12月8日産経新聞は、朝日新聞の社長交代を報じた記事中の江川紹子の談話を取り消し、お詫びをした。

事前に取材した内容に、その後の江川のツイッターの内容を反映させ、江川の承諾なく作成していた。つまり江川のツイッターの内容を「談話」として取材したとして報じた訳である。こういう意図的なものを世間では「捏造」という。「捏造」と言えば朝日新聞の十八番であり、それを厳しく非難していた産経新聞も、同じようなことをやっていたのだ。

産経新聞の論調は比較的同意できる内容も多いが、こういうことをやっていると、結局は朝日新聞と同じだと思われる。ひいては、新聞というメディアはどこもやってるんだろうなぁ、となる。益々新聞というメディアが信用を無くしていくだけである。

さらに、産経新聞も自ら正した訳ではなく、「外部からの指摘」で分かったということは、朝日新聞だけでなく産経新聞も「自浄作用」が働いていないということを表していること。

朝日新聞の「慰安婦捏造」や「吉田調書曲解」と比べたら些細なことだという意見もあるかもしれない。しかし新聞というメディアは「捏造」するものだ。だから信用できないとなってしまう。

新聞協会は自ら襟を正し、再発防止について真剣に考えるときだ。朝日新聞、産経新聞だけの問題ではない。