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真面目なことから いい加減なことまで、適当に綴っているブログ

カテゴリ: 朝日新聞の妄言・虚言・戯言


真の日韓関係を阻害しているのは朝日新聞などの左派系メディアだと断言できる。韓国を甘やかしてきた「つけ」が出ているに過ぎない。朝日的には韓国を持上げることで相対的に日本を堕とすという、テクニックのひとつに過ぎないのかもしれないが、もう無理筋もいいところだ。

朝日新聞5月22日の社説「徴用工問題 韓国が態度を決めねば」を読むと、どこまで韓国を甘やかしてるんだとの感想しかない。そんなことをしても韓国の異常さを浮かび上がらせるだけで、日本を貶めることは出来ないぞと思ってしまう(苦笑)。

タイトル通り、徴用工問題(実際は出稼ぎ労働者問題だけど)で韓国をやんわり批判しているのだが、朝日的には「日本も悪い」を入れないと記事(社説)にならないようだ。

日本政府が協定にもとづく仲裁委員会を設けるよう韓国側に要請したを受け、「日本政府側もしっかり歴史に向き合い、冷静な対応を尽くすよう心がけねばなるまい」と書くが、歴史に向きあっているからこその対応だ。だって、ただの出稼ぎ労働者問題だし、日韓請求権協定で解決済みだし。

朝日は「真の解決は当事者間の対話でしか実現しない」「半世紀を超えた日韓の国交も、時の政権同士がたゆまず話し合い、克服してきた歩みを思い起こしたい」とも書くが、噴飯物である。

朝日が中心となり韓国を煽り・けしかけ、日本は常に譲歩してきた。慰安婦問題など、その典型だろう。ウソ記事・捏造記事など何でも使い、常に日韓関係がこじれる方に持って行き、それを日本側の歴史認識が原因だと韓国目線で書いてきた朝日。マッチポンプもいいところだ。

そんな朝日が、安倍政権が少しでも強気な対応に出ようとすると、「対話で克服してきた歩みを思出せ」とか書く。実際は対話でも何でもなく、日本側の一方的な譲歩でしかなかった。

何度も対話という名の譲歩をし、そのたびに反故にされてきた「歴史」を朝日はどう考えているのか。一見、強攻策ばかりに見える安倍政権でさえ、韓国には譲歩している。2015年12月の慰安婦合意などその典型だ。それさえ反故にした韓国。

今回の「出稼ぎ労働者問題」も同様だ。一方的にけんかを売られたに等しい。でも朝日は「殴られても話し合え!」「相手の無理難題にも対話だ!」と言う。そんな朝日が横から韓国を煽っているんだから、もう呆れるしかない。

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朝日新聞(デジタル)の5月17日に「皇位継承、女性宮家が焦点 野党、世論に訴え 政権慎重」という記事が載った。

読んでみると、立憲民主党が皇位継承のあり方について党内議論を活発化しているという内容。15日に「安定的な皇位継承を考える会」を開催、山尾志桜里が議論を加速していく必要性を強調したいう。

えっ? これってもしかして会長・事務局以外の参加者が「たったの2人」だった、あの会合のことか? (「立憲民主党は関心もないくせに皇室について発言するな!」参照)

立民の「皇位継承を考える会」
この会合で党内議論を活発化している?

参院選目当てに自らの支持層に媚びただけ立民に対して、朝日新聞にかかると「党内議論を活発化している」と映るらしい。参加者2人なんだけどねぇ。まあ立民が「6月上旬にも考えを取りまとめる方針」と言っているのはウソではないが、活発に議論していると解釈するのには、相当の無理がある。

事実を踏まえれば、「立憲民主党は皇室のあり方について党内の議論を加速させるべきなのに、参加者が2人なのは党としての真剣度が疑われる」と書かねばいけない。

だから朝日新聞を読んでも真実は得られないし、だから朝日新聞は信用されない。ネット全盛の現在において、こういう「意図的な曲解」はすぐにバレる。朝日新聞の持論と同内容なので、一生懸命推しているのだろうが。

福島第一原発元所長の調書を「意図的に曲解」して、恥をさらした過去を何も反省していないようだ。元所長調書は当時公開されていなかったからバレないと思ったのだろうが、今回のように公開されている会議の様子をこうも「忖度」して書くか。

相変わらず恥ずかしい新聞だ。

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朝日新聞5月13日社説「即位と恩赦 前時代の遺物と決別を」は、朝日新聞自らの古い遺物をどうにかした方がいいなと感じざるを得なかった。

政府が天皇陛下ご即位を公に宣明する今年秋の「即位礼正殿の儀」にあわせ恩赦を行う方針なのに対して、朝日新聞は批判・反対している。その理由が「天皇の即位ということになれば、時の支配者が慈悲や寛大さを示し、その支配権をより強固にするために恩赦を利用してきた過去と重なる」「国民主権や象徴天皇制をかかげる憲法の理念にそぐわないことは明らかだ」と。

まあ、なんとも古くさい思想を持っているのか。朝日が言う「象徴天皇制をかかげる憲法の精神」などとは露とも思わないが、確かに時代は変わっている。時代が変わっているのにもかかわらず、相変わらず「支配者」とか「支配権をより強固に」なんて過去の遺物思想を持ち出すことに、大きな違和感を感じる。

それを持ち出して政府批判をする朝日の古くささは、天皇という存在への忌避感も漂わせる。こういう朝日の皇室全般への考えは、多くの国民感情とは大きく異なることは確かだ。

朝日はもう少し歴史を勉強した方がいいな。天皇が「権力者」だったなんていつの時代のことだ。明治から昭和20年までは「権力者」だったと考えているのかもしれないが、「立憲君主」は「独裁的権力者(専制君主)」とは全く違う。

「支配権をより強固に」などと書く所から見て、「立憲君主」と「独裁的権力者」の違いが分かってないのは明らか。

また朝日は「恩赦の全てを否定しているわけではない」と、新天皇ご即位に伴う恩赦はダメだが、一般恩赦はOKだと言っている。恩赦を弱者救済とでも考えているのか? ますますバカらしい。天皇・皇室への忌避感と犯罪者を弱者と見立て、それに寄り添う自分に酔う。正に朝日の基本思想であり基本姿勢だな(苦笑)。

最後に、個人的には「恩赦」そのものには反対だ。いくら慶事とは言え、裁判を通して確定した刑罰が減免されるのはおかしなことだと思う。まあ、殺人犯が堀の外に出てくる恩赦はないだろうが。もちろん「一般恩赦」にも反対だ。罪を犯した者は、その罰が完結するまで償うべきだと思う。

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朝日新聞論説委員(国際社説担当)・箱田哲也って、どうにか韓国を持上げて日本を堕とそうとする。そこには論理などなく、感情・願望・妄想に溢れるユニークな文章になる。

5月12日の「韓国、自縄自縛の対日外交」(社説余滴)も見事な書きっぷり。タイトルだけ見ると「自縄自縛」なんてあるので、韓国をたしなめる内容かと思うが、必死で韓国上げをしているから面白い。そして日本下げ(安倍下げ)も決して忘れていない、朝日新聞として満点(?)のコラムになっている。

アメリカに呆れられ、日本からはバカにされ、北朝鮮からも相手にされずにいる文在寅。失政の挙げ句、韓国経済は破壊・崩壊寸前。そんな文在寅をどうやって持上げようようかと考えた箱田は、「日本を下げりゃ、相対的に韓国が上がるな」と。

言うに事欠いて「文政権は『根っからの反日』『日本を無視』といった、日本で広がる安直な言説は、大半が誤りか正確さを欠く」だって。こんな呆れたことを書きながら、すぐ次に「(文は日韓関係の)早期の関係改善を望んでいる」と書く。

箱田だって、今の日韓関係の悪化が文の施策によることくらい分かっているはずだ。もし分かってなかったら論説委員の資格なんてない。文自らが関係を悪化させておきながら、なぜ関係改善を望んでいるのかは、文が日本に頼らざるを得ないことを理解したんだろう。それほど文の外交・経済政策は破綻している。左翼にありがちなポピュリズム政策と反日一辺倒では当たり前のことだ。

自分で悪化させたのを改善しようとするならば、やることはひとつしかない。「申し訳ありませんでした」と謝罪し、施策を改めることだ。これがスタート。

当然、メディアとしても韓国(文)をたしなめなくてはいけない。それなのに箱田は何を言うかというと「歴史に後ろ向きを決め込む安倍政権の責任は大きい」。安倍政権が悪いから文がこういった反日施策をとるんだ的な物言い。

こういう何をやっても擁護してくれる日本のメディアがあるから、文は心置きなく反日施策がとれるのだ。でも、こういう態度は決して韓国のためにも文のためにもならないのは明らかだろう。そして日韓関係にも。

朝日新聞は日韓関係が良好では日本下げができないから、常に悪化している方がいいのだろう。そのために、自ら悪化させる手立て(慰安婦捏造など)をとるくらいだから、当たり前かもしれないが。

最後に箱田に聞きたいが、お前は子どもがどんなに悪さをしても「いいよいいよ、◯◯ちゃんの方が悪いんだから」と子育てをするのか(しているのか)? 子どもを叱らないのか?

*箱田哲也でブログ内検索してもらえれば、箱田や朝日新聞のバカさ加減を笑った記事がいっぱい出てくるので、併せてご覧いただけるとうれしいです。

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相変わらず「井の中の蛙」「お花畑」って感想しかない朝日新聞・国分髙史のコラム「多事奏論」。

5月8日に「『自衛隊合憲』25年 元首相秘書官、非戦の執念」のタイトルで、元社会党委員長で元首相の村山富市の秘書官(社会党職員)のことを書いていた。

村山が首相就任時に自衛隊を「合憲」と答弁、それを受けて社会党も党の方針としてそれを追認したことを悔やんでいるという内容。この秘書官は村山の「憲法の精神と理念の実現できる世界をめざし、国際協調体制の確立と軍縮の推進を図りつつ、国際社会で名誉ある地位を占めることができるように全力を傾ける」との言が忘れ去られていると言う。

国分もこれに大いに共感しているようで、「武力に依存しない国際関係を築く9条の理想や軍縮を正面から訴える政治勢力は、わずかになってしまった」と嘆く。

「憲法の理念」「9条の理念」って何? 「理念」で国際社会が動くのか? 現実世界を見れば明らかだ。「9条・9条」と唱えていれば平和になるのか? 別に「理念」を全否定する気はないが、「現実」の前には「理念」なんて吹き飛ぶ。

身近な生活面でもそうだ。近所で空き巣が発生すれば戸締まりを強化する。世の中に悪い人はいないという「理念」を持っていても、「現実」を見て戸締まりを強化する。当然のことだ。「現実」以上に「理念」を優先することは、ある意味愚かなことだ。

なぜ「9条の理念」をどこの国も採用しないのか? それどころか中国などは毎年軍事費を増やしている。北朝鮮はアメリカの気を引くためとは言え、またミサイルを打ち上げ始めた。この「現実」を見ずに、「理念」を唱えていれば飯が喰える朝日記者って楽でいいなあ。

「現実」社会の中で、「理念」で飯が喰えるのは新聞記者と国会議員(野党)、日教組・全教の教員くらいじゃないか。うらやましいぞ。

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朝日新聞4月29日の社説「一帯一路 支配の発想は控えよ」を読んだ感想がタイトルだ。朝日新聞は中国が主導する「一帯一路」構想に日本も参加しろと言っている。朝日がどういう考えを持っていてもいいのだが、論理がしっくりこない。

朝日は「インフラ投資で、途上国を債務の返済不能に陥れるようなケースがある」「この構想が中国の強引な対外拡張路線の動きと重なって見えることだ」「南アジアでの港湾建設をめぐっては、軍事的な進出の足がかりにしようとしているのではないかとの懸念も強い」「地域の安全保障のバランスを崩すような行為をすれば、中国を含めどの国にも利益とならない」と書く。

その通りであって、朝日に異論はない。社説のタイトル通り「支配の発想は控えよ」だ。中国がやってきたことは「ヤミ金」そのものだ。甘い言葉で融資を行い、債務超過に陥らせ担保をぶんどる。スリランカでやったことなどまさにこれ(南部ハンバントタ港を99年間譲渡)。

それなのに朝日は、習近平が「各国の持続可能な成長の後押しをめざす考えを強調した」だけで、「日本も中国との協働を通じて、主体的に影響力を発揮できないか。新たな可能性を模索するべきだ」と、事実上の参加を促す。

習近平は何ひとつ具体的な改善案を示していない。批判に対して見せかけの「意気込み」を示しただけだ。たったこれだけのことで、中国を信用するのは朝日新聞とそのお仲間くらいしかいまい。

日本が出資すれば「一帯一路」の信用度は格段に増すだろう。それは中国の「ヤミ金」色を薄めたい思惑と一致する。ただそれだけ。中国の思惑に日本は利用されるだけ。

それならば、様々な実績があるアジア開発銀行の活動をより活発化した方が、各国への協力には良いものになるのは明らかだ。

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朝日新聞のコラム(日曜に想う)「政治がルール無視をする時代」(4月28日)を読んでぶっ飛んでしまった。筆者は編集委員・大野博人。

「うその情報を操作して政治が一度つくった流れは、正しい情報によっても簡単には変わらない。日本で公開された映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』にあらためてそのことを思った」とコラムは書き出す。

映画は9・11(同時多発テロ)後のアメリカ政府が、アルカイダだけでなくイラク・フセイン大統領もテロ組織と繋がっているとしてイラク戦争の流れができた際に、開戦に批判的だった新聞社(記者)を扱ったものらしい。

イラクが大量破壊兵器を保有しているとか言われたが、実際には確認されないなど、確かにアメリカ政府の言い分に疑問符がつく戦争だった。政府情報に流されず、イラク戦争に批判的だった新聞社(記者)の奮闘をコラムに書くのはいいが、大野は書きながら何にも感じなかったのだろうか?

大野は「政治家が根拠のない情報をふりかざして」「基本的な規範をないがしろにし」とか書くが、主語を朝日新聞に変えてみるとよく分かる。

「朝日新聞が根拠のない吉田清治の詐話をふりかざし」「裏を取るという新聞社としての基本的な規範をないがしろにし」って、朝日新聞の慰安婦強制連行の捏造そのもではないか。

「あやしい情報に基づく政治的決定が招く危険。当然の指摘だったがそんなフランスを『フセイン支持者』と中傷する記事を米有力紙で読んだ」は、「あやしい情報に基づく慰安婦報道との指摘を、『歴史修正主義』『歴史を直視せよ』と中傷する記事を朝日新聞で読んだ」になる。

さらに「大義なき戦争を支持しながら、いまだにまともな総括さえしない日本は」は、「捏造がばれたにもかかわらず、いまだにまともな総括さえしない朝日新聞は」になる。

大野がこの映画から感じなければいけないのは、自らがアメリカ政府と同じ立場であり、それをしっかり反省し自戒とすることだろう。そんなことに思いも至らず、逆に日本政府まで批判するとは盗っ人猛々しいにもほどがある。

朝日新聞が自分のことをすっかり忘れ、他者を批判する神経の図太さ、ツラの皮の厚さに舌を巻く。

慰安婦強制連行が否定されると、自由がなかったという広義の強制性があったとか言い出した朝日新聞。これも否定されると、女性の人権問題だとか言いだした朝日新聞。お得意の論点のすり替えで30年以上ウソを垂れ流した朝日新聞。

「うその情報を操作して一度つくった流れは、正しい情報によっても簡単には変わらない」は、朝日新聞の編集方針そのものではないか。朝日の慰安婦報道で日本はどれほどの被害を被ったか。それなのに今でも「モリカケ報道」などで、これを実践中だ。

反省なき朝日新聞には廃刊してもらう以外に道はない!

大野博人のクズコラム関連
 「朝日新聞・大野博人は自ら「おもてなし」を実践したら?
 「朝日新聞・大野博人よ、屁理屈をこねても結果は変わらないぞ
 「朝日新聞・大野博人『民主主義が壊される』(笑)
 「朝日新聞編集委員・大野博人の教育勅語論

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新聞社は新聞と称する商品を販売している民間企業に過ぎない。だからそれぞれの商品に特徴がある。保守的でも左翼的でも、その企業の特徴なので、まあいいだろう。しかし、その商品(記事)がウソや捏造を基に書かれていたら、話が違ってくる。企業論理に反するばかりでなく、購入者(読者)への詐欺行為であると言っても過言ではない。

間違い(過失)とウソ・捏造は、当然違う。間違いなら改めて、防止すればいいことだ。でも、ウソ・捏造は確信犯だ。欺いてやろうという意思の基、行われる行為だ。それを考えると、朝日新聞ほど「詐欺行為」を働いてきた新聞社はない。

伊藤律インタビュー捏造
任天堂社長インタビュー捏造
田中康夫・元長野県知事のメモ捏造
珊瑚に傷をつけた自作自演
吉田清治の詐話を裏取り取材もせず垂れ流した
金学順に話も聞かず「挺身隊として連行された」とウソ
歴史教科書の「進出」ウソ記事
NHK番組改編捏造
加計学園問題捏造
などなど(順不同)。

伊藤律インタビュー捏造は昭和25年(1950年)のことだ。あれから70年経っても未だに捏造している。もはや病気である。こんな新聞社が存続していること自体が信じられない。

さらには、自社に不都合な事実はまったく報道しない「報道しない自由」を謳歌しているくせに、「国民の知る権利の代理人」などと言う厚かましさ。呆れるしかない・・・。

朝日新聞は自社の商品をきちんと説明すべきだ。
「朝日新聞社が発行する新聞は、ウソ・捏造を基にした記事が多く含まれていますので、すべてが真実とは限りません。記者と称する社員の左翼思想も色濃く反映されています。また朝日新聞社に都合の悪い事実は、絶対に記事化しません。しかし反日・貶日・辱日の方針は徹底しています。商品内容をよくご理解の上、購入してください」

こういう説明書きなくして、まっとうな新聞を装って販売することは、詐欺行為だと自覚せよ!

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KY事件 (2)
平成元年(1989年)4月20日、朝日新聞夕刊1面に「サンゴ汚したKYってだれだ」という自作自演の捏造記事が載った。

そう4月20日は「朝日新聞KYの日」なのだ。朝日新聞の数々の捏造のうちのひとつだが、朝日新聞の体質をよく表わしている。

記事中で「80年代日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の・・・」と日本人を蔑む。

捏造が疑われた際、朝日新聞はろくな調査もせず全否定。否定しきれなくなると、元々あったKYをなぞっただけと言い訳。そして、どうにも逃げ切れなくなり、無傷のサンゴに傷をつけたと謝罪。

まさに、朝日新聞の「恥じない、精神の貧しさ、すさんだ心」を見せられた思いだ。

朝日新聞はこの「サンゴ事件」にも何ら反省することなく、その後も現在に至るまで捏造を繰り返している。自らの「恥じない、精神の貧しさ、すさんだ心」を体現している恥ずかしい新聞だ。

朝日新聞の「サンゴ事件」を忘れてはならない。朝日新聞が廃刊になるまで、決して忘れてはならない。

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朝日新聞が桜田前五輪相が辞任したことを安倍首相の責任問題として批判している(4月12日社説「桜田大臣辞任 守り続けた責任は重い」)。

でも、ここで書くのは朝日の桜田前五輪相や安倍首相への批判の是非ではなく、福島などへの風評被害に関して。

朝日は桜田前五輪相の辞任のきっかけとなった発言を「復興への努力に水をさす発言に怒りを禁じ得ない」と書く。でも朝日新聞が率先して福島への風評被害をまき散らして置いて何を言ってるんだと思う。(桜田前五輪相の発言を許容しているわけではないの誤解のないように)

朝日は原発事故を風化させてはならいという使命感からか、事実とは言えない内容(反原発派の妄想の類いまで)を垂れ流してきた。何々の「可能性がある」とか「指摘がある」などとの表現で、科学的証明のない内容や特定の人たち(組織)の言い分を一方的に垂れ流してきた。いや進行形で「垂れ流している」。

特に酷いのが、個人の資格でやっている(という前提)ツイッターでの記者連中のツイート。その中でも、3年前に田井中雅人がウソを拡散し風評被害を広めたのは悪質だった。

「原発事故による放射能の降り注ぐ下に生活をしていた事実」「首都圏の飲料水が汚染される(可能性も)」とか、酷いものだった。このように自分で風評被害をまき散らして置いて、「風評被害対策を一生懸命にやると、被害は風化する。客観的な機能としては、被害を訴えにくくするという役割を果たしている」とまで。

風評被害対策と事故の風化防止は両方やればいいことだ。田井中が風化防止の方が重要だと考えているからといって、ウソ・妄想によって風評被害を拡大させていいことにはまったくならないのは言うまでもない。

朝日新聞も何かと紙面で風評被害のことを書くが、その裏で記者が風評被害を広めている事実。こんな朝日新聞が「復興への努力に水をさす発言に怒りを禁じ得ない」とか言う。どの口が言ってるんだ! と思う。

結局は、朝日が風化防止を目的としてデマも含め煽る。読者や見聞きした人が不安になり風評被害が広がる。さらに朝日が煽る。風評被害が拡大する。これの無限ループだ。

朝日が潰れるまで決して終わらない。だから早く潰れてもらおう!

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紙幣の刷新が発表され、1万円札は渋沢栄一、5千札は津田梅子、千円札は北里柴三郎に決まった。(「新紙幣の肖像は渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎」参照)

まあ、何にでもケチを付けたい人はいるもので、あの朝日新聞・鮫島浩が早速イチャモンツイートをしていて笑ってしまった。新元号発表の時といい、今回といい、仕事が早いぞ鮫島!(苦笑)(「朝日新聞・鮫島浩が早速新元号を腐していて笑った 」参照)

「一万円札と千円札が男性で五千円札が女性。いかにもセクハラ事務次官を輩出した財務省らしい選択だ。一万円札を女性にして新時代を切り拓くという発想は思いもつかないのだろう。男尊女卑が骨の髄まで染み込む体質で予算編成するからいつまでも『人よりコンクリート』なのだ」

相変わらず感情のおもむくままに政府批判。もう少し自身をコントロールできなのかねぇ。こんな人間が書く記事が、まともな論調である訳がないとつくづく思う。タイプした後、一呼吸置いて再度読み直してから投稿すればいいのに。

言ってること支離滅裂。1万円札が男性だから男尊女卑? 男尊女卑だから予算編成がおかしい? 論理などなく、感情のみのいつもの調子。批判するにしても、もう少しまともな批判はできないものかね。

この類いのツイート見ると、鮫島が新聞記者に向いていないことがよく分かるというもの。まあ鮫島だけでなく、新聞業界にはこういう記者が山ほどいるけど。こういう記者が尤もらしく一方的な偏向記事を書くことの危うさ。権力監視とかいいながら、菅直人とどっぷりなことには笑っちまうけどね。

ところで、朝日新聞の社長って女性だっけ? えっ、男性? 役員に女性はいるの? えっ、いない? 男尊女卑の会社だなぁ。男尊女卑が骨の髄まで染み込む体質だから、捏造・ウソ、印象操作記事を連発しても恥じないのだ。

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統一地方選の前半が終了、大阪府知事選・市長選は大阪維新の会が制した。自民党は立憲民主党や共産党とまで共闘するという「野合」の末、惨めに惨敗した。都構想反対のみの「野合」は府民・市民から否定された格好だ。

この結果を各紙が社説などで論調している。朝日新聞も維新の都構想がある程度の支持を受けたことは認めざるを得ないが、それでもダブスタ丸出しのイチャモンはつけておきたいようだ(苦笑)。(4月8日の社説「大阪4重選挙 都構想巡る議論深めよ」)

辞職によるクロスでW選を「維新による脱法的な行為は看過できない」とし、「辞職によって選挙の時期を選ぶ事態を防ぐのが法の趣旨だ」と説教まで。こう思った有権者も、もちろんいただろう。でも朝日新聞が言ってはいけない。朝日新聞に「脱法行為」とか「法の趣旨」を説く資格はない。

朝日新聞は沖縄辺野古周辺での左翼の違法で暴力的な抗議活動をまったく報道せず、実質是認している。また、蓮舫の国籍法「違反」に対しても、屁理屈をこね擁護した挙げ句、いつの間にか「差別問題」にすり替えるというマジックを披露してみせた。

このような朝日新聞が、自分の都合が悪くなると「脱法行為」とか「法の趣旨」とか平気で言う。これを恥ずかしいと思わないのが、朝日新聞が朝日新聞たる所以だ。

ただ、今回の社説で朝日を唯一評価するとすれば、投票率が府知事選49.49%、市長選52.70%だったにもかかわらず、「こんなの民意じゃない」と言わなかったことかな。まあ、明確に「民意だ」とも言わなかったけど。

ついでの話として、神戸学院大学教授・中野雅至という人が、大阪のTV番組で「民意の質はどうなのか」と発言している。どうしても維新勝利を認めたくない人はいるものだ。この「民意の質」って、次から朝日が使いそうな予感がする。

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朝日新聞3月29日の社説「夫婦別姓 政治を動かすために」は嘲笑レベルだった。夫婦同姓が「個人の尊重」や「法の下の平等」をうたう憲法に反するとの訴えを東京地裁が退けたことを批判している。

朝日新聞は、日本の諸々の文化を否定することが唯一の「正義」と考えているからしょうがないが、裁判所が法律に基づいて判断したことを「法律論に終始し」と言うのは違うだろう。

じゃあ、何に基づいて裁判所に判断しろと言うのか? まさか、韓国のように「情」で判断しろとでも言うのか? 朝日新聞が夫婦別姓を推進したいと考えてもいいけど、裁判所(裁判官)を批判するのはいかがなものか。

「姓の変更を強いられる者の事情に思いを致さない判断」って、まさに「情」をくみ取れってことなんだろうが、朝日新聞に対する国民の感情のみで判決を出されたら、朝日新聞は何と言うのか? 間違いなく「法律無視の判決」となじるだろう。

慰安婦捏造など数々の悪行に対し、多くの国民は怒っている。日本にこれだけの不利益を生じさせたあげく開き直っている。可能なら朝日新聞の廃刊を求め提訴したいものだ。しかし国民感情のみで「朝日新聞を廃刊とする」なんて判決は出ない。同じことだ。

また朝日は社説中で「多様な選択を尊重しようという考えは広がっている」とし、それを認めない社会は「窮屈だ」とまで書く。噴飯物だ。朝日新聞こそ決して「多様性」を認めないからだ。

自社思想を中心に置き、それに合っていれば「従え」と言い、合わなければ「多様性を認めろ」と言う。選挙報道が良い例だ。自分らの主張に近い方が勝てば「民意だ」と言い、負ければ屁理屈をこねてまで「民意とは言えない」と書く。

こんな朝日新聞が「多様性」などという言葉を使ってはいけない。

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5月1日からの新元号が「令和」に決まったにとに付随して、採用されなかった他案が各メディアで報道されている。

そんな中、朝日新聞は他案の「広至」(こうし)を「こうじ」、「万保」(ばんぽう)を「ばんほ」と報じた。明らかな間違い、誤報なのだが・・・。(朝日新聞DIGITAL)

これに対して朝日新聞は「おことわり」と題し、「朝日新聞は複数の政府関係者の証言に基づき報じましたが、別の関係者への取材で『こうし』『ばんぽう』だったと分かりました」だってさ。

「間違えました」もなければ、「お詫びして訂正します」もなし。何これ? だって関係者が「こうじ」「ばんぽう」って言ったんだもん。オレは悪くないぞってことらしい。

自分らの取材不足だろうが。情報源(関係者)に責任を押しつけようと言うのか。本当に恥ずかしい上に、みっともない新聞だ。

朝日は過去の色んな捏造や誤報から何も学んでいないということ。ちょっと古い話だが、高校の日本史教科書が検定で「日本軍が華北へ『侵略』が『進出』に変更させられた」と大騒ぎした時と同じ言い訳をしている(実際には検定前から『進出』だった)。

この時も、検定本を見ることが出来ず関係者の証言で報じたが(云々)と言い訳し、自らの間違い(誤報)を薄めようとした。さらにはお得意の論点のすり替え(文部省(当時)の検定が悪い!)を行い、自己正当化を図った。

この時は他紙も間違ったが、責任転嫁・論点のすり替え・開き直りなど、朝日の態度は酷かった。

なぜ素直に間違いを認め「ごめんなさい」と言えないのか? どこぞの民族のように、謝ったら負けだとでも考えているのか? こういう姿勢は自分の首を絞めるだけ。廃刊への歩みを早めるだけだろう。まっ、それはそれで構わないけどね。

*4月3日22:00時点で、既にこの「おことわり」は削除されているようで見られない。もう朝日としては、なかったことになっている(苦笑)。

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5月1日の皇太子殿下ご即位に伴い施行される新元号が「令和」に決まった。

ただ、その意味や込められた思いをいくら説明しても、またどんな名称になったとしても、気にくわない連中はいるものだ。

朝日新聞・鮫島浩は「命令、指令、司令、令状、令息、令室・・・。令のつく言葉。どこか息苦しい。その下の和がつくと、さらに息苦しい」だって。 こいつは何に決まってもいちゃもんをつけただろうから、どうでもいいけど。

ただ、鮫島のご両親も「浩」と名付ける際には、多くの思いを込めたことだろう。広々とした大きな心を持って欲しいかもしれないし、なみなみと水が溢れる大海原をイメージしたかもしれない。

そんな「浩」を、だだっ広いだけの空虚なものとか、スッカスカだなとかひねくれた解釈をされたら気分はどう? ご両親の思いを侮辱されたようで気分が悪くなるのではないか。鮫島の言ってることは、これと同じことだと思うけど。

鮫島が元号が嫌い(廃止論者)だろうがどうでもいいが、多くの国民を不快にさせてまで、イデオロギー的な理由で批判するする。国民意識とのズレを感じることが出来ない人間が、新聞記者とかジャーナリストとか名乗ることの恥ずかしさを自覚した方がいいぞ。まあ、国民意識とのズレを感じられないからこそ、朝日新聞にいられるのかもしれないが。

鮫島以外にも、同様のいちゃもんやこじつけ、妄想をいろんな人が発信している。そんな人たちは、自分の名前の謂れに思いを馳せてみたら。

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朝日新聞の箱田哲也や中野晃の朝鮮半島(韓国・北朝鮮)目線には、呆れるばかり。米朝の雲行きが怪しくなってきた現在、またまた箱田哲也が「命がけ北朝鮮外交の成否」(3月22日の社説余滴)と、北朝鮮目線でコラムを書いていた。

まあ、はっきり言ってどうでもいい内容なのだが、やっぱり箱田は分かっていない。なぜ金正恩が米朝対話に乗り出したかを。箱田は「こと米国に関する北の情報収集力と分析力には舌を巻く。言わば命を懸けた外交で我々が学ぶべき点は多い」との韓国外交官の言葉を引用する。

「命を懸けた」はあながち間違いではないが、でもそんな大層なことではない。金正恩が「死の恐怖」を真に感じたからでしかない。2017年9月に米国B1B戦略爆撃機が北朝鮮の元山沖まで飛行したからだ。(「朝日新聞・箱田哲也の甘ぁ~い北朝鮮分析」参照)

北朝鮮目線で見ているわりには表面ヅラしか見てないのは、ひいき目に見過ぎだからだろう。こういうのを眼が曇っていると言う。

さらに日本の外交に対して、「圧力一辺倒の単調で来た安倍政権の対話と交渉能力は、残念ながらさび付いている」と書くが、これも明らかに目線がズレている。

日米の差は「軍事オプション」を持っているかいないかだ。経済制裁もボディーブローのごとく効いている。しかし、それ以上に金正恩が恐れたのは米国の「斬首作戦」というオプションだ。それをB1Bの飛行により悟ったのだ。だから金正恩は自らの命惜しさに動いた。

ところが、日本には「軍事オプション」がない。そればかりか、南(韓国)に「北朝鮮朝貢国」が出現したことだ。金正恩にとって、こんなラッキーなことはない。制裁の裏側で、どんどん貢いでくれる。だから軍事オプションがなく経済制裁しか出来ない日本に対して、強気に出られるのは当たり前。

これを「圧力一辺倒の単調」「安倍政権の対話と交渉能力はさび付いている」とはね。安倍首相腐しで書いているならいいが、本気でこう思っているなら国際社説担当(論説委員)なんて肩書きは恥ずかしすぎるぞ。

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朝日新聞は日本の伝統や文化が大嫌いなのである意味当然なのだが、元号を無くしたいと考えている。3月21日の社説「『改元』を考える 時はだれのものなのか」を読めば明らかである。

「『平成』といった元号による時の区切りに、そんな意味があるのだろうか」「歴史を振り返れば、多くの権力は時を『統治の道具』として利用してきた」「『皇帝が時を支配する』とした中国の思想に倣ったものである」「人々がそれ(元号)を使うことには服属の意味が込められた」

権力者と国民を強者と弱者に位置づけ、強者が主導するものは何でも反対。そして、渡辺清の「天皇の死によって時間が区切られる。時間の流れ、つまり日常生活のこまごましたところまで、われわれは天皇の支配下におかれたということになる」とダメ押しをする。これを引用するということは、朝日の見解と同様だからだろう。

朝日新聞としては、この勢いで「元号は廃止すべきだ」との結論に持って行きたいのが見え見えなのだが、「元号という日本独自の時の呼び方があってもいい」と、苦渋の言い分。

なぜか? 朝日新聞の世論調査で、「日常生活でおもに使いたいのが新しい元号だと答えた人は40%」もいるからだ。ちなみに西暦を使うは50%。西暦派50%も、ビジネス上西暦を優先すると言う人も多いだろう。朝日と同じ理由で西暦という人もいるだろう。世論調査からは西暦派の内訳は分からない。50%のすべてが朝日的元号論とは限らない。

自社の調査結果から、さすがの朝日も持論を全面的に出すことを躊躇したようだ(苦笑)。散々、元号文化を腐しておきながら、何を言ってるんだと思う。

「人間が集団生活を営むうえで、時をはかる『共通の物差し』は不可欠のものだ」と言う一方で、「しなやかな複眼的思考を大切にしたい」とも言う。こんな中途半端な言い方をしないで、「元号は廃止、西暦での一本化」と堂々と主張すればいい。

現在も主に元号を使う人、主に西暦を使う人は混在している。改元されても同様だろう(朝日の世論調査結果からも窺える)。こういう現実を知りながら、わざわざ「権力者が時を『統治の道具』として利用してきた」なんて書くほど元号という日本の文化・伝統が嫌いな朝日新聞。

朝日は西暦・イスラム暦・仏暦・ユダヤ暦などいろいろあるが、元号は改元があるからダメだ的なことを書いている。じゃあ「皇紀ならいいのか?」と突っ込んでおく。

関連
 「元号の話

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朝日新聞は、現在の日本は好景気とみているのか、不景気とみているのか? 正解は「自分たちの主張に合わせ、その場その場で答えを変えている」。

3月15日の社説「春闘低調回答 景気にもマイナスだ」を読むと、朝日新聞は日本は好景気だと捉えている。「6年続いた好景気」「(企業の)利益水準は依然極めて高い」「それなのに企業は賃上げに慎重だ」と大企業(経営者層)を批判する。賃上げをしなければ景気の腰を折る的なことまで言っている。

弱者に寄り添う(?)朝日新聞的には、強者=大企業経営者層、弱者=労働者(従業員)ということになる。まあ、この力関係の是非論は置き、朝日新聞は日本は6年も好景気状態だと認識していることになる。

あれっ? そうだっけ。朝日新聞はアベノミクスの効果は出ていない。本当に景気がいいのか? 的な記事を書きまくっていたはず(特に原真人)。コラムなどで盛んに、アベノミクス効果を否定していた。

安倍首相を批判しないと生きていけない朝日新聞は、絶対にアベノミクス効果を認めない。失業率が最低になっても、求人倍率が全国で1.0倍を超えても、「報道しない自由」を発動していた。最近は労働統計不正とからめて、「ほらね、数字をいじっていた」的なことを連日に渡り書いてきた(これは悪質な印象操作でしかないが)。

例として、原真人の記事。厚労省の統計不正を散々書いた後で、「都合のいいデータだけを取り出し、並べ立て、『成果』や『果実』だと宣伝するのが首相の得意わざだ。有効求人倍率が代表的である。倍率がバブル期超えの高さとなったことを、首相は『アベノミクスの成果』と誇ってきた。それが何度も繰り返されるうちに、国民の意識に『アベノミクスは成功』とすり込まれていく」。

原の記事を読めば、日本は言うほど好景気ではない。政府(首相)の「すり込みだ!」と言うこと。ところが、賃上げを抑えたい企業経営者(特に大企業)を批判するには、現在が好景気でないと都合が悪い。今まで散々腐していた景気感を、突然「6年続いた好景気」と言い、「賃上げをしない企業!」と批判する。

なんともまあ、都合の良い言い分ではないか。

「アベノミクス効果などない」「円安誘導のみの見せかけ」とか書いてきた記事のことなど、もう頭の中にはないらしい。大企業経営者(朝日認定の強者)を批判するためなら何でもありの世界(まあ、好景気だと書いても、アベノミクスの効果とは意地でも書かないけど)。

それにしても恥ずかしい連中だな。

他の大企業が賃上げを渋るなら、朝日新聞様がバァ~ンと賃上げすればいい。本業の新聞事業ではウソ記事ばかりで大赤字だが、不動産屋として大もうけしてるんだから。「6年続いた好景気」なので大幅に賃上げしろ! って、社長あての社説を書いたらいかが。

PS
朝日新聞とは関係ないが、アベノミクス景気・効果を認めないばかりか、景気回復は旧民主党政権時の景気対策によるもの、とか書いている自称・エコノミストがいることに笑ってしまった。日本の産業(特に製造業)が青色吐息だった時、無為無策で党内抗争をやっていた民主党政権の景気対策ねぇ~(苦笑)。

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朝日新聞や野党の厚労省の統計不正追求が、厚労省よりも政府批判に重きを置いていることに違和感を感じる。もちろん厚労省における原因究明・再発防止に、現在の政府が中心になって対応する必要があるが、それを「安倍内閣の問題」とするのはどうなんだろう。

十数年の続いてきた不正は、旧民主党政権時にも行われていた。それを考えれば、旧民主党の連中がこぞって安倍内閣を批判している姿は滑稽でしかない。自ら投じたブーメランが、自らの後頭部に突き刺さっている惨めな姿を何度も見せている。

普通に考えれば、政府・与党とともに一緒になって再発防止に取り組むことが野党(特に旧民主党)にも求められることではないのか?

確かに、各種の検証を主導しているのは現政権だが、それを批判ばかりしていても何の実りがあるのか。だったら、一緒になって検証に加わることを提案すればいいのにと思ってしまう。

ところが野党はそういう姿勢をいっこうに見せない。現政権を批判すれば、自らが評価されると思っているようだが、これはまったく見当違いと言うものだ。これまでも対案なき批判一辺倒で、国民の評価は上がったのか? 支持率は低迷し地を這い、風前の灯ではないか。

朝日新聞などのメディに求められるのは、野党と一緒になっての政権批判よりも政府への提案を含めた原因追及への協力ではないのか? それなのに、いっこうにそういう視点での記事はなく、ここぞとばかりの批判の嵐。鮫島浩などの一部の極左記者はツイッターで、アホかと思えるような極論ばかり(一応、個人の意見ということになっているけど)。そこには、「国民のため」という最も考えなければいけないことが抜けている。

国民のためには何が求められているのか? 朝日新聞が主導する「倒閣運動」ではないことだけは確かなことだ。

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朝日新聞の駄文コラム「天声人語」。執筆者は気の利いた「風刺」になっていると思い込んでいるようだが、タダの無知や偏見・偏向を晒しているだけ。

3月1日は米朝首脳会談が決裂したことを書いているが、その内容が「どこの国の人間?」と思わせる酷いもの。「最低男優賞の男」とタイトルが付いているが、こうも偏った物の見方をするヤツが記者を気取る朝日新聞。

首脳会談が物別れに終わったのは、朝日新聞的にはすべてトランプ大統領が悪いらしい(苦笑)。「主演、監督、脚本、さらにはプロデュ-スまで担う」ったあげく、「合意文書すらまとめ上げられない失態」「トランプ流の弊害」だそうだ。金正恩に付いての言及は一切ない。

すべてトランプが悪い? 金ぼうやに言うことはないのか? どこの国の新聞なんだと言いたくなる。外交交渉で一方がすべて悪いなど言い切る偏向。報道されている内容の、どこをどうみるとこうなるのだろうか。そんなに北朝鮮への制裁を解除して欲しかったのか。

それにしてもおかしなものだ。核武装した国へ見返りを与えよという論調への違和感。街の暴力組織がピストルやマシンガン、さらには迫撃砲やら対戦車ロケット砲、地対空ミサイルなどで武装。武装を解いて欲しければカネを出せって迫ったら、言うとおりカネを出すのか? こんなアホな話はない。つけ上がるだけだろう。

これは拉致問題にも言える。

TBSの「サンデーモーニング」で朝日新聞・高橋純子は「(拉致問題を)前に進めようと思ったら、日本が過去ときっちりと向き合うと。そこをどうするのかという姿勢がこれまで以上に問われてくる」と発言(要旨)。

この論調も明らかにおかしい。北朝鮮への戦後補償というのが必要なのかよく分からないが、仮に必要だとしても、それと拉致という国家犯罪となぜ同率に扱わないといけないのか。比較するべきものではないし、そもそも比較できないものだ。

誘拐犯に対し、家族を返して欲しかったら別件(戦後補償)名目でカネを払えと言っているに等しい。こんなバカな話はない。無条件に返せ! と言うのが当たり前。

比べものにならない件を、あたかも対等のごとく並べて論調する。言えばいかさま論調だ。見返り論的なことを言う人たちは、もともと(本質)論を忘れているようだ。カネを払う(制裁解除する)を交渉ごとの手段として用いることはあっても、それが優先することは絶対にない。当たり前の話だろう。

「北朝鮮は地上の楽園」と書きなぐっていた朝日新聞だから、シンパが多いんだろうが、こうも露骨だと「今も本気で思ってる?」と考えてしまう。

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朝日新聞に「波聞風問」というコラムがある。経済ネタのコラムで、原真人(編集委員)が恥ずかしいことをよく書いている(苦笑)。
(「朝日新聞・原真人よ、もっと素直になれよ(笑)」「朝日新聞・原真人の恥ずかしい安倍首相批判」参照)

そんな「波聞風問」で、原と同じくらいの恥知らずを見つけた。堀篭俊材(ほりごめとしき)という編集委員。朝日新聞にいると「恥」という言葉は頭から消えるらしい。2月26日の「統計不正 『第三者的』で疑念晴らせるのか」は、読む者すべてを「えっ?」と絶句させるだろう代物だ。

「不祥事が起きると『第三者委員会』が雨後のタケノコのように立ち上がる」「幕引きを図る舞台回しに使われるならば無用の長物となる」だってさ。そして、厚労省やJOCの事例を引き、「第三者『的』では疑念は晴れない」だそうだ。もう、究極の「お前が言うなっ!!!」。

第三者委員会と称する委員会を立ち上げ、責任逃れに使い始めたのは朝日新聞ではないか。「NHK番組改編捏造」で大甘見解を出せ、味をしめたことに始まる。みぃ~んな朝日新聞の真似をしているだけだぞ。

この「NHK番組改編捏造」では、明らかな捏造なのに「取材が十分ではなかった」などと大甘見解を出させ、記事の訂正も謝罪もしなかった。極悪記者・本田雅和も左遷だけでクビになっていない。当然、読売・産経のみならず、お仲間の毎日からも批判記事(社説など)を書かれたほどだった。

その後も何ら反省することなく、ウソ・捏造を繰り返してきた朝日新聞。

いよいよ「慰安婦捏造」で二進も三進もいかなくなると、またお得意の第三者委員会。またもや身内を集め、大甘見解を出させたのは周知の通り。特に林香里はひどかったな。こいつの「朝日の報道が国際社会に与えた影響はない」が、今の朝日新聞を支えているようなものだ。植村隆の記事も「捏造」と認めないひどいものだ。

そして当然のように、読売・産経のみならず、これまたお仲間の毎日にまで「自己弁護」と書かれる始末。

「独立検証委員会」(中西輝政委員長)からは「朝日報道はプロパガンダ。このプロパガンダによって国際社会に誤った事実が拡散し、日本の名誉を傷つけている」とされた。

また、第三者委員会報告書格付け委員会では、5段階評価(A~F)でDが3人、Fが5人という最低の結果になっている。久保田委員(弁護士:F評価)からは「第三者委員会とは言えない」と酷評されている。

こんな朝日新聞が他社(者)の「第三者委員会」を批判する。まさに、天に唾する物言いだ。呆れるばかりの恥知らず。まあ、これくらいの恥知らずでツラの皮が厚くないと、朝日の記者は務まらないのかもね。

鮫島浩や高橋純子を筆頭に、他社(者)を批判しながら、実は自己紹介になっている記事やツイートを得意にしている記者が多い。朝日社内では自社の不祥事など無かったことになっているようで、毎日誰かしらが「自分らのことは棚に上げて」他人を批判している。

恥ずかしい連中だ!

関連
 「朝日新聞は社説やコラムで自己紹介?(苦笑)
 など多数。

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朝日新聞を代表する駄文製造機・高橋純子の政治断簡ネタ。2月18日の「ええーっ?! あきれてみれば」について。

今回も突っ込み所満載だ(爆)。朝日新聞と言えば、いかにも尤もらしく記事を書くが、その実は本質からはずれたすり替えばかり。ミスリードが目的なのだろうなと、容易に想像がつく。高橋の駄文は本質ずらし以前、揚げ足取りに終始し結論も本質からあっちの方へズレまくり(苦笑)。ただ、高橋のバカさ加減、姑息さだけはよく表れている。

「6年前、数こそ正義! と暴走し始めた政治」って、これほど国民を舐めた物言いはない。この6年間で、何回国政選挙があったと思ってるんだ。暴走していると感じたら、国民は選挙で判断を示す。連続して国民が多数を与えた政権だと言うことを忘れてもらっては困る。

自分らが気にくわなければ暴走か? 選んだのは国民だぞ。ふざけるな! と言いたい。

東京新聞の自称記者・望月衣塑子を念頭に置いたと思われる内閣記者会への申し入れ書に関しても「いじめ体質だ」と書く。高橋的にはこれは「肥大化した身内意識」からくるらしいが、そのままお返しする以外にない。

あんな質問と称する自己主張や、事実に基づかない伝聞や噂話を基に延々と時間を浪費することに、高橋は「問題意識」を持たないようだ。これこそ新聞記者連中の「肥大化した身内意識」以外の何物でもない!

高橋がまず理解しないといけないのは、なぜ安倍政権が続いているのか? だ。それは国民の多数が選んだからだ。朝日新聞や高橋が気にくわなくても紛れもない事実だ。これ抜きに「暴走している」などと書くのは、天に唾する行為だ。

また、自分らが「国民の知る権利」などと嘯きながら、都合の悪いことは報道しない「報道しない自由」を謳歌し、「身内意識」で凝り固まっていることを国民はよく分かっている。分かっていないのは朝日を始めとする「自称・国民の代表」だ。オレからすれば「自分が見えない連中」でしかない。

高橋にはもう少し謙虚に自分を見ることをお薦めする。新聞記者は特権階級ではない。ただの民間会社の社員だろう。自らの仕事に自負や誇りを持つのは全然構わないが、それと思い上がりは別物だということ。

思い上がり勘違いしている記者こそ、国民から笑われていることをよく理解した方がいいだろう。

*高橋純子関連は多数あり。サイドバー上段の検索欄で「高橋純子」で検索してください。

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4月の統一地方選の愛媛県議選に、立憲民主党から立候補するという候補者が「末期ガンは生活習慣を改善すれば治る」「インフルエンザワクチンは効果がない上、除草剤が入っていて危険」という考えを持っていると、ツイッターで知った。

個人がどんな考えを持っていようと構わないが、そんな個人が公的な立場になるのは恐ろしい気がする(もちろん当選すればだが)。現時点で、この候補者について何をどうのはないが、この件で思い出したことがある。朝日新聞を代表する自称記者・鮫島浩のツイートだ。

鮫島の1月20日のツイートは、「厚労省の医師から『(インフルエンザの)予防接種はしない方がいい。俺は受けたことない。お金払って受けるなんて信じられない」と聞いた。検診も予防接種も医師や厚労省の話を鵜呑みにせず医療ビジネスの巨大利権の視点から検証が必要」と書いている。

はははっ、鮫島は気付いていないようだが、こんな矛盾したことを自称とは言え新聞記者が書いてるんだから、朝日新聞のレベルが分かるというもの。「医師や厚労省の話を鵜呑みにせず」と言うが、厚労省の医師(実在するのかも不明だが)の言い分を鵜呑みにしている鮫島。こういうのを矛盾という。

この医師の言い分が、ワクチンは効果があるとする普通の医師の言い分(というか科学的根拠)より信憑性があると判断した理由は何だろうか? 恐らく何もないだろう。自分の思想・主張に合っているだけの話。「権力の手先」である厚労省や「体制側」の医師を批判したいだけの話。

ある意味、この鮫島のツイートは朝日新聞の体質をよく表している。普通はインフルエンザワクチンに効果があるかないかは、それぞれの言い分(根拠)を吟味した上で判断しなければならないのは言うまでもない。当然、それは医学的・科学的にである。

ところが朝日新聞は、その判断を自分たちの主張に合っているかいないかでする。だから両論を書いて、こういう理由でこっちが正しい(可能性が高い)とはしない。自分たちの主張に合わないものは、はなから取り上げない。

慰安婦に関する吉田清治の詐話に対し、秦教授の検証論文には見向きもしない。加計学園問題では変態野郎の言い分はこれでもかと書くが、加戸前愛媛県知事・八田WG座長の話は記事にもしない。

その結果、朝日新聞は見るも無惨な赤っ恥をかいた。それでも懲りないのは、鮫島のような記者がごまんといるからだろう。鮫島は朝日新聞を代表する、朝日らしい記者ということになる(苦笑)。

こんな連中が、いつの間にか国民の代表ズラして「権力監視」などと嘯いている姿は、本当に滑稽である。

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2月24日に投開票された沖縄の県民投票。辺野古沿岸部の埋め立ての是非を問うもの。なぜ辺野古移設の賛否ではなく埋め立ての賛否なの?

まあそれはいいとして、結果は投票率52.48%、反対票が72.15%という結果に、朝日新聞を始めとした左派勢が歓喜している。朝日新聞は「政権は速やかに工事を止め、県や米政府と協議に入るべきである。県民投票の結果を、転換の礎としなければならない」(社説)と書いている。

朝日新聞は反対が沖縄の「民意」だとも言っている。まあ、今回の結果が「民意」なのは間違いない。ただ、その前提となる県民投票の内容や位置つけが微妙だけどね。公選法に基づく選挙に準じる投票ならまだしも、かなりいい加減な「アンケート」だし。もう少し吟味した方がいいと思うけど。

しかし言いたいのはそういうことではなく、朝日新聞が「民意だ民意だ!」と騒ぐことの滑稽さだ。

朝日新聞は過去の衆院選や地方選において、自分らに都合の良い結果は「民意だ」と言い、都合の悪い結果は「民意じゃない」と書いてきた恥ずかしい新聞だ。

例えば、2014年の衆院選は自民党が大勝したが、投票率が52.66%だったことから「こんなの民意じゃない!」と書いた。さらには社説で「民意は数の多寡だけで はかられるべきものではない」とまで書いた。

こんな朝日新聞が、今回の県民投票の投票率が52.48%なのを無視するダブスタ。まあ、朝日新聞からすれば、2014年の衆院選の沖縄選挙区では、投票率52.36%と全国平均より低いにもかかわらず、自民党が全選挙区で敗れた結果を以て「民意だ!」と、同じ紙面内に書いたくらいだから、気にもしていないのだろう。

まあ、朝日新聞に限らず毎日、東京もほぼ同じことを書いていたし、評論家を自称する左翼人も同様だ。普通の感覚だと、こういうのは非常に恥ずかしいことだと思うものだ。ただ、朝日新聞になると大喜びする異常さ。

ある意味、こんなに恐ろしいことはない。自分に都合良く「民意」を解釈し、国民・読者を煽る姿はゾッとするの一言だ。共産主義化を夢見るジジイ連中は遠からず消えていく運命だが、若い記者までも「反日=正義」のような間違った思想を持ち、しかも自分らが世論を誘導するなどという思い上がった考えを持っている朝日新聞。

こんな新聞には消えてもらう以外にない。

関連
 「朝日新聞のダブスタは相変わらず過ぎて笑うしかない
 「朝日新聞の言う「民意」って何??
 他、多数

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これまで何回も書いてきたが、朝日新聞のご都合主義には呆れるしかない。自分のことは棚にあげて、他社・他人を批判する恥ずかしいヤツらだ。政府の内閣記者会への申し入れに、都合のいいことばかり言っている。まあ、朝日が何を言ってもブーメランとして自らに刺さるだけなのに(苦笑)。

2月22日の社説「官房長官会見 『質問』は何のためか」は、朝日のご都合主義が爆発している。いろいろゴチャゴチャ言っているのだが、「(記者の)取材活動は、民主主義社会の基盤となる国民の『知る権利』を支えている」だってさ。笑っちまう。

「国民の知る権利」ですか。朝日は自らの胸に手を当てよく考えみろと言いたい。「国民の知る権利」より「朝日の報道しない権利」を優先して、都合の悪い事実は絶対に報道しない。それを編集権と言ってごまかす。

自分たちの都合の良いことのみ垂れ流し、事実が自分らの思想・主張に合わなければひん曲げ、それでも足りなければウソ・捏造する。こんな自称新聞社が、盛んに「国民の知る権利」を声だかに叫ぶ。滑稽としか言えない。

それと「記者は国民の代表として質問に臨んでいる」という東京新聞の見解を朝日も肯定している。ならば、自らの主義・主張を述べることが質問なのか? 事実に基づかない伝聞・風聞・噂話を政府(官房長官)に正すことが、まっとうな質問なのか? 記者というから何となくそれっぽく聞こえるだけで、ただの民間会社の社員でしかないだろう。

それも、自らは既得権益にしがみつき、様々は利益を得ていることに勘違いし、いつの間に「国民の代表」に成り上がった気になっている愚か者。取材と名付ければ、何をしてもいいような気になっている傲慢な連中。そのくせ「国民の知る権利」などと偉そうなことを言っておきながら、自らは都合の良いことしか報道しない。

「記者は国民の代表」? 朝日新聞には頼んでいない。当然東京にも。自惚れるのもいい加減にしろ!

関連
 「朝日新聞が『国民の知る権利』とは笑ってしまう
 「国民の知る権利? 笑わせるな!
 など多数あり

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人間は間違える。しょうがないことだけど、これをいかに防止するかをメーカーは必死に取り組んでいる。もちろんメーカーだけではないが、原因究明から再発防止まで、徹底的にやっている。

ところが「お詫びして訂正します」という魔法の言葉で済ませてしまう業界がマスコミだ。いや、表に出さないだけで内部ではやっていると言う社もあるのだろうが、商品(情報)を買ってくれた消費者(顧客)に言わないで済ませられると考えているとしたら驚きだ。

朝日新聞を例に出すが、他社・他人が何がしかの間違いを犯した際に、徹底的に叩く。厚労省の勤労統計不正では「真相の解明なくして、再発防止も組織の再生も出来ない」と書いた。まあこれはこれでその通りなのだが、では朝日はこういうことを実践しているのか? まったく実践しているようには見えない。

直近の例を言えば、アマゾンなどのオンラインモールの記事で、出店小売業者への調査結果をまったく逆に報じた(利用料に不満有り38%を62%と、決済方法に不満有り15%を85%と)。大きな間違いで、数字を逆にすると記事の印象はまったく異なってしまう。でも「訂正してお詫びします」でお終い。なぜデータを取り違えたのか? 再発防止は? 何も言わない。

読者はこの情報をカネを払って買っている顧客だ。顧客に対し、こんな不誠実な対応はないだろう。普通の業界なら、契約を切られても文句は言えない。こんな甘い業界はうらやましい限りだ。

「訂正してお詫びします」ってマスコミでは魔法の言葉。これを言っておけば、原因究明も再発防止策も何もなくて終わりにできてしまう。自分らは、こんな無責任な対応しかしていないのに、他社・他人には「真相の解明なくして、再発防止も組織の再生も出来ない」などと偉そうなことを言う。こういうのを欺瞞と言う。そんなことにすら気づかない傲慢なマスコミ。

最後に「過失」と「意図的(作為的)」を一緒にするなと言われそうだが、朝日の数々の捏造(伊藤律のインタビュー捏造、サンゴKY事件、慰安婦問題の捏造、田中長野県知事メモ捏造、NHK番組改変問題、任天堂社長インタビュー捏造、福島第一原発吉田所長調書曲解、やらせ除染の捏造、森友・加計学園でっち上げなどなど)に対して、どう対応したかを思い出してもらえれば、「真相の解明なくして、再発防止も組織の再生も出来ない」など、どこ吹く風だということがよく分かるというもの。

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朝日新聞の「おま言う」と「論点のすり替え」はいつものことだが、こういう連中が記事を書き、論調をしていることが恐ろしい。他人に厳しく自分に甘い、いつの間にか被害者ズラをする典型的な連中で、「恥」という言葉を知らない。

2月8日の社説「官房長官会見 『質問制限』容認できぬ」は、そんな朝日の本領発揮といったところ。

首相官邸の報道官室が内閣記者会に「事実に基づかない質問は厳に慎んでいただくよう」求めた文書を出したことを批判している。オレ的には、自称記者の妄想質問や自己主張につきあわされる官房長官も大変だなと思うだけである。

朝日が批判するのは自由だし、好き勝手言う自由もあるので、まあいいだろう。ただ、言うに事欠いて「国民の『知る権利』の侵害でもある」「(安倍政権の)国民の疑問に正面から向き合わない姿勢の表れ」との言い分は笑止千万である。

朝日が「国民の知る権利」を守っているとでも言うのか? 「報道しない権利」を行使しまくり、自社に都合の悪いことは報道しない。さらには、事実を切り取り印象操作。事実が不都合なら捏造もする。

そんな悪事がバレても、何とか「自分らは悪くない」「自分らのせいではない」と言いつくろう。慰安婦捏造という悪事がバレても、訂正記事が検索されないようメタタグを操作したことなど、その典型と言えるだろう。このように、国民に向き合わないで責任逃れをする朝日が、他者に向かっては「国民の疑問に正面から向き合わない姿勢」などと書く滑稽さ。

普通の感覚では恥ずかしいと思うものだが、連中はまったく気にするそぶりもない。人間として腐っているからだろう。朝日は記者のSNS使用を推奨しているようだが、そこに溢れる異常な思想・思考の数々は驚かされることばかりだ。

朝日がどう論調しようが、他社・他人をどう批判しようがかまわない。しかし、自分らが他人を批判できる立場かどうかくらいは、きちんと考えなければいけないだろう。少なくとも、自分らが実践できていないことで、他人を批判してはいけない。

何回も書いているが「国民の知る権利の代理人として、私たち朝日新聞の責務は重い」(曽我豪)と言える立場にあるかくらいは、自問自答して欲しいものだ。

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朝日新聞の鮫島浩は暇すぎてツイッター中毒なのかな。わざわざ突っ込みどころ満載のツイートをして人が寄ってくるのを待っているかのようだ。まあ、そんなオレも吸い寄せられたひとりだけど(苦笑)。

2月2日のツイートも、鮫島をよく表している。
「官邸記者100人より彼女1人の方がはるかに権力監視の役割を果たしている」(要約)。彼女とは自称新聞記者の東京新聞・望月衣塑子。

何を以て「権力監視」と言っているのかさっぱり分からないが、鮫島は衣塑子を高く評価しているようだ。それは「嫌がる質問」をしているかららしい(他のツイートからそう読める)。

ふぅ~ん。「◯◯(週刊誌名)によると」とか「△△(他紙名)によると」とか質問している記者がねえ。さらには「▢▢ではないか?」とか「◇◇であると思うが(考えるが)?」って自説(憶測、妄想)を披露しているだけの記者が。だから活動家って揶揄されるんだろうが。

衣塑子みたいな記者ばっかりだったら、朝日の紙面は週刊誌ネタと妄想ばっかりになるけど、それも「反安倍」が貫かれていればいいのかよ。あっ、記者の妄想は現在もあふれているか(苦笑)。

「権力監視」って言葉、自称記者の活動家さんは大好きだね。佐藤圭もよく使うしね。でも、言葉は大層だけど、その実なにをやっているかと言えば、ただの「自己満」にしか見えない。それは自分の思想を都合良く「権力監視」と言い変えているだけだから。

そこには「事実を事実として報道する」も「事実に基づき論調する」もない。自称記者にとって「権力監視」って、都合の良い言葉だな。それに、菅直人とズブズブで、旧民主党政権時にヨイショしまくっていた鮫島が言う「権力監視」って都合良すぎるだろう。今後、枝野幸男が首相になったら(200%ないけど、万々が一)、鮫島も衣塑子も同じスタンスでいられるのか?

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朝日新聞編集委員・高橋純子の駄文を押しつけるコラム「政治断簡」。1月28日の「『やむをえない』の沼に対抗」も酷いものだった。以前のような自分の文章に自ら酔っているような気持ち悪さは少なくなったが、突っ込みどころ満載なのは相変わらずだ。

沖縄県が実施しようとしている辺野古埋め立ての県民投票において、「野党」の自民党が「やむを得ない・反対・どちらとも言えない」の3択を提示したことを「びっくり仰天」と大げさに嘆く。

理由は「やむを得ない」は強力なイデオロギーで、高橋自身が毛嫌いしているからのようだ。「現実を見ずに反対ばかりしているのは無責任だ」「批判するなら対案を出せ」と脅かされ、「やむを得ない」に誘われる。こんなことは避けなければならないと言っている。

でも、「現実を見ずに反対ばかりしているのは無責任だ」「批判するなら対案を出せ」って、至極当然だと思うけど。責任ある立場(国会議員やメディアなど)なら、「反対のための反対」で「反権力ごっこ」をしていることの無責任さを自覚すべきと思う。

まあ、朝日新聞や高橋などのように、「ごっこ」でも自分らが満足できればいいという、お気楽なポジションに安住していられる連中はいいなぁ。

ところで、本当に高橋は「やむを得ない」に対抗しているのか? 自身らも「やむを得ない」にどっぷり浸かり、逆に率先して実践してないか?

辺野古反対と叫ぶ朝日新聞や高橋は、那覇軍港の移設問題には決して触れない。代替え施設を浦添市に作り、那覇軍港は返還されるという、辺野古・普天間と同じ構造の問題。海も埋め立てるし、しかも埋め立て面積は辺野古の約2倍。

沖縄県はこの移設を容認している。「自然破壊を伴うが、経済効果などを考慮すればやむを得ない」だそうだ。朝日新聞は(高橋も)、これに異論を唱えているとは聞かない。どうした高橋、「やむを得ないの沼に対抗」しないのか?

これはほんの一例で、朝日新聞が報じない「やむを得ない」は山ほどある。辺野古周辺で活動する極左暴力集団を含むプロ活動家の違法な反対運動。こういう活動も「やむを得ない」と判断しているから報じないのではないか。山城博治が逮捕された件でも、「不当逮捕」だ「たった1・2歩」などと擁護したのは、山城の犯罪行為を「やむ得ない」と判断したからではないのか。

朝日新聞のシンパが「『やむを得ない』の沼に引きずり込まれないために、政治が、報道ができることはまだまだたくさんあるはずだ」などと書く高橋自身が、「やむを得ない」を許容しているダブスタに気づいていない。

自分たちに都合の悪いことは「やむを得ない」を実践している高橋が、何を言っているのか! 高橋は那覇軍港移設に関して記事を書いてみよ。反対派の違法行為を断罪してみよ。それなくして高橋は「やむを得ないはイデオロギーだ」とか「やむを得ないの沼」だのと書いてはいけない。恥ずかしいヤツだ。

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厚労省の勤労統計不正に対し、朝日新聞も4回に渡り社説で言及している(1月31日まで)。批判はもっぱら特別監察委員会が公表した調査報告がメインで、厚労省本筋への批判がまるでない(に等しい)。何でかと考えたら、不正期間内に旧民主党政権も入っているからだろう。

朝日新聞お得意の旧民主党政権への「忖度」ですな。他人の忖度には厳しいが、自分の忖度は気にならないらしい。朝日らしいと言えばそうだけど(苦笑)。まあ、特別監察委員会の調査だけで言えば、安倍政権での話になるので、ここしか批判できない訳だ。分かりやすくて笑ってしまう。

今や無能の代名詞になっている長妻昭も厚労相だった。旧民主党政権への批判を抑えて(しないで)、安倍政権を批判するのは難しいぞ。そうすると必然的に、真相解明手順などへの形式的な批判になってしまう。

それと、自分たちが政権に居たときのことをすっかり忘れ、他人事のように「安倍政権の問題」として騒いでいる立民と国民には呆れるしかない。一部アホ議員(辻元のことだけど)は予算を人質に取るかのようなことを言っているけど、恥ずかしいことだという自覚がないことが恐ろしい。

こんな旧民主党の連中に、朝日は言うことはないのか? ここでいつものごとくアホどもと一緒になって騒ぐのか、まっとうに厚労省を批判していくのか、朝日の取る道はどっちだろうか。考えるまでもないが、ちょっとした傍証を。

朝日に月1回連載している「新聞ななめ読み」で、池上彰はアベノミクスへの厚労省の「忖度」的なことを既に書いている。もっと以前から不正は行なわれていたというのに・・・。アベノミクス腐しと過去の「消えた年金」騒動をからめつつ、結局は安倍政権批判に持って行っている。池上の性根の悪さがよく表れている。

朝日もこの路線で行くんだろうなと、容易に想像がつく(苦笑)。

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