう」

鮫島自身と朝日新聞の自己紹介かとも思うようなツイートには、事実の確認(認識)も何もない。ただただ、自らの感情のおもむくまま。新聞記者として「事実は何か?」「客観的に物事を判断する」などは微塵もない。

何が恐ろしいかと言うと、こういう人間が「新聞記者」を名乗り、記事を書いており、その記事を数百万人が読まされていたという事実だ。

鮫島自身が左翼思想を持っていようが、菅直人が大好きだろうが構わない。しかし新聞記者として「事実に基づいて記事を書く」「私情を挟まない」くらいは常識ではないのか?

鮫島はツイッターのプロフに「ジャーナリスト」とだけ書いている。鮫島の定義ではそうなのかもしれないが、こんなのが「ジャーナリスト」を名乗っていたら、他のまっとうな「ジャーナリスト」には迷惑この上ないことだ。

鮫島に限らず、「事実より自らの思想」「事実より自らの感情」「事実が合わなければ事実を作る(捏造)」というのが、朝日新聞記者としての必須条件みたいだから、鮫島は優秀な朝日記者なのかもしれない。

まあ皮肉はこれくらいにして、それにしても酷いもんだ。朝日新聞には鮫島みたなのが山ほどいる。こんなヤツらが書いた記事が載っている新聞が、新聞と言えるわけがない。本当に日本には要らない。

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政府が「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」を閣議決定したことに対し、朝日新聞がいちゃもんをつけている。12月19日の社説「安保法後の防衛大綱 軍事への傾斜、一線越えた」だってさ。

まあ、朝日新聞はどんな防衛計画を立てようが、何でも反対だから好きに言わせておけば良いのだが、社説内ににじむ「中国さまに刃向かうな!」的な主張には笑うしかない。

「見過ごせないのが自衛隊の打撃力の格段の強化だ」「今回は一線を越えた」と仰々しく書くのは「いずも」の空母化のこと。「空母化」かは意見が別れると思うが、「空母化」だとしてもそれをどう使うかが判断基準ではないのか?

当然、中国が尖閣諸島へちょっかいを出してくることへの対応がメインだ。それが朝日新聞には気に入らない。中国の軍拡には通り一遍のことしか言わないのに、いざ日本が防衛力を強化しようとすると「見過ごせない」「一線を越えた」。

そして最後には「軍事に過度に頼ることなく外交努力を」と、お決まりの台詞。同じことを中国さまにも言えよ。中国へのご注進記事ばかり書いてないでさ。

高校の学習指導要領の改訂の際に「尖閣諸島は我が国の固有の領土」に対し、「これを正解として教え込めという趣旨なら賛成できない」とまで社説に書いた朝日新聞。どうにかして中国の尖閣への「侵略」を後押ししたいのだろうが。朝日新聞的には「進出」かもしれないが(苦笑)。

朝日新聞は「中国さまには刃向かうな!」と懸命のようだが、そんなものは「普通」の日本国民には受け入れられない。中国さまには喜ばれる主張だろうがね。だからどこの国の新聞か? と揶揄される。日本のは不要だ! と言うのは衆目の一致するところ。

関連
 「朝日新聞の本性『尖閣諸島は中国領』

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朝日新聞12月14日の社説余滴「『恨』を解くためには」には、呆れるしかなかった。筆者は「あの」中野晃。韓国大法院が「出稼ぎ労働者」に対して賠償金を払うよう判決を出したことを当然のように書いている。いやはや・・・。

「関係企業はその心情をくむ対応をもっと早くとれなかったのか。日韓の裁判を取材した記者として残念に思う」とか、韓国大法院の判決は「当然のこと」といった物言い。呆れるしかない。また、原告で故人となった2人の韓国人に対し、「不実を詫びることはできないのか。◯さんたちが草場の陰で見守っている」だってさ。

中野は以前から韓国(朝鮮半島)目線で記事を書いているが、こいつにとって「事実」は二の次のようだ(苦笑)。言うまでもないが、この手の賠償権は日韓請求権協定に含まれている。協定締結時に日本は韓国に対し「個人賠償をする」と伝えていたのに、個人賠償は韓国がするから「国」に一括で払えと言ったのは韓国(朴正煕)。

これを個人に還元しないで「国のカネ」として使ったのは韓国。韓国人元労働者は、何か請求したければ韓国政府に請求するのが筋であり道理。

中野は「ただ働き」をさせたと日本企業を強く批判しているが、それも含めて解決済みなのだ。韓国政府の公式見解も同様だ。過去に、ほんの一部だが国から賠償をしている。極左の文大統領がこれを壊そうとし大法院長官に一介の地裁所長を大抜擢し、今回の判決となったということ。

中野はこんなことも知らないのか? 知らなければ記者失格だし、知っていて韓国すり寄り記事を書いているなら悪質過ぎる。

中野は以前から事実無視で記事を書いているが、どうしようもないヤツだ。中野は「慰安婦捏造」などの自社のウソ記事から何も学んでいないようだ。自分の思想に合わせて都合の良いことだけ並べても、「事実」に基づかないものは「妄想」と言う。

まずは記事内容ありきで、事実が合わなければ「曲解」し、それでも不足なら「捏造」するのが朝日新聞。当然のように、中野にとっても「事実」などはどうでもよく、自らの考え(思想)の方が重要だと言っているコラムだ。こんなのが新聞記者を名乗る。それが朝日新聞。日本には要らない!

中野晃 関連
朝日新聞・中野晃の朝鮮戦争における日本の責任って?
朝日新聞・中野晃の言う『断片のイメージ』って朝日新聞そのもの

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皇太子殿下が新天皇に即位される来年5月1日と、即位礼正殿の儀が行われる10月22日を祝日にする(来年のみ)特別法令案が衆議院を通過した。これで5月連休は10連休になることが、ほぼ確定した。

このニュースを聞いた感想は「あぁ~、朝日新聞は頼みの立憲民主党にも見捨てられたんだ」。

朝日新聞は11月14日の社説「来春の10連休 国民の声届いているか」で、「頭を抱えている人が大勢いる」「ふつうの人々の懸念や戸惑いは、ここでも置き去りにされたままだ」「政府の迷走」などと、反対のための反対を書いていた。
(「朝日新聞が言う「国民」「普通の人々」とは?」参照)

立憲民主党の山尾志桜里も、朝日とほぼ同じ論点で国会質問(と言うより難癖)をしていた。当然、立民は反対するものだと思っていたら、なんと賛成してやがる。言い訳は付帯決議(国民生活に支障を来さないよう政府に求める)がついたからだろうが。

朝日は「ふつうの人々の懸念や戸惑いは、ここでも置き去りにされたままだ」とまで書いたのだから、この件について論評しないといけないのではないか? 共産党は天皇・皇室を認めていないから反対するのは当然として、立民まで賛成してるんだぞ。

ところが、12月4日に衆議院で可決されて以降、可決されたことすら報じていない。お得意の「報道しない自由」の発動だ。立民も朝日と歩調を同じ(つまり反対ということ)にしている入管法改正案や水道法改正案は、これでもかってほど記事があるのに。

本当に分かりやすい新聞だ。アホ丸出しと言ってもいい。何でも反対の同士だと思っていた立民が、付帯決議程度で賛成に回ってしまったことを、アホな論説委員連中は恨んでいるだろうな(嘲笑)。

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ときおり朝日新聞・鮫島浩のツイートがTLに流れてくる。安定の「安倍がぁ~!」には笑うしかない。それなのに、他人(特に海外)の顔色を窺って発言をころっと変えるところも笑うしかない。

日産自動車の元会長・ゴーン逮捕関連のツイートでも、ゴーンを批判し日産幹部を批判し、なぜか安倍批判も入る。
「安倍首相の疑惑をひたすら黙認してきた東京地検特捜部がゴーンを逮捕した」
「安倍首相夫妻の権力私物化と同じである。ゴーンに気に入られるため悪事に加担した日産幹部や銀行幹部の断罪が不可欠だ」

「安倍がぁ~!」を枕詞としないと文章が書けないようだ。しかも内容は鮫島の妄想の類い。「疑惑」って何? 朝日新聞が「作り上げた」疑惑で動くほど特捜は暇じゃないと思うけど。逆に、朝日新聞の疑惑の方が多いだろう。鮫島自身の疑惑もあるな。

こんな感じで「安倍がぁ~!」を織り交ぜながらゴーン批判、日産幹部批判をツイートしていた鮫島が、突然特捜批判を始めた。「東京地検特捜部への海外の視線が厳しい。国内で罷り通る人権軽視捜査は後進国そのもの。しかも逮捕容疑は刑事事件として弱い」だって。

フランスを中心に逮捕に批判的な発言が出てきたことに流されたようだ。「海外(外国)ではこうなのに、日本は・・・」的な日本批判が好きだから、フランス様が言うことは絶対のようだ。自分のこれまでのツイートとの整合性はどうした? 恥ずかしいヤツだな。

でも、特捜批判のツイートにも「安倍政権の悪事を見逃し、ゴーンだけを逮捕するのはアンフェアだ」と「安倍がぁ~!」を潜り込ませるあたりは、さすが! としか言えない。

ところで、安倍政権の「悪事」って何だ? 妄想も大概にした方がいいぞ。これって、明らかな名誉毀損だろ。朝日新聞の捏造・ウソで悪事を作り上げたことの方がよっぽど「悪事」だろうが。

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朝日新聞の11月20の「耕論」。「冷たい自己責任論」とのタイトルで3人の識者(?)に語らせていた。朝日新聞が選んだ人たちなので、朝日新聞の論調にそった経験談や考えを語るのは当然だけど。

ここで言いたいのは3人の言い分ではなく、朝日新聞の「お題」の前提だ。「紛争地取材で窮地に陥ったジャーナリスト」って安田純平のことを指しているのだろうが、前段がすっぽり抜けている。危険な紛争地域に政府・外務省の制止を聞かず、自ら「自己責任で行く」と啖呵を切って行ったのだ。

これを抜きに「冷たい自己責任論」はないだろう。不可抗力で拘束されたのではなく「必然」だったのだ。先日も石川智也が「運悪く拘束されたことは、謝罪するほどの罪なのか?」「(自己責任などは)目にしたくもない言葉」とバカなことを書いていたが、安田を「反政府の闘士」的な扱いをし、シンボルに祭り上げようとする性根の悪さにうんざりする。(「朝日新聞・石川智也の勘違いは朝日新聞の体質を表す」参照)

記事の中で語っている3人も、拘束された前提が抜けているように見える。ひとりが「個人に責任を押しつけるような社会でいいのか」と言っているけど、その行動の主体性によるのは言うまでもない。「公」としての行動なら、内容にもよるが「個」に責任を押しつけるのは確かに違う。しかし「個」としての行動を「公」の問題にするのはおかしい。あくまでも「個」の責任だろう。

「個」は「公の中の個」ではなく、あくまでも「私」である。無謀な「私」の行動に「公」が対応しなくてはいけなくなった現実は、決して省いてはいけない大前提だ。これ抜きに何を語っても詭弁でしかない。

これが分かっていないのが朝日新聞を始めとしたオールドメディアだ。実は朝日新聞がいつも擁護する日教組の連中もこの典型だ。入学式・卒業式で君が代・日の丸に反対して不起立で処罰されるアホ教員がいる。

こいつらも「公立学校の教師」という「公」の立場と、「君が代・日の丸が嫌い」という「私」の区別がついていない。「公」の中で「私」がある程度制限されるのは当たり前だ。嫌なら「公」から抜けるしかない。

この「公」は「公的機関」だけでなく、身近なコミュニティも当然含まれる。「組織」と言ってもいいかもしれない。企業の中で「オレはやりたくない」と言っていたらはじかれるだけ(法律・法令違反は別)。それなのに「私」を優先しようとすることに疑問を持たない。それどころか「当然」とすら考えている。まあ、世間知らずなんだろうけど。

朝日新聞も「公」「個=私」の区別がついていない。もしかしてジャーナリスト(自称も含め)は、存在自体が「公」だとでも考えているのか?

安田のケースを自社の記者と置き換えたら、朝日新聞はどう対応する? 会社(「公」)が行くなと制限した場所に、記者が「個人(私)として行く」と出かけていって案の定拘束された。「よくやった、英雄だ」と記事にするのか? そうしたい記者は大勢いるかもしれないが、会社としては「だから言ったろう。何やってんだよ」ってならないか。

それが普通の反応ではないのか?

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